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養父は義娘を取り戻したい(ガンウ)

「おのれ! ハリスドロア公爵め……!」


 教会の最深部。

 光の届かない地下室で、男性の唸り声とともに勢いよくガラスが割れる音がする。


 怒り狂う男は、教会の司祭。

 名を、ガンウ・ヘールと言う。


 彼は自身の計画をハリスドロア公爵のせいでめちゃくちゃにされたと激怒し、整理しきれない感情を物に当たって消化しようとしていた。


「司祭様!」

「落ち着いてください……!」

「ええい! 落ち着いてなどいられるものか! 聖女を異世界から召喚するために、何10年費やしたと思っているのだ!?」

「さ、30年です……!」

「それをたった1人の小さな幼子が、我々の許可なく異世界へと送り返しただと? 冷静になど、いられるものか!」


 ガンウはすでに還暦を過ぎている。

 ここからさらに30年をかけて聖女召喚に尽力したところで、再びその機会に巡り会えるかは怪しいものだ。


 その前に命が尽きてしまえば、なんの意味もないのだから。


「聖女見習いロルティ……。どんな実験にも耐え続けた精神力は認めていたが、まさか聖女として覚醒するとは……!」


 彼は信じられない気持ちでいっぱいだった。

 

 聖女見習いの素質は下から数えた方が早いほどにないと言ってもよかったが、優秀な人材であればあるほど精神面が弱くガンウの期待には応えられず壊れてしまったのだ。


(異世界から召喚してきた女にもこれからさまざまな実験を行い、我らが理想の聖女に仕立て上げるつもりだったのに……!)


 本格的な実験をするための準備をちんたらと進めていたせいで、すべてが水の泡になった。


「し、しかし……司祭様……。失ってしまったものは、元には戻りません……。手元にある駒だけで、どうにかしなければ……」

「我々に、何が残っていると言うのだ!」

「聖女様が、いるではないですか」

「――なんだと?」


 ガンウは神官の告げた聖女なる人物が、自身の義娘であると気づいて彼に聞き返す。

 司祭のそばに控えていた男性は一瞬怯えの表情を見せたが、すぐに硬い表情で教会の最高権力者に語りかけた。


「聖女見習いロルティが、聖女として覚醒したのは私ともにとっても僥倖でした。彼女を再びこの教会に招き、祀り上げればよいのです」

「そんな簡単に物事が我々の思い通りにうまくいけば、苦労はしないだろう……!」

「――諦めるのですか」

「私の辞書に、そのような言葉は存在しない!」


 長い年月をかけ、ガンウは願いを叶えるために尽力してきた。

 やっと、手を伸ばせば届く距離まで舞台を整えたのだ。

 ここで黙って引き下がれるわけがなかった。

 

「司祭様。冷静さを欠けば、それだけ我々の夢が遠のいていくかと」

「しかし義娘は、公爵家の庇護下にある……。どうやって連れ出すのだ」

「強行突破しかないでしょう」


 聖騎士達は、ガンウの目的を叶えるためだけにいる。

 ここで有効活用しなければどこで使うのかと神官に言われた彼は、深く考え込む。


(聖女キララの件で、随分と数が減った。この状態で勝負を挑んだところで、勝てるわけが……)


 聖騎士達は命を賭けてまでガンウに従うほど、忠誠心が高くはない。


 負傷した仲間達を目にした彼らが、ハリスドロア公爵に恐れを抱いた姿を目の当たりにしているからこそ。

 勝てる見込みのない勝負を仕掛けて貴重な戦力を削るのだけは避けたかった。


(――待てよ)


 熟考の末、司祭はあることに閃く。

 聖騎士として紛れ込んでいた優秀な若者が、公爵家の息が掛かったスパイだったと思い出したのだ。


(我々も、同じことをすればいい)


 今から潜り込ませるのは難しいだろう。

 あちらも聖女として覚醒した娘を守るべく、警備を強化するはず。

 ならばすでに公爵家で働いている人々へ身辺調査を行えばいい。

 

 弱みのある人間を脅せば――少ない人数で簡単に、聖女が手に入る。


「君もたまには、いいことを言うじゃないか」

「司祭様にお褒め頂き、大変光栄です」


 この神官には、どうしてもあの儀式を行わなければならない理由があるのだ。

 そう簡単に裏切るような人間ではない。


(たとえ私が息絶えたとしても。我々の意志は、彼が引き継いでくれるだろう)


 たとえ自らの命を引き換えにしても。

 必ず聖女を手に入れてみせる。


 そう決心した彼は、ガンウは最悪の場合を想定して行動すると決めた。


「我々教会は、聖女見習いロルティを聖女として認める。洗礼の義を行うとでも言って、彼女を呼び出せ」

「はっ」

「応じないようなら……。次の段階に移行する」

「かしこまりました」


 冷静さを取り戻した彼は、床に散らばった破片を踏みしめながら地下を出る。


 ――痛みなど感じなかった。

 彼の頭の中は、初めて義娘を虐げた際目にした奇跡でいっぱいだったからだ。


(あの時に、彼女を聖女として任命していれば……)


 当時を思い出したガンウは、悔しそうに唇を噛みしめる。

 ――彼が聖女を虐げれば魔物を召喚できると知ったのは、偶然だった。

 

『私の言うことを聞け!』

『うわああーん!』


 両手を拘束され泣き叫ぶ幼子の涙が床に溜まり、小さな水溜りを作る。


(今どきの子どもは、根性なしばかりだな……)


 想像力が逞しいと言うべきか。

 鞭で床を叩いただけなのに、その先端が自らの身体にぶつかるのではと怯えて泣き叫ぶのだから。


(聖騎士見習いであれば、もっと違った光景になるのだろうが……)


 彼が目の前にいる聖女見習いを廃棄するべきか悩んでいれば。

 床の上にできた水溜りから、ぴょこんと純白の毛が生えた長い耳らしきものが生えてきた。


『な……』

『むきゅ……!』


 長い毛に覆われているせいだろうか。


 手足だけではなく、瞳すらも埋もれてどこについているのかわからない。

 アンゴラウサギのような獣は、甲高い鳴き声を上げるとロルティを守るようにブルブルと全身を震わせながらガンウの前に立ちはだかった。


『ふむ……』

『きゅう! きゅ、きゅー!』


 ガンウはふさふさの毛に埋もれる垂れ耳を掴むと、そのまま謎のウサギ身体検査を行う。


 ――あとでわかった話だが、この獣は普通のアンゴラウサギではなかった。

 聖なる力を宿す、聖獣だったのだ。

 

(聖獣を大量に手に入れて人々を恐怖に陥れたならば、この国の支配者となれる……!)


 黒い思考で頭の中を満たした司祭はロルティの養父を名乗って彼女を虐げ、獣達を大量に生み出そうとした。


 教会内ではアンゴラウサギを一体生み出したあと、何度同じ状況下を作り出しても聖獣は生まれなかったが――。

 公爵の攻撃を受けながらも命からがら難を逃れた下っ端の神官から、ガンウは面白い話を聞いた。


『聖女見習い様が覚醒した際、彼女が流した涙から大型犬らしき獣が突如として出現したのです……!』


 それが事実であれば。

 なんらかの条件を満たせばやはり彼女は、聖獣を生み出せるのだろう。


(どうすれば獣達を召喚できるのかは、彼女が手元に来た際に時間をかけてゆっくりと実験すればいいだけ……)


 ――いかに己の手を汚さずに、ロルティを教会へと連れてくるか――。


 回想を終えた司祭は地下へ繋がる階段から地上の大広間へと降り立つと、顔全体に作り笑顔を貼りつけた。

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