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姉にとっては衝撃の事実

「この程度でやられるなんて、ほんと使えないわね」


 雲母は目の前で護衛騎士が負傷している姿を一瞥して表情を歪めながら、小馬鹿にしたような声をかける。


(聖なる力を使えって傷を癒せば、元気になるかもしれないのに……!)


 能力を使う価値もないと言わんばかりの態度を見せる前世の姉を目にしたロルティは、カッと頭に血が登っていくのを感じる。


(今までは、怖かった。お姉ちゃんは私よりも年上で。わたしを恐怖に陥れるのが得意だったから……)


 ロルティはこの怒りを、見て見ぬふりなどできなかった。


(わたしが傷つけられるのは、耐えられる。でも、大事な人を傷つけるのは、絶対に許せないよ……!)


 彼女は拳を握りしめ、かつての姉を睨みつける。

 強い意志を感じる翡翠の瞳を目にした雲母は、苛立たしげに顔を歪めて怒声を浴びせた。


「なんか文句でも、あるわけ? あたしは事実を、述べたまでよ……! それの何が悪いの!?」


 悪びれもなくそう語る聖女に伝えたい話は、山ほどある。


(カイブルを、馬鹿にするくらいなら。わたしに返して!)


 ロルティがそう、力いっぱい叫ぼうとした時だった。


「ロル、テ……さ、ま……」

「カイブル!?」


 何度も何度も祈り続けた幼子の願いが通じたのか。

 苦しそうに閉じていた瞳をゆっくりと見開いた聖騎士が視線をさまよわせ、か細い声で彼女の名を呼んだのは。


「ロルティ」


 そんな彼の様子を見かねたジェナロは、自身の腕から抜け出た愛娘を後ろから抱きかかえ直すとゆっくりと膝を折り曲げ、ロルティがカイブルと触れ合えるように近くへ寄り添った。


「泣か、ないで……。くだ、さい……。この程度の傷、なんとも、ありません……」

「でも……! 血が、止まらないの……!」

「私にお礼を、言ってくださった……。その喜びだけで……。傷を癒せます……」

「嘘つき……!」


 ポタポタとこぼれ落ちる雫が大地を濡らし、小さな水溜りができた頃。

 眩い光とともに、真っ白なもふもふとした毛並みを持つ獣が飛び出てきた。

 

「わふっ!」


 それはカイブルとジェナロの周りをぐるぐると元気よく回ったかと思えば、聖騎士へ甘えるように寄り添う。


「へ……?」


 ロルティが気の抜けた声を出せば、触り心地のいい毛並みに包まれ安心したせいか。

 彼がゆっくりと目を閉じる。


「ま、待って……!」


 カイブルがダメージを受けて事切れる寸前にまで陥ったのではないかと彼女は心配して血相を変えたが、すぐにそうではないと気づく。

 聖騎士自身が言葉を紡ぎ説明したからだ。


「ついに……。聖女としての力が、覚醒したのですね……」

「これ、が……?」

「ロルティ様が、初めて発動した力を、この身で受け止められるなど……。大変、光栄です……」


 途切れ途切れに紡がれる言葉を不安そうに聞いていたロルティは、ゆっくりと彼から身体を離す。


「わふーん!」


 元気よく鳴き声を上げた獣は彼女へ「彼のことは僕に任せて」と伝えると、尻尾をブルンブルンと振りながらロルティへ前を向くように促した。


(わたしには、倒さなきゃいけない敵がいる)


 彼女はドレスの裾を握り締め、内に秘めたる怒りを解放する。

 

「おねえしゃん」

「な、何……?」

「どうしてカイブルを、傷つけたの?」

「あ、あたしは! 何も悪くない! 神官が! あなたを見つけたら、始末しろって言うから! だから!」

「質問に答えて」

「全部、カイブルが勝手にしたことでしょ!? あたしの許可なく、あなたを庇った! それだけ!」


 幼子とは思えぬ静かな怒りを讃えた瞳を目にした雲母は、かつて聖女見習いと呼ばれていた少女を威嚇する。


(普段のわたしだったら、きっと泣いてた……。でも、今は……)


