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姉と決着をつけて

「聖女様!」


 すでに姿を消した男が空へ放った、光の玉を目にしたのだろう。

 神官達が大勢、公爵家へ押しかけてきたのは


「面倒なことになったな……」


 その姿を目にしたジェナロが呟いた言葉を耳にした彼女は、雲母を見つめ困惑の色を隠せない。


(なんだろ……? もう少しで、お姉ちゃんに罰を与えられるところだったのに……)


 神官達の話す内容を耳にしたロルティは、すぐさま状況を把握した。

 

「キララ様は聖女ではないのか?」

「ならば、本物の聖女は誰だ」

「聖女見習いが本物のわけが……」

「それが事実であれば、大変なことになるぞ」

「今まで我らは、崇めるべき聖女様を始末しようとしていたのか……?」


 彼らは雲母の叫びを聞き、異世界からやってきた聖女が偽物だと認識したようだ。

 事の重要さに気づいた神官達はヒソヒソと言葉を交わし合いながら、ある1つの答えにたどり着く。


「聖女を騙る不届き者を始末しろ!」

「いやぁ!」


 ――始末するべきはロルティではなく、雲母であったのだと。


 あっと言う間に聖女は彼らに手足の自由を奪われ、喉元に剣を突きつけられてしまう。


「ロルティ!」


 教会の人々は子どもの前なのをすっかり忘れ、この場で雲母を処刑するつもりのようだ。


 幼子に残忍なシーンを見せるわけには行かないと己の剣を鞘に納めた父親が、慌てた様子で愛娘の小さな身体を抱きしめる力を強めたのが印象的だった。


「た、助けて……! ゆ、許してよ! あたし、こんなふうになるなんて思わなくて! すごく反省しているの! ごめんなさい!」


 ロルティは父親の腕の中で、悲痛な聖女の叫び声を耳にした。

 雲母の口から謝罪の言葉が飛び出るなど思わず、幼子は不愉快そうに顔を歪めた。

 

(ごめんで済んだら、警察はいらないもん……!)


 ロルティはこのままかつての姉が命を落としても、構わなかったが――。

 それではなんの意味もないと考えを改める。


(神官達はどうやっておねえしゃんを、この世界に召喚したんだろう……?)


 キララはこの世界に転生したロルティとは異なり、転移してきたのだ。

 彼女の推測が正しければ、今頃日本で姉は行方不明として処理されているだろう。


(おねえしゃまには、楽に命を落としてほしくない……。一生、瑠衣を置き去りにして、カイブルを奪おうとしたの、後悔して生きてほしい……)


 そのためには、どうにかしてキララを異世界に戻すのが一番だ。


「あたし、こんなところで死にたくない……!」

「じゃあ。日本に戻って、罪を認める?」

「い、言えばいいんでしょ! 瑠衣を、置き去りにしたって……! 命が助かるなら、それくらいどうってことないわ……!」

「うん。わかった」

「ロルティ……!」


 極悪人を見逃すわけにはいかないと非難するように。

 父親は悲痛な声を上げたが――彼女の意思を尊重するように、脇腹をツンツンと叩く手があった。


「わんちゃん?」

「わふっ」


 傷ついたカイブルの身体に身を寄せていた獣が元気いっぱいに鳴いた直後。

 突如ぐるぐるとその場で回ったり尻尾を上下左右に揺らしたりと忙しなくなる。

 どうやら何かを、ロルティに伝えたいようだ。


(なんだろう?)


 彼女は必死に獣の考えている内容を読み取り、父親へある許可を得るために声を発した。

 

「パパ。わたしを庇ってくれて、本当にありがとう」

「俺は何もしていない。すべてが終わるまで、大人しく……」

「うんん。お姉ちゃんは、わたしが元の世界に戻してあげる!」

「ロルティ? 一体、何を……」


 戸惑う父親の言葉を無視したロルティは、犬の触り心地がいい手を右手の薬指と触れ合わせてから、祝詞を紡ぐ。


「天に住まう我らが神よ。ロルティが命じる。お姉ちゃんを、元の世界に送り返して……!」

「わふーん!」


 獣の雄叫びに合わせ。

 雲母は眩い光に包まれ――聖女は異世界へ戻って行った。


「ロルティ……。いいのか?」

「うん。お姉ちゃんは、元の世界で罰を受けるべき人だから」

「しかし……」

「一生、苦しめばいい。わたしの分まで、永遠に」


 父親が渋るのも無理はない。

 彼女は愛娘を悲しませたのだから、罰を受けてから元の世界へ戻すべきだと言いたかったのだろう。


(これはわたしと、お姉ちゃんの問題だもん。パパになんて、任せられないよ!)


