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作戦勝ち


「おにいしゃまも、知ってるでしょ?」

「僕は……」

「カイブルは責任感が強くて、頼りになる人だってこと!」


 愛する妹の言葉は、兄のモヤモヤとしていた気持ちを晴れやかにしてくれる。

 彼は拳を握りしめると、こくんと小さく頷いた。


(パパに相談して、ほんとによかった!)


 ロルティはニコニコと笑顔を浮かべて、父親の背後に控えているカイブルを見つめる。


 背中で手を組み、休めの体制でじっと待機している騎士は、どこか困ったように眉を伏せながら、口元を緩ませていた。


「ジュロドはまだ幼い。これからいくらでも挽回ができる」


 その様子を確認したジェナロは、全員に聞こえるような大きな声で息子へ言い聞かせた。


「剣術だけではなく、話術や思考力を学べ。このままでは、ハリスドロア家の当主にはなれないぞ」

「ごめんなさい……」


 父親から諭された兄は深く反省した様子で、謝罪を口にする。

 その様子を目にしたロルティは、父親に問いかけた。


「おにいしゃまとカイブル、仲直り、する?」

「ああ。誤解は解けた。あとは、2人が言葉を交わし合うだけだ」

「ほんと!?」


 ジェナロから質問の答えを受け取った愛娘は、ぱっと太陽のように明るい笑顔を浮かべると大きな声で宣言する。

 

「わたし、2人の架け橋になりたい!」

「俺と一緒に2人の会話をする姿を見学するのは、嫌なのか」

「うーん……。パパのことは、好きだけど……」


 悩む素振りを見せたロルティは、じっとジェナロの瞳を見つめて告げた。


「わたしもおにいしゃまと、カイブルの3人で! 仲良しさんになりたいの! ねぇ、パパ。おねがーい!」


 うるうると瞳を潤ませ愛娘から懇願されたら、父親は断れるはずもない。

 彼は渋々ロルティを肩から下ろして地面に足をつけると、彼女を息子の元へと送り出した。


「ありがと! パパ!」


 笑顔で手を振ったロルティは風を切りながら兄の元へ向かい、今にも泣き出しそうな彼の手を取る。


「おにいしゃま! 仲直り、しよ!」

「え……? 別に、今じゃなくたって……」

「善は急げ、だよ!」

「ロルティは、難しい言葉を知っているね……」


 どこか呆れたような笑顔とともに。

 肩の力を抜いたジュロドは、妹に手を引っ張られるがままカイブルの前へと歩みを進める。

 彼は幼い兄妹が目の前にやってきたのを認識すると、その場にしゃがみ込んで目線を合わせてくれた。

 

「その……父さんの命令だって、知らなくて……」

「ジュロド様が申し訳なく思う必要など、ございません」

「でも……」

「黙っていなくなった、私が悪いのです」

「カイブル……」


 ジュロドの瞳からは堪え切れずに、ポタポタと大粒の涙が頬を伝い落ちる。

 カイブルが優しい瞳で兄妹を見つめていると、気づいたからかもしれない。


(よかった。カイブルが怒っていなくて)


 彼が兄を優しく包み込んでくれたからこそ、ジュロドはカイブルの胸へ勢いよく飛び込めたのだ。


「本当に、ごめん……!」

「私は気にしていませんよ」

「僕が気にするんだ……!」

「そうですか。では、謝罪はありがたく受け取らせて頂きます」

「ああ……!」


 涙を流す兄を抱きしめた護衛騎士は、背中を擦ってジュロドの涙が止まるまであやしていた。


 その様子を、じぃっと羨ましそうにロルティが見つめていると気づいたのだろう。

 カイブルは、彼女に向かって声をかける。


「ロルティ様も、いらっしゃいますか」

「いいの?」

「どうぞ」


 右手で兄の背中を撫でていた彼が、右手を広げて妹を呼び寄せる。

 ロルティは今まで触れ合えなかった分だけぬくもりを確かめるように、カイブルの腕の中へと飛び込んで行った。

 

