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仮面を覆う黒のベールが揺れた。
「君は下がりなさい」
「えっ」
どういうこと?
「『都崩れ』をここに呼ぶ」
言葉の意味は容易に推し量られた。
敵でも味方でもない。
現時点では、敵と判断するのが妥当だろう。
『都崩れ』を呼び入れれば、王様との謁見の間である、この場所が戦場になる可能性がある。
「親衛隊は強い。精鋭だよ」
「だったら俺も残ります。俺も強いです」
「しかし君は……」
「俺は勇者です」
重い沈黙は清らかだった。
「そうだね、君は勇者だ」
声は久し振りに聞く柔らかさを潜めていた。
「君も残ってくれ。私からお願いするよ」
「はい」
大きく俺は頷く。
仮面の下で、お兄様が微笑んでくれた……そんな気がした。
「ヒイロ」
ザジァッ
名前を呼ばれた声と共に、大理石の床が惜し気もなく割れた。
魔力による波動で、床に一本の線が引かれている。
「ここから前に出てはいけないよ」
「けれどっ」
それでは、いざという時にお兄様を守れなくなってしまう。
「言っただろう。我が親衛隊は強い。そして、君も強い。私の身に万に一つも何も起こりはしないよ」
だからね……
「君はここから私の背中を守ってほしい。私も君を守るよ。君も大切な国民だ。そして、大切な私の婚約者なのだからね」