 大切な人を傷つけられたロルティには、恐れるものなど何もなかった。


「わたしの大切な人を、傷つけたのに。ごめんなさいも、できないの……?」


 ロルティと雲母には、3倍ほど年の差がある。

 18歳の姉と、6歳のロルティ。


 幼子にわかる話がどうして理解できないのかと侮蔑の視線を向けられた聖女は、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 それが余計に、彼女に対する好感度を下げる行いだと気づかずに。


「あたしだって、好きでカイブルを傷つけたわけじゃないわ! 全部、あんたがここにいたせい!」

「貴様……! 黙って聞いていれば、俺の娘にどれほど不敬を働けば気が済むんだ!」


 ロルティが何かを言うよりも先に、後方から地を這うような怒声が響き渡る。

 それが父親の声だと知った彼女は、成人男性に叱られ怯える雲母をじっと見つめた。

 

「な、なんでみんな……! その子の味方なの……? 誰からも愛されるべき聖女は、あたしなのに!」

「黙れ! 貴様の置かれている状況など、どうでもいい。俺の愛娘を悲しませた。それだけで、万死に値する!」

「ちょっと待ってよ……! こんなところで殺すくらいなら、あたしを日本に返して!」

「ニホン? なんだそれは」

「あたしは神官の勝手な事情で、異世界に召喚されたの! 聖女様ってみんなが崇めるから! 仕方なく、望まれる通りに振る舞っていただけ! あたしは被害者なの……!」


 ジェナロの勢いに押されたのか。

 雲母は自身に聖女としての特別な力はないと遠回しに告げ、ハリスドロア公爵へ縋りつこうと試みる。


「パパに近づかないで!」


 すぐさま父親の危機を悟ったロルティは、声を張り上げてキララを威嚇した。


「あたしの邪魔ばっかりして、楽しい?」

「お姉ちゃんは、いつもそう……。自分がかわいそうな人だって言うけど。わたしは加害者にしか、見えないよ……」

「なんですって!?」

「わたし、知ってるもん。お姉ちゃんが、悪い人だって」

「ああ。貴様が悪人なのは、誰がどう見ても明らかだ。大人しく抵抗を止めれば、命までは奪わん」


 愛する愛娘を援護するように、父親は雲母に厳しい声を投げかけたが――。

 彼女が言いたいのは、そうした事実ではなかった。


(これを口にしたら、パパやおにいしゃまから嫌われてしまうかもしれない……)


 幼子はそれが、恐ろしくて堪らなかったが――。


(怖がっているだけでは、駄目だ)


 そう考えた彼女は、前世の悔いを精算するため――勇気を出して。

 雲母の秘密を暴露する。


「元の世界に帰ったところで。お姉ちゃんに居場所なんて、ないよね?」

「一体、何を根拠に……!」

「わたし、知ってるよ。だってお姉ちゃんは、大嫌いな妹を……見殺しにしたんだもん」

「な……!」


 先程までは髪を振り乱しながら激昂していたはずの雲母が、顔面蒼白に変化していく。その時点で、図星をつかれたのは明らかだ。

 ロルティはできるだけ冷静でいるように務め、淡々と言葉を紡ぐ。


「お姉ちゃんの妹は、信じてたんだよ。言うことを素直に聞けば、仲良しになれるって」

「うるさい……!」

「置き去りにされても、ずっと待ってた。お姉ちゃんが、大好きだったから」

「黙りなさいよ!」

「だけど……。お姉ちゃんは、戻って来なかった。それをなかったことにして、自分だけが幸せになろうとするんて……おかしいよね?」

「なんであんたが、知ってるの!?」

「だってわたし、瑠衣だもん」


 幼子の口からありえない言葉が飛び出してきた瞬間。

 雲母は呆然と、彼女を凝視する。

 命を落としたはずの妹とロルティの姿を目にして、共通点を探しているのだろう。


 だが、それは無駄でしかない。

 ロルティと瑠衣の共通点は、魂だけ。

 それ以外の要素は、似ても似つかないのだから……。


「う、嘘よ……! そんな、漫画みたいな話……!」

「一度だけではなく、二度も、わたしから大切なものを奪おうとした。あなたは絶対、許さない!」

「あたしに復讐しようって言うの!? チビに一体、何ができるっていうのよ!」

「――ロルティはたしかに、何も出来ないかもしれんが……。そのために、俺達がいるんだ」


 低い声で宣言したジェナロが、雲母の喉元へ剣の切っ先を向けた時だった。

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