第4話:転生への執念
意識が薄れゆく中、ユウトの魂は肉体から離れていった。トラックに轢かれた痛みは既に感じない。ただ、心に刻まれた想いだけが、燃えるような炎となって魂を包んでいた。
「死ぬのか......俺は......」
自分の状況を理解したユウトの魂は、しかし絶望していなかった。むしろ、これまで感じたことのない強い意志に満ちていた。
周囲には白い光が広がっている。よく聞く「三途の川」や「お花畑」といったものは見えない。ただ、無限に続く白い空間があるだけだった。
その中で、ユウトは自分の人生を振り返っていた。
幼稚園の頃。まだ誰からも馬鹿にされていなかった頃。母親が作ってくれたお弁当を、友達と楽しく食べていた記憶。
小学校低学年。運動会で転んで泣いていたとき、クラスメイトが手を差し伸べてくれた記憶。
だが、小学校高学年になると状況は変わった。背が低く、運動も勉強も平凡だったユウトは、次第にクラスの中で浮いた存在になっていく。
中学校では本格的ないじめが始まった。上履きを隠される、教科書に落書きされる、給食に異物を混入される......。だが、それでもまだ「子供のいたずら」の範疇だった。
そして高校。田中、鈴木、山田、高橋......。彼らによって、ユウトの地獄は完成した。
「あいつら......」
魂の状態でも、彼らへの怒りは消えなかった。むしろ、肉体という制約から解放されたことで、その感情はより純粋で強烈になっていた。
「田中達也......お前が全ての元凶だった......」
整った顔立ちで女子からも人気があり、運動も勉強もそつなくこなす田中。だが、その裏に隠された陰湿で残酷な本性。弱い者を見つけては徹底的に痛めつける快楽主義者。
「鈴木和也......山田健太......お前らは田中の犬だった......」
主体性のない取り巻きたち。田中に媚びへつらい、彼の機嫌を取るためにユウトを痛めつける。自分たちがターゲットにならないために、より弱い存在を生贄に捧げる卑怯者たち。
「高橋美咲......お前が一番許せない......」
表面的には優等生で、心配そうにユウトに声をかけることもあった高橋。だが、本当に助けてくれることは一度もなかった。むしろ、自分の立場を守るためにいじめを黙認し、時には加担さえしていた偽善者。
「今度は......今度こそ......」
ユウトの想いが、白い空間に響いた。
「絶対に見返してやる......!」
その瞬間、白い空間が震動した。ユウトの強烈な執念が、この世界に影響を与えているのだ。
すると、空間の向こうから声が聞こえてきた。
『なるほど......強い想いですね......』
声の主は見えない。だが、どこか慈悲深い、神のような存在であることが分かった。
「だれだ......」
『私は......そうですね、神とでも呼んでください。あなたのような魂を見るのは久しぶりです』
神と名乗る存在が、ユウトの魂を品定めするように観察している。
『復讐への執念......弱者への憐み......そして、なにより強い向上心......面白い組み合わせです』
「俺になんの用だ」
『あなたは、もう一度人生をやり直したいと思いませんか?』
神の提案に、ユウトの魂が激しく反応した。
「やり直し......?」
『ええ。別の世界で、新しい人生を始めるのです。今度は、誰からも馬鹿にされない力を持って』
それは、ユウトが最も望んでいた言葉だった。
「本当か......本当にそんなことができるのか......」
『ただし、条件があります』
神の声が、少し厳しくなった。
『その世界は、この世界とは異なる法則で動いています。魔法があり、モンスターがいて、そして......奴隷制度が存在します』
「奴隷制度......」
『あなたは、その世界で奴隷として生まれ変わります。最も低い身分から、再スタートです』
それは残酷な条件だった。今度こそ上に立ちたいと願っているのに、また最底辺からのスタート。
だが、ユウトの答えは即座に決まった。
「いいだろう」
『......即答ですね』
「俺は這い上がってみせる。奴隷の身分だろうがなんだろうが、絶対に頂点に立ってやる」
ユウトの決意は揺らがなかった。
「そして......もしもあいつらもその世界にいるなら......」
『ああ、実はそれが私があなたを選んだ理由の一つです』
神の声に、微かな楽しそうな響きが混じった。
『あなたをいじめていた者たちも、その世界に転生する予定です。彼らは貴族や商人といった、恵まれた立場から始まります』
「なんだと......!」
ユウトの怒りが再び燃え上がった。
「またあいつらが優遇されるのか......!」
『表面的にはそうです。しかし......』
神が意味深な間を置く。
『あなたには特別な力を与えましょう。その力をどう使うかは、あなた次第です』
「力......?」
『《もふもふ治癒》という能力です』
変わった名前に、ユウトは戸惑った。
「もふもふ......治癒?」
『毛のある生物との接触により、相互に生命力や精神力を回復する能力です。一見すると地味な能力ですが......使い方次第では、非常に強力な力となり得ます』
神の説明を聞いて、ユウトは直感的に理解した。これは単なる治癒能力ではない。もっと深い、本質的な力だ。
「その力で......俺はあいつらに復讐できるのか?」
『それは、あなたの努力と工夫次第です。ただし......』
神の声が警告的になった。
『力は必ず代償を伴います。復讐ばかりに囚われていては、本当に大切なものを見失うかもしれません』
「大切なもの......?」
ユウトには理解できなかった。今の彼にとって、大切なのは復讐だけだった。
『いずれわかるでしょう。では、行きなさい』
神の声と共に、白い空間が崩れ始めた。
「待て......まだ聞きたいことが......」
『新しい世界で、新しい出会いを大切にしなさい。あなたが本当に求めているものは、復讐ではないかもしれません』
神の最後の言葉が、遠ざかっていく。
「復讐じゃない......? 馬鹿を言うな......!」
ユウトは叫んだ。
「俺が求めているのは復讐だ! 田中たちを見下してやることだ! 今度こそ俺が勝者になるんだ!」
その強烈な想いを抱いたまま、ユウトの魂は新しい世界へと吸い込まれていった。
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同じ頃、別の空間で他の魂たちも転生の準備をしていた。
「えー、異世界転生? マジで?」
田中達也の魂が、軽い調子で神に話しかけていた。
「俺、貴族とかになれるんでしょ? ハーレム作り放題?」
『あなたは公爵家の養子として転生します。高い地位と豊かな生活が約束されています』
「最高じゃん。で、チート能力はなに?」
『《カリスマ》という能力です。人を惹きつけ、従わせる力です』
「うはー、まさに俺向きだな」
田中は前世と同じような軽薄な笑いを浮かべていた。
別の場所では、鈴木和也と山田健太の魂も転生の説明を受けていた。
「商会の幹部か......まあ、悪くないな」
「俺は《商才》の能力らしい。金儲けが得意になるって」
「俺は《情報収集》だ。情報通になれるってさ」
彼らも、前世と同様に能天気な様子だった。
そして、高橋美咲の魂は......
