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おにいしゃまと毛刈り

「ウサギは定期的に毛刈りをしないと、死んでしまうらしい」

「え!? そうなの? うさぎしゃん!」

「もきゅ……」


 アンゴラウサギが寂しそうな鳴き声を上げたのに気づいたロルティは、父親の告げた言葉が事実だと知る。


「どうしよう……!」

「毛を切ればいいだけの話じゃないか」


 慌てふためきパニックに陥った妹を落ち着かせたのは、彼女の兄。ジュロドだった。


 元気で明るく落ち着きのないロルティとは異なり、つねに優しい微笑みをたたえて落ち着いた雰囲気の少年だ。

 彼に諭された彼女はホッとした様子で満面の笑みを浮かべ、肩の力を抜いた。


「そっか。よかったー!」

「ハサミは尖っていて、危ないからね。メイドにやってもらおうか」

「いや。俺がやる」

「父さんが……?」


 ジュロドは公爵自ら愛娘の大事にしているペットの毛刈りを行うと表明するなど思わず、不思議そうに首を傾げている。

 普段であればこうした雑用は、すべてメイドに任せるからだ。


「うさぎしゃん! パパが長く伸びた毛を、チョッキンコしてくれるって!」

「むきゅう……」

「ああ。任せろ」

「きゅむむ……!」


 ジュロドが真顔でチョキチョキとハサミを動かしたせいだろうか。

 アンゴラウサギは怯える。

 ブルブルと全身を震わせながら、ロルティの胸元に抱きついて離れなくなってしまった。


「うさぎしゃん。怖くないよー?」

「よし。ロルティ。そのままそいつを、押さえていてくれ」

「じっとしていれば、すぐに終わるからね」

「はーい!」

「きゅう……! むきゅ……!」


 アンゴラウサギは見ているロルティがかわいそうになるくらいブルブルと震えるため、ロルティは獣の垂れ耳を優しく撫でて落ち着かせてやった。


「尋常じゃないくらいに怯えているけど……。この子、何かあったのかい?」

「うんん。わたしもよく、わかんなくて……」

「傷つけられるのを、とても恐れているみたいだ」


 ロルティが優しく長い耳を撫でて恐怖が和らいでいるからだろうか。

 チョキチョキと毛を刈る音が聞こえても、アンゴラウサギは大人しく毛刈りを受け入れている。


 恐ろしい音が聞こえるだけで、痛くはない。

 獣が毛刈りは恐ろしい行為ではないのかもと、思い始めた瞬間――。


「お肉も切っちゃうって、思ってるの!?」

「むきゅう!?」


 ロルティの叫び声によって、再びアンゴラウサギはブルブルと怯え始めてしまった。

 

「ご、ごめんね。うさぎしゃん! 痛くなかったでしょ?」

「きゅう……むきゅ……」

「父さん。あとどれくらい?」

「半分だな」

「機嫌、直して? このままじゃ、中途半端だよ……!」


 ジェナロによって上から順番にもふもふとした毛を刈り取られているアンゴラウサギは、ちょうど真ん中でツートンになっている。

 見栄えも悪く、このままでは外へ連れていけなかった。


「全体を切ってもらって、かわいくなろう……?」

「むきゅ……」

「ねぇ、パパ! うさぎしゃんに、ご褒美をあげてもいいかなぁ!?」

「ああ。なんでも言いなさい」

「あのね。お揃いのおリボンか、お洋服がほしいの!」


 嫌な出来事をやり遂げたあとにいいことがあれば、アンゴラウサギもきっと耐えられるはずだと考えたのだろう。


 瞳をキラキラと輝かせた愛娘の姿を目にした父親は、左手で眩しそうに目元を覆いながら了承した。


「ああ。構わん」

「やったー! うさぎしゃんが、あとちょっと頑張ったら! わたしとお揃いだよ!」

「むきゅ……?」

「えぇ……。いいなぁ。僕もロルティと一緒のものが欲しい」

「これが終わったら、全員で買い物に行けばいいだろう」

「みんなで!?」

「むきゅ……」


 ロルティはアンゴラウサギが大きい声を苦手としているのをすっかり忘れて、父親に聞き返してしまった。

 彼女は慌てて獣を落ち着かせるために、毛刈りを終えて短くなった上半身を撫でつける。

 

「うさぎしゃん! お外に行けるんだって!」

「きゅう……」

「楽しみだね!」

「んきゅ……」


 ニコニコと笑顔を浮かべるロルティとは対象的に、アンゴラウサギはあまり気乗りしていないようだ。


『ほんとに行くの?』


 飼い主を見上げ、このように不思議そうな瞳で見つめていた。


「その子が人間嫌いなら、街中へ連れて行くのはストレスにならないか?」

「そうだな。そのウサギを連れて行くのは、得策とは思えん」

「うさぎしゃん、留守番なの……?」

「んきゅ……」

「それじゃ、ご褒美にならないよ!」


 ロルティはどうにかアンゴラウサギと一緒に買い物ができないかと父親に懇願したが、保護者と本人が嫌がっている状況ではどうにもならない。

 彼女はしょんぼりと獣を抱きしめ、先程までのハイテンションが嘘のように落ち込んでしまった。


「おにいしゃま……どうしよう……?」

「仕方ないよ。無理にこの子を連れて行って……何かあった方が問題だろ?」

「何かって?」

「逃げ出して、行方不明になるとか」

「うさぎしゃん、迷子になっちゃうの!? 駄目だよ!」

「むきゅ……!」


 何度目かわからぬ大声に耳を震わせたアンゴラウサギが、いやいやと身体を揺らす。

 ロルティが気づいた時には、ちょうどジェナロが毛刈りを終えたところだった。


 床の上には大量の毛がこんもりと積み上がっている。

 その光景を目にした彼女は、思わず感嘆の声を上げた。


「うわぁ……」

「羊の毛みたいだね」

「……なるほど」

「パパ? どうしたの?」

「揃いのものをどうしても獣と選びたいのであれば、自分の手で生み出せばいい」

「どう言うこと……?」


 父親の言葉をうまく理解できない愛娘の姿を目にしたジェナロは、彼女にわかりやすいように優しい言葉で再び解説する。


「刈り取った毛で糸を紡ぎ、アクセサリーを作るんだ」

「それって、わたしにもできる?」

「……大人の手を借りれば、恐らく」

「じゃあ、パパと一緒にやる!」

「俺と……?」

「うん。駄目?」

「いや……」


 言い淀んだ父親は拳を握り締めて全身を震わせながら、小さな声で告げる。


「ロルティが俺と一緒にやりたいと、望んでくれた……!」


 どうやら彼は、とても喜んでいるようだ。


 不安そうにジェナロの様子を目にしていたロルティは、その言葉を耳にして心配する必要はなかったのだと悟った。


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