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一瞬の出来事に悲鳴も出ない。
鋭く蹴り上げた足から兵士さんの手が離れ、足はそのまま、腹を蹴った。
突然の風に地面を這う木の葉のように、兵士さんの体が転がった。
「グワァァァー」
先程まで、己の足を掴んだ手を落とした足が容赦なく踏みつける。
「羽虫が鳴くか?」
再び左足を振り上げた。
「鳴き声すら汚い。羽虫の分際で私に触れた手を切り落としてやってもいいが」
「グワァァァー」
恐らく骨が砕けただろう右手に再び足を落とす。
「虫ケラは踏みつけるものだろう?」
「私は王国近衛兵だ」
「それで?」
肋骨を蹴られた体が、壁まで転がった。
ザザワッと砂埃が立つ。
「これは何の真似だ?」
声は兵士さんへ向けたものじゃない。
「………………を……せと……」
(リッツ?)
既に失速して、リッツは床に倒れている。三半規管、内耳前庭、耳石器の異常で立つ事ができない。
動く事さえできない状態なのに。
「…………ろ…して…………ねよと……」
「遂に気でも触れたか」
相国の冷たい視線が床に落ちた。
「……ろは、ほろぶ……も……」
起き上がれず、床に倒れたまま。
「……ほろ…びず……とて…も……」
………………あゝをとうとよ、君を泣く、