「カイブル! また会えて、とっても嬉しい!」

「私もですよ。ロルティ様」


 ジュロドからカイブルに近づくなと命じられていた彼女は、やっと彼と落ち着いて話せる機会を得たのだ。


 嬉しくて仕方がないロルティは、ニコニコと笑顔を浮かべて大切な人と触れ合う。

 そんな中、ジャラリと首元で鎖が擦れる音を耳にした彼女は、大事なことを忘れていたと気づいて声を張り上げた。


「あ、そうだ。ネックレス……返さなくちゃ!」

「ネックレス?」

「うん。これ、カイブルから預かっていたの」

「そうなんだ? なら、僕が外してあげるよ」

「ほんと? じゃあ、お願い!」


 兄が外してくれるなら安心だと、ロルティはカイブルに抱きつくのをやめてジュロドに背を向ける。

 妹の首元につけられた留め金を難なく外した彼は、護衛騎士へそれを手渡した。


「ロルティ。外せたよ」

「おにいしゃま、ありがとう!」

「どういたしまして」


 兄妹達が微笑み合っている間にジュロドからネックレスを預かったカイブルは、自らの首元にそれを身に着けた。

 ジャラリと鎖の擦れる音を耳にしたロルティは彼の胸元に光り輝くペンダントトップを目にして、キラキラと瞳を輝かせる。

 

「やっぱりカイブルが身につけてる方が、しっくり来るね!」


 ハリスドロアにとって、ロルティはみんなを明るく照らす太陽のような存在だ。

 彼女が笑えば、公爵邸にいる誰もが微笑む。


「そうでしょうか……?」

「ロルティが言うんだ。否定などせず、誇ればいいだけだろう」

「承知いたしました」


 ジュロドは妹の言葉に絶対的な信頼を置いていた。

 彼女の意思に背くものはそばにいる権利がないとばかりに威嚇を受けた彼は、疑問を飲み込んだあと。頭を下げた。


「わたし、なんか変なこと、言ったかなぁ……?」

「うんん。ロルティは、とっても素敵な感想をカイブルに伝えたよ」

「ほんと?」

「そうだな。ジュロドの言う通りだ」


 カイブルは何か言いたげにジェナロを見つめていたが、その考えは口から飛び出てこなかった。


「そっか。よかった~」


 父と兄。

 2人から褒められたロルティは、ほっと胸を撫で下ろしながら父親の言葉に耳を傾ける。


「楽しそうだな」

「うん! わたしのことを守ってくれる、パパとおにいしゃま。大好きなカイブルが仲良しになって、すごく嬉しい!」

「これからは、みんなずっと一緒だ」

「約束だよ? パパ! カイブルを追い出すような命令をしたら、めっ!」

「ああ。カイブルはこれから、ロルティの専属護衛騎士として公爵家で働いてもらう」

「せんぞ……ご……きしぃ?」


 聞き慣れない言葉を耳にしたロルティが単語を繰り返せば、兄がわかりやすく解説してくれた。

 

「ロルティだけの、護衛ってことだよ」

「それって、凄いの?」

「うーん。どうかな……。それはなんとも言えないけど、ロルティの命令が絶対なのは、確かだよ」

「カイブルには、えへんってしてもいいの?」


 ロルティは腰元に両手を当て、胸を張って威張ってみせた。

 目を細めてきりりとした印象を与えようと頑張っているあたり、父親の真似をしているのかもしれない。


「専属騎士じゃなくたって、公爵家にいる人間はみんなロルティの言うことを聞いてくれると思うけどね……」

「ジュロド。いつまで立ち話をしているつもりだ。訓練が終わったのなら、部屋に戻れ」

「はい、父さん」


 兄の含みのある言葉に首を傾げていたロルティは、父親からの厳しい声にビクリと肩を振るわせた。


「パパ……怒っちゃ、やだ……」

「お、落ち着け。ロルティ。俺はジュロドに言ったんだ」

「ロルティを泣かせるなんて……父さんは最低だな」

「ち、違う! すまない。パパが悪かった……!」


 ジェナロは息子から蔑まれたのも大きく影響したのか。

 普段の厳格な父親像とは遠く離れた情けない姿を披露すると、オロオロと視線を彷徨わせる。

 ロルティをどうしたら大泣きさせずに済むのかと、右往左往しているのが印象深かった。


(たまには、こんなパパとおにいしゃまも、悪くないかもね!)


 ロルティは父親と兄の新たな一面が見れたと満足した要素を見せながら。

 護衛騎士の手を取って走り出す。


「カイブル! 行こっ!」

「ロルティ様? 走ると、危ないですよ!」

「あははっ。平気だよー!」


 大好きな人と手を繋いで楽しくてしょうがないロルティは、足が棒になるまで屋敷内を駆け回っていた。

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