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「えエェェエー」
なに言って?
「私をぎゅっと抱きしめて」
「ヒャアァァーッ」
地面がない。
足、宙に浮いて……
「改めて、ご忠言申し上げます。私を離さないで下さい。この高さから落ちれば、勇者様といえども死は免れません」
街が遥か眼下に落ちていく。
そうじゃない。
(俺が)
俺達が上昇しているんだ。白い雲に向かって。
もうパレードの旗が棚引く音も聞こえない。
風が体を取り巻いて、綿飴みたいな雲に手を伸ばせば届きそう。
人が……豆粒のようだ……
「如何に貴方様が麗しき小鳥であっても、飛ぶ事はできませんので」
バサッ
羽音が蒼穹を渡った。
(執事さんの背中)
まるで太陽を覆い尽くさんかのような……
大きなコウモリの羽が生えている。
「おっと、失礼を。驚かせてしまいましたね。こちらは最近、実用化されました新魔法でございます」
「魔法の翼?」
「はい。《高貴なる翼=エーデルフリューゲル》を詠唱破棄で使用しました。勇者様の魔王討伐までに開発が間に合わず、申し訳ない事でございます。しかし魔法も日進月歩。研鑽を積み、進化しているのでございます」
「すごい」
王都を離れている間に、こんな事が。
「王都の人達は皆、空飛んでるの?」
「残念ながら、この魔法は調整が難しく、王都で使えるのは私一人でございます」
執事さんだけが使える魔法
《エーデルフリューゲル》
空を翔ける翼
人が大空を自由に飛ぶ。
ずっとずっと、太古の昔から人類が憧れていた夢。
鋼鉄の翼で、俺の元いた世界の人は空を飛んだ。
そして、この世界の人々も……
(すごいよ)
夢を可能にした魔法も、人々の努力も、それを操る執事さんも。
(……待って)
「如何なさいましたか」
王都で……
いや恐らくこの世界で、唯一人。
《エーデルフリューゲル》
この魔法を使える執事さん。
「私の顔に何か付いておりますでしょうか?」
(どうしてなんだ?)
この人は、執事さん……
「おっと、暴れないで下さいね。このような足元の不確かな場所で手を離しては、命の保障は致しかねます」
ぎゅう
更に深く、力強く、腕の中に抱きしめられてしまう。
「二度は言いません。落ちたら死にますよ」
「けれどあなたはっ」
見上げた視線の先に闇色の玲瓏が絡んだ。
「美しい目をしておられます。真っ直ぐで気高く、聡明な輝きをお持ちでございます」
隻眼をすぅっと細めた。
「《エーデルフリューゲル》を使えるのは王都で……否、世界中で私一人。
なぜ、そのような高位魔法が私に使えるのか?それも詠唱破棄という高度技術、且つ高難度の発動にて……」
王立魔導隊の宮廷魔導師ではなく……
「たかだか執事に」