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不仲な二人


「ただいまー!」


 公爵家に戻ったロルティは、カイブルと一緒に居られるのが相当喜ばしいようで……。

 元気いっぱいに、帰宅の挨拶をした。


「わふっ」


 彼女の声を聞いて、ドタバタと後方から足音が響く。

 自室で留守番をしていたジュロドが、大慌てで玄関まで走ってやってくる音だろう。


「カイブルはおにいしゃまに、会ったことある?」

「はい。何度か、言葉を交わしたことがございます」

「そうなんだ! だったら、自己紹介はいらないね!」


 ロルティはニコニコと笑顔を浮かべ、兄がやってくるのを待った。


 まさか、この直後。

 顔を合わせた2人が、あんな騒ぎを起こすなど思わずに……。


「ロルティ!」

「あっ。おにいしゃま!」

「遅かったじゃないか! 心配し……!」

「わふーん!」

「うわっ!?」


 勢いよくカイブルの横から飛び出して行った犬が、妹を心配して駆けつけてきた兄を勢いよく押し倒した。


 獣はブルンブルンと嬉しそうに尻尾を振って、ペロペロと頬を舐めている。

 ロルティはそんな自由奔放な新しい仲間の姿を目にして、呆れたような声を出した。

 

「わんちゃん……。もう。おにいしゃまに、迷惑かけたら、めっ!」

「わふ?」


 獣は不思議そうに主を振り返る。


『一体これの何が迷惑なの?』


 そんな風に言いたそうだ。

 その間に床へ押し倒されたジュロドが犬を抱き上げ横に退けると、ゆっくりと身体を起こす。

 その後、ロルティを抱き抱えていた彼と視線を合わせた。


「カイブル・アカイム……!」


 兄は聖騎士の姿を目にした瞬間、歯を食いしばって彼を睨みつけた。

 その表情は妹と初めて顔を合わせた際に見せた姿とそっくりで、彼女はビクリと全身を震わせる。


(なんか、怖い……)


 思わずカイブルの胸元を小さな手で握り締めて頼ったのも、ジュロドの逆鱗に触れたようだ。

 頭を下げた聖騎士に、兄は激昂する。


「ご無沙汰しております」

「ロルティを、離せ。裏切り者……!」

「おにいしゃま? どうしたの? カイブルは、いい子だよ?」

「こいつは僕の護衛騎士を辞めて、教会で聖騎士になったんだ! ロルティを僕達から、引き離すつもりなんだろ!? そうはいかないからな!」


 いつも優しい笑みを浮かべた兄の姿は、どこへやら。

 妹の言葉など耳に入らないジュロドは我を忘れ、カイブルへ怒鳴り散らす。

 

(ど、どうしよう……。なんだか、とっても、勘違いをしているみたい……)


 どうやって兄を止めればいいのかと、視線を彷徨わせていれば。

 先程まで怒り狂っていたのが嘘のように優しい微笑みを浮かべたジュロドが、ロルティに手を差し伸べた。


「おいで。ロルティ。こいつは危険だ」

「おにいしゃま。でもね? わたしはカイブルが……」

「あんな男の名前を呼ぶ必要なんかない。あいつは、あれ、とか。これ、とかでいいんだよ」


 ジュロドがツカツカと足早に目の前まで、やってきたからだろう。


 彼と目線を合わせるためにカイブルがその場でしゃがめば、兄は強引にロルティを聖騎士の腕の中から奪い取ると、彼女を抱き寄せ背を向けた。


「着いてくるな!」

「申し訳ございませんが、ジュロド様のお言葉には従えません」

「僕は公爵家の息子だぞ!」

「閣下より、ロルティ様を任された身ですので……」

「それは公爵家の外だけの話だ! 自宅には僕がいるから、君は必要ない!」


 廊下を経由し自室へ戻る間にも、2人の言い争いは永遠と続いている。


(この2人、どうしてこんなに仲が悪いのかなぁ……?)


