174
『この瞬間を待っていたよ……』
声が深く浸潤した。
(相国!)
彼は背を向けている。
閉じた瞼の下の眼差しは、俺を捕らえていない。
だが。
ゾワリと胸の奥を得体の知れないものが撫でた。ハッして見下ろす。
羽が揺れた。
こんな所にっ。
気づかなかった。足元の床に羽が突き刺さっている。
読まれていた。
俺が動くのを見越して、相国はここにも羽を放っていた。
頭の切れる男だ。彼の頭の中には、対抗策が描かれているだろう。
共倒れになるかも知れない。
でも、それでも!
今、動かなければリッツが!
「勇者様ァァーッ!」
悲壮な叫びが突如響き渡った。
(兵士さん?)
俺の背後、王国の宝剣を守る兵士さんの悲痛な叫喚が鼓膜をつんざいた。
どうして、そんな声で俺を呼ぶの?
兵士さんが青ざめている。
不意に振り返った。
俺の視界に、俺の姿が飛び込んだ。
(だれ!?)
俺の顔、俺の姿をしている。
勇者ヒイロ
俺そのものだ。けれど、俺はここにいる。
俺の正面、相国の背後に、もう一人の俺がいる。
視界を染めた真っ赤に溢れる鮮血
大量の血を流して立ったまま、俺が死んでいる……