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脅威を退けて

「ロルティ。待って」

「おにいしゃま? どうしたの……?」

「やっぱりこの時間にティータイムなんて、おかしいよ」

「でも、せっかく用意してもらったのに……」

「安全が確認できるまでは、飲み食いしてはいけないよ」

「どうやって確かめるの?」

「メイドに毒味をさせるんだ」

「え……?」


 ジュロドは満面の笑みを貼りつけ、ティートローリーを運んできた使用人を見上げた。


 まさか彼からそんな指摘をされるなど思いもしなかったメイドは、ぽかんと口を開けて絶句している。


「君が持ってきたんだ。当然、問題がないと証明できるよね?」

「そ、それ、は……」

「何? 安全が証明出来ないものを、ロルティの口に入れさせようとしているの?」

「ち、ちが……っ」

「狼狽えるあたり、怪しいなぁ……」


 ロルティがじっと黙っている間に、ジュロドはどんどんとメイドを追い詰めていく。

 

(メイドしゃんには、人質がいるのに……。こんなに追い込んで、大丈夫なのかな?)


 彼女は何が起きてもいいようにドレスの裾を握り締め、警戒を続けた。


「話し合いじゃ解決しそうにないから、調べてもらおう」

「お、お坊ちゃま……。一体、それは……」

「僕の大事な妹が危険に晒されているのは、間違いないんだ。普通の美味しいティーセットなら、それに越したことはない。君だって、疑いを晴らしたいだろ?」

「も、もちろんです! しかし! 少々大袈裟では……?」

「調べられたら、困るようなことでもあるの?」

「い、いえ……」


 10歳の子どもに、成人女性が詰められている。


 これを異常と呼ばずしてなんと呼ぶべきか。

 ロルティは突如豹変した兄の姿を横目に、自分がどんな発言をするべきか考える。


(このまますべてを、おにいしゃまに任せて。本当にいいの……?)


 ロルティがメイドと謎の男の会話を盗み聞きしたのは、護衛騎士だけが知っている。彼は今、父親とともにいるはずだ。


(失敗したら、このメイドしゃんは男の人に命を狙われて……。妹しゃんも、殺されちゃう……!)


 その前にカイブルが気を利かせて、人質の保護ができていればいいが……。

 

 大人達がどの程度男の企みを阻止できているかがわからない状況でメイドを追い込むのは、全員の身を危険に晒すだけだ。


「おにいしゃま……」


 ロルティが兄の腕を掴み、メイドの糾弾を辞めるように頼み込もうとした時だった。


 ――ガシャンと勢いよく後方の窓ガラスが割れ、外から黒い物体が飛び込んできたのは。


「きゃあ!」

「わふ!」

「ロルティ……!」


 壁際に控えていたメイド達の悲鳴、侵入者の来訪を告げる犬の鳴き声。

 そして愛する妹の危機を悟った兄が、彼女の名を呼ぶ声が一斉に聞こえる。


(何が起きたの?)


 ジュロドにベッドの上へ押し倒されたロルティは、彼の肩越しに目線だけを動かして状況把握を試みる。


「カイブル!」

「こちらは問題ありません!」


 騒ぎを聞きつけやってきたのだろう。


 カイブルは黒いローブを纏った男と剣を交え、交戦中のようだ。

 彼の背には床の上に腰が抜けてへたり込むメイドの姿があり、護衛騎士は彼女を守っているらしい。


「ロルティ……。怪我は、ない……?」

「わたしは、大丈夫。おにいしゃまは……?」


 ロルティの問いかけに、兄は応えなかった。

 ガラス片が上空から山のように降り注いでいたのだ。

 

 パッと見問題はなさそうだが、背中は大変なことになっているのかもしれない。


「怪我、してるなら……」

「こんなの、かすり傷さ」

「でも……!」

「心配しないで。父さんとカイブルがいるから、問題ないとは思うけど……」


 ジュロドはけして、ロルティに背中を見せなかった。

 妹を心配させたくなかったのだろう。


 兄は彼女の上から退くと、目の前に姿を見せた父を見上げた。


「ジュロド。よくロルティを守ったな」

「妹を守るのは、兄として当然のことだよ……」

「あとは、大人に任せろ」


 彼は背中が痛むのか、ベッドの上で丸まって目を閉じてしまう。

 ロルティは慌てて聖なる力で兄の傷を治そうとしたが……。

 彼女を抱き上げた父親に引き離されてしまい、それは叶わなかった。


「パパ……!」

「この状況でも泣き喚くことなく冷静でいられるとは……さすがは俺の娘だな」

「あのね! メイドしゃんは悪くないの! 妹しゃんを、助けたいんだって!」

「ああ。カイブルから聞いた」

「じゃあ……!」

「不問とまでは行かないが、ロルティが心配するようなことは何もない」

「ほんと? よかった~!」


 ロルティはほっと胸を撫で下ろしながら、安心したように笑顔を浮かべる。

 無邪気な幼子の様子を目にしたメイドは、瞳から大粒の涙を流して謝罪を繰り返す。

 

「私はお嬢様に、なんてことを……!」

「後悔するくらいなら、はじめから毒殺など企てるな」

「申し訳ございませんでした……!」


 ジェナロから冷たい言葉を投げかけられたメイドが頭を下げる姿をじっと見つめていれば、カイブルも黒ローブの男と交戦を終えたようだ。


 武器を奪い床の上に組み伏せた彼は、涼しい顔で公爵に報告する。


「ぐ……っ」

「閣下。侵入者を捕らえました」

「よくやった。こいつは何者だ」

「教会の神官です」

「あいつらも懲りないな……」


 ジェナロは呆れた様子でどこか遠くを見つめながら、ぼそりと呟く。


 すると彼の言葉に同意を示したカイブルが小さく頷くと、感情の読み取れない瞳で彼に告げた。


「やはり、司祭も再起不能にするべきかと」

「無駄なことを……! 我々は教会が壊滅しようとも、必ず本懐を遂げて見せる……!」

「自害されては面倒です。猿轡を噛ませておきましょう」

「そうだな。長時間ロルティの前で、穢らわしい存在を晒すのも教育上よくないだろう。連れて行け」

「承知いたしました」

「んんー! んんー!」


 口元に布を押し込まれた男が何かを伝えたそうにくぐもった声を出したが、カイブルはそれらの言葉を無視して退出する。

 壁際で怯えていたメイド達が嘆き悲しむ実行犯を拘束して廊下へ出れば、家族3人と獣2匹が残された。

 

「むきゅう……!」

「わふ……!」


 動物達は主を心配しているのだろう。

 危機が去った瞬間一目散に勢いよく床を蹴り、ロルティの胸元へ飛び込んでいく。


 普段であればベッドに押し倒されているところだが、彼女は父親に抱きしめられているからか。

 どうにかバランスを崩すことなく2匹を受け止めると、無事を喜び合った。

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