「魔法学院の生徒として転生ですか......」
彼女だけは、少し複雑な表情を浮かべていた。
「《知識吸収》の能力......勉強が得意になる力ですね」
『あなたは、他の三人とは少し違うようですね』
神が興味深そうに観察する。
「佐藤君のこと......少し気になっていました」
高橋の告白に、神は微笑んだ。
『それは興味深い。新しい世界で、あなたがどのような選択をするか楽しみです』
四人の転生者たちは、それぞれの人生への期待を胸に新しい世界へ向かった。
だが、彼らは知らない。
最も強い執念を持った魂が、同じ世界で復讐の機会を狙っていることを。
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新しい世界、ルミナス大陸。
そこは剣と魔法のファンタジー世界だった。人間、エルフ、獣人、ドワーフなどの種族が共存し、魔法と科学技術が絶妙に調和している。
しかし、同時に厳しい階級社会でもあった。貴族が頂点に君臨し、平民がその下に続き、最底辺には奴隷が存在する。
奴隷制度は法的に認められており、戦争捕虜、犯罪者、借金のかたとして売られた者たちが奴隷として扱われている。特に人間以外の種族、獣人やエルフは奴隷として売買されることが多かった。
この世界の奴隷市場で、一人の少年が目を覚まそうとしていた。
薄汚れた石の床、鉄格子の向こうに見える他の奴隷たち、そして首に巻かれた重い首輪......。
佐藤ユウトの新しい人生が、今まさに始まろうとしていた。
「今度こそ......」
意識の奥底で、復讐への炎が燃え続けている。
「絶対に見返してやる......」
前世の記憶を完全に保持したまま、ユウトは新しい世界での戦いに身を投じる準備を整えていた。
田中、鈴木、山田、高橋......前世でユウトを地獄に突き落とした四人は、この世界で恵まれた立場を与えられている。
だが、今度は違う。
今度こそ、ユウトが勝者になる番だった。
「《もふもふ治癒》か......」
神から与えられた能力の正体は、まだ完全には理解していない。だが、この力こそが自分の武器になることを、ユウトは確信していた。
「どんな小さな力でも、使い方次第で最強の武器になる......」
前世で学んだ唯一の教訓。力なき者は踏みにじられる。だからこそ、力を手に入れなければならない。
「待ってろ......田中......」
復讐への執念を胸に、ユウトは新しい世界での第一歩を踏み出そうとしていた。
かつて「いじめられっ子」だった少年は死んだ。
これから始まるのは、「奴隷解放者」ユウトの物語。
そして、最終的には「復讐者」ユウトとしての真の姿を現すことになる物語だった。
新しい世界での冒険が、今、始まる。
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同じ頃、この世界の各地では前世の加害者たちも新しい人生を始めていた。
王都の公爵邸では、田中達也が「ダリウス・フォン・アークライト」として養子の座に就いていた。
商業都市では、鈴木和也が「レオナード・マクドナルド」として商会の幹部候補生となっていた。
別の都市では、山田健太が「ヴィクター・スミス」として情報商の見習いをしていた。
そして魔法都市では、高橋美咲が「エリザベス・セイクリッド」として魔法学院の特待生となっていた。
四人とも、前世の記憶を保持しながら、恵まれた環境での新生活を満喫していた。
だが、彼らはまだ知らない。
かつて自分たちが地獄に突き落とした少年が、同じ世界で復讐の刃を研いでいることを。
そして、その復讐がどれほど恐ろしいものになるかを。
物語は、これから本当に始まる。
奴隷として最底辺から這い上がり、やがて「もふもふ」の力で仲間を集め、最終的には前世の仇敵たちを完膚なきまでに叩き潰す、壮大な復讐劇の幕開けだった。
第1章「いじめられっ子の最期」完
第2章「奴隷転生」に続く