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全身に相国の羽を突き刺され、今や羽は真っ赤な鮮血に染まっている。
もう一人の俺……
この光景は一体なんなんだ?
「勇者様ァァッ」
兵士さんが俺の横をすり抜けた。絶対に出るなと主から受けていた命令を、容易く破って走る。
相国の羽ばたきの暴風が何度も行く手を阻む。足で蹴られるように、胸を腹を肋骨を、腰を腿を、肩を顔面を、暴風で打ち付けられながら、満身創痍でもう一人の俺に辿り着く。
「……心臓が、動いてない」
違う!それは俺じゃない!
叫ぼうとするが、喉を見えない力で押さえつけられている。
「邪魔だ」
地に降り立った相国が兵士さんを蹴り飛ばした。
「どけ」
尚も、息絶えたもう一人の俺を相国に渡さないように。
もう一人の俺の元に、兵士さんが踏み留まる。
膝を折った体に容赦なく、相国の足蹴りが落とされた。
(やめてくれ!)
俺じゃないのに、俺を守ろうとして。
(傷つかないで)
俺はここにいる。
ここにいるのに、何もできない。
動く事も、声を出す事も、何も。見えない力が俺の行動を阻み、誰も俺に気づかない。
あれは相国の見せた幻影なんだ。
ほんとうの俺はここにいる。
床に這いつくばり、それでも立ち塞がる兵士さんの手が相国の足を掴んだ。
「行かせるものか……勇者様は渡さない」
「羽虫如きが吠えるな」