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教会の内部にて

「真正面から堂々と訪問したところで、剣の錆になるだけでしょう」

「ふん。俺が四方八方を囲まれた程度で、命を奪われる男だとでも思っているのか?」

「閣下であれば全員を退けるのは簡単でしょうが、ロルティ様を守りながらですとやはり……」

「俺の愛娘を足手纏い呼ばわりとは……。いい度胸だな」

「私と閣下が今ここで言い争いを繰り広げる必要は、あるのでしょうか」


 じっと黙って一触触発な空気で会話を聞き続けていたロルティは、元気よくカイブルの質問に答えた。


「ないよ!」

「そうか。では、無駄な言い争いは止め、現実的な話をしよう」


 愛娘の言葉を耳にした父親は、先程までカイブルと言い争っていたのが嘘のように真面目な表情で話題を変えた。


 護衛騎士は何か言いたげにジト目で彼を見つめていたが、幼子の前でこれ以上身内同士言い争う理由はないと考えたのだろう。

 ぐっと言葉を飲み込み、ジェナロの指示に従った。


「本当にここから、侵入するのか」

「ええ。人気がなく、司祭の執務室に近い場所へ出られる唯一の抜け穴です」


 カイブルが教会内へ侵入するために利用する抜け穴は、迷いの森の中にあった。

 子どもが一人入れそうな穴は無理矢理広げられており、大人も無理なく行き来ができそうだ。


「ここから侵入して司祭を捕らえ、神官へ無条件降伏を持ちかける……」

「ロルティ様は聖女ですので……。聖なる力を使う姿を彼らに見せれば、反発するものはそれほど多くはないはずです」

「うむ。流れはわかった。さっさと終わらせよう」


 ジェナロは先頭を切って、穴の中へと飛び込んでいった。

 小さな穴の中で芋虫のように父親が匍匐前進をしていると考えるだけで、ロルティは楽しくて仕方がないのだろう。


「ロルティ様」

「うん! 行こう、わんちゃん!」

「わふ!」


 彼女はニコニコと笑顔を浮かべ、犬とともに穴の中へと飛び込んで行った。

 穴の中でロルティは秘密基地へ向かう時のようなわくわくした気持ちでいっぱいになる。


(これからわたし達は、おとうしゃまに会うんだよね……?)


 だが彼女には、1つだけ気がかりなことがあった。

 この先には、立派な聖女になるための訓練と称して虐げてきた司祭がいる。


(パパとカイブルが一緒なら……。きっと大丈夫だよね……?)


 1人で養父と立ち向かうなど、考えるだけでも恐ろしいが……。

 今は頼りがいのある大人達が一緒だ。

 必要以上に恐怖を感じる必要などない。


(できるだけ、楽しいことを考えようっと!)


 ロルティはこうして気持ちを切り替えると、抜け穴から教会内部の床に降り立つ。

 あとからやってきたカイブルの姿を確認すると犬の背中へ飛び乗り、進むように命じた。


「わんちゃん! ゴーゴー!」

「わふ?」


 ロルティはすっかり忘れていたが、この獣は教会に初めて足を踏み入れている。


 当然司祭と顔を合わせたこともなければ、どこへ進めばいいのかすらもよくわかっていないのだ。

 不思議そうな鳴き声を耳にしてやっと獣が行き先を知らなかったのだと気づいたロルティは、犬を労るように優しく背中を撫でつけた。


「ご、ごめんね。わんちゃん……」

「わふっ」

「案内は私に、お任せください」

「うん! よろしくね、カイブル!」


 獣の鳴き声を耳にした護衛騎士が率先して先頭を歩き、司祭の元へ導いてくれる。

 ロルティはありがたくその申し出を受け入れ、廊下を歩く。


「準備はよろしいですか」

「ああ」


 ロルティが追放処分を言い渡された大広間は、迷いの森に繋がる抜け穴から50mほど先の場所にあった。

 ジェナロに問いかけ同意を得た彼は、すぐさま勢いよくドアノブを捻り――室内へと侵入する。


「……あれ?」


 ロルティが不思議そうな声を出すのも無理はない。

 なぜならそこは、もぬけの殻だったからだ。


「カイブル。いないよ……?」

「地下に潜っているのでしょう」

「悪人にありがちな展開だな」

「少々お待ちください。隠し通路を出現させますので……」


 カイブルは慣れた手つきでレンガ造りの壁を何箇所か叩いて軽快な音を奏でると、中央に置かれていた女神像が音を立てて動き、地下に繋がる階段が姿を見せた。


 これにロルティは大興奮。

 瞳をキラキラと輝かせ、カイブルを見つめた。


「すごーい!」

「参りましょう」


 彼女に褒められても顔色1つ変えずに唇を引き結んだ彼は、迷いのない動作で階段を下り始めた。


「わふっ。わふーん」

「かこん、かつん、たたーん」


 カツカツと階段を下る際に聞こえる独特な音に合わせて、ロルティと犬のハーモニーが奏でられる。

 彼女は薄暗く狭い場所が、嫌いではないようだ。


「ご機嫌だな」

「うん! だってパパとカイブルが、おとうしゃまを、やっつけてくれるんでしょ!」

「……父、だと?」


 愛娘が司祭を父と呼んだせいだろう。

 血の繋がった実父であるジェナロは、それに強い怒りを抱いているようだ。

 明らかに不機嫌だとわかるような声を耳にしたロルティは、自分が間違っていないと証明するようにカイブルへ問いかける。


「これから会うのって、そうだよね?」

「はい」

「よかったー!」


 ロルティはほっとしたような声を出して喜んだが、父親の心中は穏やかではない。


 彼女はジェナロが明らかに不機嫌になった理由に気づかぬまま、再び獣とともに美しい歌声を奏でた。


「なぜロルティは、俺以外の人間を父と呼んでいる」

「司祭がそう呼ぶようにと、ロルティ様へ強制したのです。理由は、本人に聞くのがよろしいかと」

「そうだな」


 大人達の会話を気にする様子もない彼女はカイブルが足を止めたのをきっかけに、やっと最深部に到着したのだと気づく。


 すっかりテンションの上がっているロルティは、今なら自身を虐げた恐ろしい養父と顔を合わせて危害を加えられたとしても、必死に抵抗できるほど……。

 やる気に満ち溢れていた。


「ロルティ様。無理はしないでください」

「大丈夫! パパとカイブルが一緒なら、わたしはへっちゃらだよ!」

「では、参りましょう」


 カイブルは勢いよく地下室へ繋がる扉を開き、そして――。


「ようこそ、地獄へ」


 主を長年いたぶっていた諸悪の根源と、顔を合わせた。

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