 ロルティは自身の決断を、後悔していなかった。

 身の安全を守るためには、あれが一番正しい選択だと信じている。


「パパが倒さなきゃいけない敵は、あそこにいる神官達でしょ?」


 だからこそ。怒りを向ける矛先は別にいると口にした彼女はビシッと人差指を指し示す。

 

「あの人達は、お姉ちゃんを使って、わたしを始末しようとした。すっごく、悪い人達!」

「ああ。そうだな。悪い子には、お仕置きをしなければ……」

「うん! パパ。わたしの代わりに、めって、してくれる?」

「ああ。もちろんだ」


 ロルティはニコニコと笑顔を浮かべると、困惑した様子の神官達を見つめた。

 雲母を失った彼らは、司祭の命令通りに彼女の命を奪うべきか、真の聖女と崇めるべきか迷っているからだろう。


「う……。閣下……。ロルティ様のことは、私にお任せください……」

「カイブル!」


 彼は近くにいた犬の身体を優しく撫でて労わってから、ジェナロへ告げた。

 父親の表情は、かなり険しい。

 病み上がりに愛娘を任せて、本当に彼女を守れるかと不安でいっぱいなのだろう。


「もう、大丈夫なの? 平気? どこも痛くない?」

「ええ……。ロルティ様が私を、聖なる力で癒やしてくださったおかげです」

「よかったぁ……!」

「大事な時お力になれず、大変申し訳ございません」

「うんん! わたしはカイブルが生きてるだけで、すごく嬉しい!」


 ロルティの前では気丈に振る舞っているようだが、本調子ではないのは明らかだ。

 

 ジェナロはできれば彼に愛娘を預けたくはなかったが、彼女を抱きかかえたままロルティに仇する害虫共を駆除する姿を見せびらかすわけにはいかない。


 それは穢れなき天使には純白の翼をいつまでも背中から生やしていてほしいと願う、親心でもあった。


「カイブル。ロルティを頼む」

「承知いたしました」


 彼は熟考の末、渋々ロルティをカイブルに預けた。

 犬を従える大切な人の腕の中に抱きしめられた愛娘は、ご機嫌な様子でブンブンと去りゆく父の背中に手を振り、激励を送る。


「わふっ」

「パパ~! 頑張って~!」

「任せろ」


 ジェナロが腰元につけた鞘から剣を抜いたのが、合図となった。

 カイブルはロルティの両耳を大きな手で塞ぐと、父親から背を向けて立ち上がる。

 

「カイブル? どうしたの?」

「ここは危険ですので……。公爵家に戻りましょう」

「ええー? わたしも神官達を、めっ。したーい!」

「あの女を異世界に送り返しただけでも、充分ご活躍されていますよ」

「えへへ。そう、かなぁ?」

「はい。私の傷を癒やしてくださり、本当にありがとうございました。こうしてお話できているのは、ロルティ様のおかげです」

「お礼なんて、必要ないよ! わたし、約束したでしょ? 次会った時は、ネックレスを返すって!」


 ロルティは首からぶら下げていたネックレスの留め金を外そうとしたが、彼女の小さな手ではうまく外せなかったようだ。

 やがてネックレスのチェーンを無理やり引っ張ろうとしたため、カイブルは慌てて彼女を制止した。


「ロルティ様。ネックレスの返却は、公爵邸で行いましょう」

「でも……」

「首が締まり、大変危険です。命にかかわることですので……」

「ご、ごめんなさい……」


 先程までのご機嫌な様子が嘘のように大人しくなったロルティが、ネックレスのチェーンから手を離す。

 その様子を目にした彼はほっと肩の力を抜くと、彼女を連れて公爵家へと戻った。

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