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乗り込め!

「うさぎしゃん、わんちゃん……。よしよし。怖かったね……」

「きゅうむ……」

「わふん!」


 獣達と抱き合ったロルティは、ベッドの上にいる兄が先程まで荒い息を吐き出していたはずの吐息が聞こえないと気づく。


「おにいしゃま……?」


 意識があれば、愛する妹の問いかけに兄が応えぬがずがない。

 彼がだんまりを決め込んでいるのならば、痛みで意識を消失させてしまったと考えるべきだろう。


「パパ!」


 ロルティは父親の言葉に従い、すぐに聖なる力を使わなかったのを悔やむ。

 もしも彼女がもっと早くに祝詞を紡いでいれば、兄は苦しまずに済んだからだ。

 

「ロルティ。かすり傷程度で、聖なる力を使わないでくれ」

「でも! おにいしゃまが、苦しんでる……!」

「俺の娘は人の痛みがわかる子だ。だからこそ、自分の痛みにも敏感でいてほしい」

「びーかー……?」

「ロルティだって、痛いのと苦しいのは嫌だろう」

「でも……。わたしは助けられる力を持っているのに……。大事な人が悲しんでいるのを、見て見ぬ振りをするのは……」


 ロルティが納得できずに眉を伏せれば、彼女を安心させるように父親が愛娘の髪を撫でた。


「パパと約束してくれ。ロルティが聖なる力を使うのは、大事な人が重症を負った時だけだと」


 ロルティは大切な人の存在を頭の中で思い浮かべた。

 大好きな父と兄、護衛騎士のカイブル。

 2匹の獣達――。


 それ以外の人々が傷ついた姿を目にしても、聖なる力を使ってはいけないらしい。


(見て見ぬ振りなんて、できるかな……?)


 助けを求める人が、ロルティにとってなんとも思っていない人だとしても。

 彼女はきっと、それが自身に牙を剥く人間ではない限り、聖なる力を使ってしまうだろう。


「そんなの、無理だよ……」


 約束なんてできないと、ロルティは首を振った。

 

 彼女の瞳には、あっと言う間に涙が潤む。

 大好きな父親の言うことを聞けない悔しさと、どうしてそんなことを言うのかと疑う気持ちがごちゃまぜになって、悲しくなってしまったのだ。


「わかってくれ。俺は娘が傷つく姿を、見たくないんだ」


 ロルティは困ったように眉を伏せる父親と目を合わせ、突然娘に無理な約束をさせようとした原因に気づく。


「教会で働く人達を、懲らしめに行くの?」

「ああ」

「約束しなきゃ、わたしのことを連れて行ってくれない?」

「そうだな。悪い奴らは、罰を受けるべきだ。ロルティの力で、傷を癒やす必要はない」


 彼女は勘違いしていた。


 なんの罪のない人が傷ついているところを見たら、力を使わずにはいられないが――教会の人々は、誰もがロルティが虐げられている姿に見て見ぬふりをしたのだ。

 そんな人々まで施しを受ける必要はないと告げる父の言葉を理解したロルティは、今度こそしっかりと頷いた。


「約束する! わたしも連れて行って!」

「わかった」


 愛娘の返事を待っていましたとばかりに気分をよくした父親は、ロルティの胸元に抱きかかえられている獣達に問いかける。


「君達はどうする」

「むきゅぅ……」


 アンゴラウサギは教会に、あまりいい印象がないのだろう。

 ぴょんっとロルティの胸元から飛び出ると、小さな足を動かしてちょこまかとベッドの上で膝を抱えて蹲るジュロドに寄り添った。

 

「うさぎしゃんは、おにいしゃまと一緒にいるみたい……。わんちゃんは?」

「わふっ!」


 待ってましたとばかりに尻尾を振った犬は、ロルティの頬に顔を寄せて頬擦りする。

 どうやら、このままついてくるようだ。


「一緒に行くって」

「そうか……」

「わふん!」


 ロルティに守護犬として活躍する姿を早くジェナロにも見せたいのか。


『早く行こうよ』


 そんな風に、獣は2人を急かす。

 元気が有り余っている姿を目にした彼女は、ニコニコと笑顔を浮かべながら父親が歩みを進めるのを待った。


「旦那様……!」


 ――それから数分後。


 バタバタと廊下から騒がしい足音が響いたかと思えば、白衣を身に着けた男性が血相を変えて飛んできた。

 彼はどうやらジュロドが怪我をしたと聞き、急いでやってきたらしい。

 

「ジュロドを頼む」

「お任せください!」


 ジェナロが医師に命じると、後方からはひょっこりと侵入者を連行して行ったはずのカイブルが顔を出す。


 慌ただしく兄の元へと向かった医者と入れ替わるように護衛騎士の元へ歩みを進めた父親は、彼に労いの言葉をかけた。


「閣下。主犯は地下牢に閉じ込めておきました」

「ご苦労だったな」

「お出かけですか」

「ああ。こうも何度もロルティの命を狙われ、愛娘が怯える姿を見るのも忍びない。教会に乗り込み、黙らせるぞ」

「かしこまりました」


 カイブルはジェナロの腕に抱きかかえられているロルティの姿を目にして何か言いたそうにしていたが、結局彼の言葉は声にならない。


 彼女は父親と護衛騎士、お供の守護犬を連れて教会へと向かった。

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