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傷ついたうさぎしゃん

 *ロルティ


(まだ、かなぁ……)


 待てど暮らせど、待ち人はやってこない。


(待ちくたびれちゃった……)


 幼いロルティは、だんだんとここでじっとしているのがよくないのではないかと思い始める。


(カイブルが言ってた人、迷子になっているのかも……! 声を出したら、気づいてもらえるかな?)


 閃いた彼女は右手の人差し指を一本立てる。

 五月雨瑠衣として生きていた際、迷った時に口ずさむ数え歌を大声で叫びながら、四方八方へ順番に指し示し始めた。


「どれに、しようかな。神様の、言う通り!」


 彼女が歌い終えた瞬間。

 指先が向いている方向は──真正面だ。


「よし。こっち……」

「きゅうん……」


 ロルティは指の先端が指し示す方へ歩みを進めようとしたが……。

 右側から甲高い鳴き声が聞こえてきたのに気づき、たたらを踏んだ。


(今、こっちから……。変な声がしたような……?)


 彼女は右側を凝視し、耳を澄ませてその声が聞こえてくるのを待ち続ける。


「きゅぅ……」


 すると──か細く震える動物の甲高い鳴き声が、再び聞こえてきた。


(ほら、やっぱり!聞き間違いじゃなかった!)


 それを耳にしたロルティは神様のお告げ通りの前方ではなく、右側へ向かって全速力で走り出す。


「どこにいるの? 返事して!」


 遠くから聞こえる、助けを求めるような今にも消え失せそうな声を――無視などできなかったからだ。


「動物さん!」


 だが……。

 幼いロルティの耳が、いくら敏感でも。

 か細い声を二度聞いただけでは、この広大な森のどこから声が聞こえてくるのか。

 詳細な場所を特定できなかった。


「お願い! もう一回、返事をして……!」


 彼女が居場所を特定するため、大声を出して動物に呼びかければ。

 その熱意に応えた獣の、小さな呻き声が聞こえてくる。


「む、むきゅう……」

「あっ。いた……!」


 ここにいるよ、と伝えるかのように。

 絞り出すような鳴き声を聞き漏らさず耳にしたロルティは、慌てて土の上に倒れ伏す小さな獣に寄り添った。


「大丈夫!?」

「う、きゅ……」


 閉じていた瞳が、ゆっくりと見開かれる。

 もふもふとした毛皮に覆われた小さな動物の正体は、アンゴラウサギのようだ。

 真っ白な身体には所々血が付着しており、一目で怪我をしているのが見て取れる。


「大変……!」


 傷口は毛先が長すぎて、ぱっと見ただけでは確認できなかった。


 ──ロルティは見習い聖女として幼い頃から修行を積んでいるが、医者ではない。

 傷口を聖なる力で癒やすことはできても、それが身体にどんな悪影響を及ぼしているかまではわからない。


(教会に居た時は。神官の許可なく癒やしの力を使うなって、言われていたけど……)


 ロルティはすでに、教会から追放された身だ。

 誰の許可もなく自分の意思で、癒やしの力を使える。


(わたしはこの子を、助けたい!)


 自分の気持ちに素直になろうと決めた彼女は、ゆっくりと目を瞑ると、痛みで全身を震わせる小さな身体を抱きしめた。


「天に住まう我らが神よ。ロルティに、癒やしの力をお授けください!」


 ロルティが祝詞を紡げば、真っ白な毛並みが眩い光に包まれる。

 癒やしの力が発動し、アンゴラウサギの傷口を治療した証拠だ。


 痛みで震えていた小さな身体は目をパチクリと瞬かせ、耳をぴょこんと動かしながら不思議そうに彼女を見上げた。


「きゅぅ……?」

「うさちゃん!もう、大丈夫だよ!わたしが傷を、治したから!」

「むきゅ……っ」


 アンゴラウサギは彼女へお礼を伝える代わりに、小さな手足を動かしてロルティの胸元に頬を寄せた。


(元気になって、ほんとによかった……)


 彼女が偶然か細い鳴き声を耳にしていなければ、この子は今頃息絶えていただろう。

 ロルティはほっと胸を撫で下ろしながらアンゴラウサギを地面へと下ろしてやる。


「お友達のところへ、帰らなきゃ!」

「きゅぅ……」

「みんなと一緒なら、寂しくないもんね?」


 ロルティはアンゴラウサギがのそのそと小さな足を動かして、森の奥へと消えていくとばかり考えていたのだが……。

 小さな獣はむしろ幼子と離れたくないと言うかのように、彼女の靴に身を寄せて、ピッタリとくっついて離れなかった。


「森に帰らなくて、いいの?」


 ウサギは先程まで鳴き声を上げていたのが嘘のように大人しくなると、動かなくなってしまった。


(困ったなぁ……)


 アンゴラウサギと一緒にいつまでも来ない待ち人が現れるのを、じっと夢見続けるのにも限界がある。


(わたし達、このまま餓死しちゃうのかな……?)


 自分一人だけが野垂れ死ぬのならば、彼女の自業自得だが……。

 傷が癒えたばかりの獣まで巻き込むなど、ロルティには考えられなかった。


(それだけは、絶対駄目!)


 ロルティはどうにかアンゴラウサギを仲間の元へ帰すため、自らの靴元から動物を引き剥がそうと奮闘していたのだが──。

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