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視線を落とした俺の前、床に引かれた一本のラインがある。
この線から出てはいけない。
そう、お兄様は仰ったけど。
(踏み出す事さえできない)
もしも相国が危害を及ぼすつもりなら、お兄様の言いつけを破って飛び出すつもりでいた。
(でも)
俺じゃ、飛び出したところで何の力にもなれない。
(踏み出す資格すらない)
「最初から、狙いはそこか?」
「何の事でしょう?」
お兄様の問いに、伏せながら悠然と相国答える。その口許には、笑みさえ浮かべているようにも見えた。
「人質千人を提案してきた時からだ」
「疑問点でも?」
「千人の内訳は?」
「人間900人、魔族100人です」
「戦争捕虜か。国で食わせるのが面倒にでもなったか。ていのよい厄介払いだな」
「滅相もない。魔族の中には、上位魔族もおります。有能な者にございます」
「政治犯であろう」
「得体の知れぬ者を人質には致しません。千人は貴国の繁栄のための労働力にお使い下さい」
フッと笑みのない息を吐いた。
「我が国に奴隷制はない」
「奉仕作業にございます」
「内偵も一緒に人質の中に潜ませたか。産業スパイには申し分ない設定だ」
「友好国にそのような無礼は働きませぬ」
音のない火花が散っている。