7
「……」
「……」
「……」
何か変な事言った?
「フフ」
ひらめいた風が、微かな笑みを運んだ。
「そのような事を仰られては、ヒイロ様をお可愛らしく想い愛でる感情を禁じ得ません」
なぜ?
なんで?
(なんだ?この不穏な空気?)
空気が凍りついている……のではない。
俺だけ時が止まっている。
俺だけ置いてけぼりになっている。
ただただ本能が告げているのだ。
生命の危険を!
俺はただ、顔には何も付いていないから正直に……
(………………)
きれいな顔だって。
「正直に言い過ぎてしまったー!」
見れない。
見られない。
彼の顔。
「フフフ」
慈悲か、狂気か……
彼の瞳に映る俺は……
「フフフフフフフフフフフフフフ」
(ブルブルブルブル)
想像したくない!!
「……麗しき小鳥」
左腕は俺の体を抱きしめたままで、白手袋をはめた右手がふわりと喉元を撫でた。
「貴方様に触れる事を、どうかお許し下さい」
今度こそ魅了の魔法?
でも魔力を感じない。
なのに体が動かない。魔法にかけられた形跡はない筈なのに、彼から視線を逸らせない。
艶めかしい唇が微かに開いて、息を吐く。指先を噛んで、器用に手袋を外した。
ひらひら、と……
重力に引かれて、空をゆらゆら舞いながら落ちていく白い手袋が羽のようだ。
トクン
鼓動が跳ねる。
緩やかな体温を感じた。素肌の指が頬に触れたから。
「美しく……」
指先が頬をなぞった。
「気高き勇者である貴方様に、かようなお褒めのお言葉を賜り、光栄の極み。身に余る栄誉で私は今、打ち震えております」
「そんな大袈裟な!思った事を言っただけで、俺なんかより執事さんの方がずっときれいですから!」
「私のような召人に情深いお言葉を」
「勇者とか執事とか、身分は関係ないです!執事さんがほんとうにきれいだから、言ってるんです」
「ヒイロ様が私の顔をお気に召して下さり、嬉しゅうございます」
「顔だけが好きっていうんじゃなくて!執事さんの気配りとか、細やかな配慮とか、すごくしっかりしていて、そういうのもひっくるめて好きで。だから顔だけ好きって訳じゃ」
「……ヒイロ様」
漆黒の瞳の奥が、ふわりと柔らかな光を帯びた。
(そんな顔もするんだ)
物腰柔らかに話していたけれど、それは執事という職務だから。
けれど一瞬。
ほんの少し垣間見た微笑みにも似た瞳の中の優しい色彩は、彼の素顔のような気がした。