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短いつばが前方に付いた緑のドゴール帽を被った青年が立っている。
「侍従長、責任問題だ」
(この人が)
ニ年前はいなかった。初めて見る人。
侍従長になるには随分若い。相当優秀なのだろう。
「このような失態は二度と致しません」
「当然だ」
「ですが恐れながら。文官の私に警護は荷が重すぎます。騎士団の力をお貸し頂けませんでしょうか」
「できないなら、侍従長の職を辞する事だ」
「申し訳ございません!勇者様の警護は責任もって致します」
腰を四十五度に折って、侍従長の青年が頭を下げた。
「よろしい」
ストン
足が床について、腕から下ろされた。
「お前はこの者に付いて行け……ん?どうした?」
無意識に彼の服の裾を握っていた。
「構わん。言いなさい」
「あの、マルスさんは?」
「帰っていないが」
「……そうですか」
やっぱり。
「それでは、これで失礼する」
「あっ」
彼の服の裾を握り締めていた。
「まだ何か?」
「あ……ありがとうございます」
マッドパペットを倒してくれた『ありがとう』なのか。
勇者として旅立てるまで、剣技を教えてくれた『ありがとう』なのか。
魔王討伐を果たせた『ありがとう』?
魔王討伐を果たすまでの間、王国と皆を守ってくれた『ありがとう』?
きっと全部だ。
全部のありがとうを伝えたいのに、この人の前だと上手く言葉にできない。
(緊張するのかな?)
さっきはシュバルツだと気づかなかったから、普通に話せたけれど。
「これから王都を離れ、夜間行軍を行う。辺境の地で、魔王の残党が騒いでいるとの報告があった」
俺の手に手を重ね、握っていた衣服をそっと外した。
「先を急ぐ」
……俺、シュヴァルツの邪魔をしてしまった。