 ロルティが不安な気持ちでいっぱいになっているのすらお構いなく怒り狂っているあたり、兄のカイブル嫌いは相当根が深いようだ。

 幼子は口を挟みたくても挟めないまま、視線を落としてじっと耐える。


「――守れるのですか」

「父さんから直々に剣の指導を受けている。僕は強いんだ!」

「そうですか。同じ年頃の男子でしたら負けなしでしょうが、鍛え抜かれた騎士相手では、そうも行きません」

「馬鹿にするな……!」

「ロルティ様を失ってからでは、遅いのですよ」

「ぐ……っ」


 部屋の前に到着したジュロドは、痛いところをつかれて露骨に嫌そうな顔をした。


(このまま、仲直りができたらいいのになぁ……)


 ――ロルティの願いも虚しく。


 結局兄は手招きをして聖騎士の隣で大人しくしていた犬だけを室内に呼び込むと、カイブルにある許可を出した。


「へ、部屋の外にいるのは、許してやる」

「承知いたしました。何かあれば、お呼びください」

「あ、カイブル……」


 ロルティはすっかり、彼にネックレスを返すタイミングを失ってしまう。

 兄がカイブルを廊下に残して、パタリと扉を閉めてしまったからだ。


「わふっ!」

「む、むきゅう……?」


 部屋の隅で小さくなっていたアンゴラウサギが、突如現れた種族違いの仲間を不思議そうに見つめる。

 

 犬はウサギの小さな身体を口で加えると、背中に乗せる。


『一緒に遊ぼう』


 そんな風に、小さな獣へ語りかけた。


「んきゅ……!」

「わふーん!」


 アンゴラウサギは一目散に犬の背から飛び降り部屋の隅に挟まって逃げたが、犬は何度もじゃれ合いを繰り返す。


 その様子をじっと見つめていたロルティが不安そうにしているのを、カイブルと兄の件に何か伝えたい話があるのではと勘違いしたのだろう。


 ジュロドはパンっと両手を合わせて叩くと、気持ちを切り替えるように指示を出した。


「さぁ、ロルティ。あんな奴は忘れて、汚れたドレスを着替えようか」

「おにいしゃま、でも……」

「ロルティは僕より、あいつがいいの?」


 ジュロドとはいつでも話ができる。


 だが、カイブルは教会で働く聖騎士だ。

 こうしてロルティの護衛を父親から任されているのは一時的であり、またすぐ教会へとんぼ返りしてしまうかもしれない。


「せっかく会えたのに……。わたし、カイブルとたくさんお話したいことが、あったんだよ……?」

「あいつと言葉なんて交わしたら、ロルティが穢れる」

「おにいしゃまは、カイブルが嫌いなの……?」

「そうだよ。僕はあの人を、視界に入れたくもない」


 ジュロドは手馴れた手付きでクローゼットを開け放つと、ロルティのドレスを選んで室内に控えていた侍女へ手渡した。

 

 本来であれば自らの手で着替えを済ませてやりたいが、そのためには下着姿になる必要があるからだ。

 いくらロルティが幼子で、彼が兄であったとしても、父親がそれを許さなかった。


 ――だからこそ。


 彼女は試着室のように薄い布でぐるりと一周目隠しがなされた着替えスペースの四角い箱の中で侍女とともに籠もり、兄の呟く声に耳を傾ける。


「よくも公爵家にのうのうと、顔を出せたものだ。裏切り者のくせに……」

「カイブルと、お話しよう!」

「僕は嫌だ」

「おにいしゃま……」

「かわいい妹の望みでも。それだけは絶対に……」


 侍女はロルティのドレスを着替え終えると、勢いよくカーテンを開く。

 ジュロドは唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな表情で下を向いていた。


(おにいしゃまも。好きでカイブルを嫌ってるわけじゃ、ないんだよね……?)


 カイブルは青年だが、ジュロドとロルティはまだ子どもだ。

 妹が自分の嫌いな人物を慕い味方になるなど言えば、より彼に対する憎悪を募らせるだけだろう。


(わたしはおにいしゃまの、妹だもん。味方になってあげなくて、どうするの?)


 ここで兄を突き放せば、カイブルにも危害が及ぶかもしれない。

 今よりもっと収集のつかない状況になれば、ロルティも2人を結びつけるのが困難になる。

 

(今すぐには無理でも、いつかはきっと……。心を通わせられるはずだよね?)


 未来に想いを馳せたロルティは、すぐさま行動に移した。

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