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養父の語る真実

「俺のロルティを、自分の娘のように扱ったそうだな」

「挨拶もせずにいきなり本題に入るとは……。貴族の風上にも置けないですぞ」

「一体なんの権限があって、俺の娘に父と呼ばせていたんだと聞いている!」

「ひゃ……っ」


 幼いながらに彼女もこうなるだろうとある程度予測していたが、まさかここまでジェナロが怒り狂うなど思いもしなかったのだろう。


 ロルティは父親の怒鳴り声を耳にしてビクリと身体を揺らすと、両耳を塞いで怯えた。


「実の娘を大切にしている割には、怖がらせることになんの罪悪感も感じぬとは……。やはりあなたは、彼女の父親失格です」

「ロルティの父は、俺だけだ! 貴様にそう名乗る資格はない……!」

「話にならぬ。ロルティだって、私が父であった方がよい暮らしを出来たはずだ。そうだな?」


 ロルティは耳を塞いでいるため、司祭の問いかけに答えられるはずもないのだが――。

 ガンウは自分の都合がいいように受け取ったらしく、満足そうに口元を緩めた。


「彼女もそう言っています」

「怯えているのが見えないのか!?」

「返事をしないのであれば、そう言うことです」

「自身の都合のいいように受け取る男が、俺の愛娘に幸せな暮らしをさせてやれるわけがない!」

「それこそ決めつけではありませぬか。あなたは生まれたばかりの赤子を、教会の前に捨てた。それがすべてでは?」

「違う! 俺は妻と子を愛している! 彼女が俺の好意に気づいてさえいてくれたら、絶対にこんな未来は訪れなかった!」

「妻が居ながらメイドに手を付けた男の都合のいい妄想を聞くために、私は地下へ籠もっていたわけではないのですがねぇ……」


 小さな手で耳を塞ぎきれなかったロルティには、司祭が口にした嫌味ったらしい言葉がよく聞こえてきた。


(ママの話、してるの……?)


 幼子の理解能力には限界がある。

 大人のように、言われたままの言葉をそのまま飲み込むのは簡単ではないのだ。

 だからこそ、彼女の頭の中はパンク寸前だった。


 わけがわからなくなって、瞳にはじんわりと涙が浮かぶ。


「おお……! 我の義娘! 聖女ロルティよ! 大粒の涙を流して水溜りを作り、天界に繋がる聖門を開き給え!」


 その様子を目にした司祭は、興奮を隠しきれない様子でロルティに向かって祈りを捧げた。


(そうだ……。おとうしゃまは、いつもこうだった……)


 ロルティは唇を噛み締め、涙をぐっと堪える。

 彼女が泣くのを、ガンウが望んでいると思い出したからだ。


『床の上に小さな水溜りができるくらい、涙を流すことこそが君の使命だ!』


 ロルティは涙を流さなければならない理由を知らされていなかったが、思わぬ人物からそれが語られた。


「ロルティ様が涙を流せば、聖獣が生まれるからですよね」

「ええ。聖獣を山程生み出し支配下に置いて恐怖で支配すれば、私はこの国の新たな王となれる!」

「貴様は聖獣をなんだと思っているんだ。私利私欲のために動く、便利な道具ではないんだぞ!?」

「この世に召喚した聖女を守るだけに生き続けるなど、もったいない。私は有効活用してやりたいだけですよ」


 愛娘の特別な力を自身の欲望を満たす為だけに使おうとする司祭に怒りを抱いた父親が怒鳴りつければ、ガンウは肩を竦めて吐き捨てる。


「聖女が涙を流さなければ聖獣を召喚できぬなど、コスパが悪すぎますからねぇ……。初めて義娘が生み出したウサギを用いてさまざまな実験をしたのですが、すべて失敗してしまいまして……」

「うさぎしゃん……?」

「わふ! わふん!」


 ロルティは頭の中で、パズルのピースがカチンと音を立てて嵌ったような気がした。


(うさぎしゃんが男の人に怯えて、教会には来たくないって態度を示してたのは……。おとうしゃまが命じて、酷いことをしてたから……?)


 彼女を背に乗せていた犬が、唸り声をあげる。


『なんて酷いことをする奴だ!』


 大型犬は公爵家で留守番をしている仲間を想い、怒っているようだ。

 ロルティは獣の背を優しく撫でつけ落ち着かせようと必死になりながら、司祭を睨みつけた。


「私はてっきり恐怖の涙でしか聖獣を生み出せないと思っていたのですが、安堵の涙でこれほどまでに立派な獣を召喚するとは……!」

「黙れ」

「さすがは聖女様です! くだらないごっこ遊びなどやめて、私の娘として生きなさい。この国を支配した暁には、今よりもっといい暮らしをさせてあげましょう」

「家族ごっこではない! 俺はロルティの父だ! 愛娘に話しかけるな……!」

「話にならぬ……」


 実父と養父。

 2人の罵り合いを耳にした娘は、ぎゅっと左手で握り拳を作りながら感情を押し殺した声で呟く。


「わたしだけじゃなくて、うさぎしゃんのことも、傷つけたんだ……」


 出会いは偶然だったが、アンゴラウサギはロルティにとって家族と同じくらいに大切な存在だった。


(絶対に許せない……!)


 自身の中でムクムクと怒りが浮かび上がり、肥大化していくのを感じながら。

 ロルティはそれを押し留め切れず、一気に声に出して開放した。


「おとうしゃまは、すっごく悪い人だ!」

「わふ! わふん!」

「大好きなうさぎしゃんを、いじめるような人なんて! 嫌い!」


 彼女を背に乗せていた犬が、同意するように鳴き声を上げる。

 ロルティの拒絶が、司祭との決別をはっきりと決定づけた瞬間だった。


「ロルティ様を怒りでいっぱいにさせた罪……償ってもらいますよ」

「はっ! 裏切り者が……!」


 養父の視線がロルティとジェナロへ向いていたのをいいことに。


 気配を消して鞘から剣を引き抜いたカイブルは、あっと言う間に悪態をつく司祭を拘束する。

 喉元へと鋭利な鈍色の切っ先を突きつけ、悪人を無効化した。


「ロルティ……」

「わたしのパパは、1人だけだもん。ねぇ、そうでしょ?」

「ああ……!」


 手慣れた手つきでポケットから拘束用の縄を取り出したカイブルが、司祭の自由を奪い口元に使い古したハンカチを突っ込む中。

 今にも泣き出しそうな瞳で愛娘を見つめた父親に、ロルティは笑いかける。


 感極まったジェナロは犬の背から愛しい我が子を抱き上げると、強く抱きしめながら謝罪を繰り返す。


「すまない……本当に……!」

「もう。パパったら……。謝ってばっかり……」

「俺がもっと……」

「弱虫なパパなんて、見たくないよ! ねっ。笑って?」

「ロルティ……」

「わたしはいつも優しくしてくれるパパが、大好き!」

「ああ……っ。俺も、愛している……!」


 ジェナロは泣き笑いのような笑顔を浮かべたあと。

 潤んだ目元を強く擦って普段の調子を取り戻すと、司祭の移送準備を整えたカイブルを見つめた。

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