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聖騎士の悪巧み


(本当にあそこへ置き去りにして、よかったのだろうか……)


 カイブル・アカイムはそんな不安に苛まれながら鬱蒼と茂る森を足早に抜け出し、教会へ戻る。


 彼にとって見習い聖女ロルティは、自らの命を賭けてでも守らなければならない希望の光だった。


『カイブルー!』


 初めて自身の名を呼んでくれた時の、感動と言ったらない。

 ずっとそばで成長を見守り続けていたいのは山々だったが……。

 残念ながらそれは、カイブルの役目ではなかった。


(ロルティ様をお守りする。それが私の、役目なのですから……)


 彼がこのまま彼女と共に姿を晦ませば、幼子に危害を加えようと目論む神官や聖騎士達の動向が窺い知れなくなる。

 一度裏切り者が出れば、神官達は警戒心を強め……。

 スパイを潜り込ませるのは、困難を極めるからだ。


 だからこそ。

 彼女を着の身着のままの状態で追放したら、邪魔者の始末はもう済んだとばかりに幼子へ興味を失った教会の連中には――何があっても、ロルティが安全な場所で幸せな生活を営んでいると知られるわけにはいかなかった。


 何事もなかったかのように嘘をつき、愛しき聖女見習いのいなくなった教会内で聖騎士として、今まで通りの生活を送る。


 ──いつか再び巡り会える日を、夢見て。


「聖騎士カイブル・アカイム。ただいま戻りました」

「アカイム卿! 見習い聖女を迷いの森へ、着の身着のままの状態で置き去りにしてきたんだろうな?」


 彼が教会に顔を出した直後。

 ドタバタと慌ただしい足音が響き渡ったあと、カイブルを呼び止める上司の怒声が聞こえてきた。


 こういう時は、たとえ自身に否がなかったとしても。

 真っ先に謝罪の言葉を述べておくのが、早めに相手の怒りを収める秘訣だ。


「はい。滞りなく。時間がかかってしまい、申し訳ございません」

「ふん……」


 彼が勢いよく頭を下げれば、上司も満足したらしい。

 鼻をならして頷き、何かを言いたそうにこちらへ疑いの眼差しを向けているのが印象的だった。


(このまま、やり過ごせればいいのですが……)


 何が起きてもいいように。

 あらゆる可能性を脳裏に思い浮かべて頭を上げれば。

 首元に訝しげな視線を向ける彼と、視線をかち合わせた。


「ネックレスは、どうした?」


 男性はどうやら、頭を下げた際にジャラリと独特の金属音を響かせて揺れていたはずのネックレスが、首筋から忽然と消えているのに注目したらしい。


(まさか馬鹿正直に、ロルティ様へ預けたなど言えるわけがない……)


 カイブルは当たり障りのない嘘をついてこの場を切り抜けようと決めたようだ。

 気落ちした様子で肩の力を抜くと、上司に向かって言葉を紡ぐ。


「訓練中に、失くしてしまったようでして……」

「それは、大変じゃないか。あれは、親父さんの形見なんだろう?」

「ええ、まぁ」

「聖女様の聖なる力は、失せ物探しにも適している。彼女の実力を測るためにも、丁度いい機会だ。ついてこい」

「私が、ですか……?」

「何か不満でも?」

「いえ……」


 彼は固く唇を引き結ぶと、上司の後ろを着いて行く。


(面倒なことになったな……)


 異世界から召喚されてきた聖女とやらが現れたせいで、ロルティはこの教会を追い出されてしまっている。

 失せ物探しを成功させた結果、真の聖女が彼女よりも強い力を持つと明らかになるなど、冗談ではなかった。


(聖女と呼ばれる存在は、ロルティ様ただ一人であるべきです)


 彼女を愛するあまり狂信者と化している彼にとって、異世界からロルティの居場所を奪うためにある日突然転移してきたキララは、視界にも入れたくないほど憎い存在だ。


(ですが、まぁ……。彼女がどれほど聖なる力を使えるのかは、遅かれ早かれ確認しなければならないこと……)


 キララはまだ、この世界にやってきたばかり。

 なんの訓練も受けてない状態で聖なる力を発動し、カイブルのネックレスをロルティが持っていると言い当てたのならば……。


(あの女が本物であれば、そのまま聖女を名乗ってもらえばいい)


 ロルティはまだ幼い。

 内に秘めた聖なる力は莫大だが……。

 教会は怖いところだと植えつけられているせいで、恐怖でいっぱいになっていたからか。うまく異能をコントロールできず、本来の威力を発揮できていなかった。


 彼女が安心して暮らせる環境に身を置けば、必ずロルティは聖女として覚醒するはずだと、彼は信じている。


(聖女が必ず一人、教会で暮す義務があるなら……。その時が来るまで、聖女キララとやらに身代わりとなってもらえばいいだけ……)


 ロルティの幸せを第一に考えるカイブルは、真の聖女を踏み台にしか思っていなかった。

 彼はどこか遠くを見つめ、脳裏に愛するロルティと、まともに言葉すらも交わしあった覚えのない女性を思い浮かべ……。難しい顔をした。


(偽物なら……)


 神官達は血眼になって、ロルティを再び手中に収めようとするだろう。


(ようやく彼女と教会の縁が、切れる機会を与えられたのです)


 それだけは絶対に、避けなければならなかった。

 こうして彼は、上司とともに教会の大広間へ辿り着いた。


 *


「聖女キララ様。大変恐れ入りますが、あなたが現状どの程度聖なる力をお使いになれるのか、確認させて頂けますでしょうか」

「わぁ! すっごくイケメン!」


 上司と共に教会の大広間に戻ったカイブルは、聖女からそう叫ばれて露骨に眉を顰めた。


(なんですか。この非常識な女性は……)


 ただでさえ嫌いだったのに、声を聞くのすらも苦痛を感じるようになった辺り、相当重症だ。


(会話すら、まともに成立しないなど……)


 このような清楚の欠片もない態度を見せる女性の聖なる力がどれほどのものか、確認するまでもなかった。


(本物だろうが偽物だろうが、さっさと追い出してしまえばいい)


 喉元に剣の切っ先を突きつけられて追放された、ロルティのように。


「彼の名は、新米聖騎士カイブル・アカイム。私の部下です」

「あたし、五月雨雲母!よろしくね!」


 キララから笑顔で手を差し出されたカイブルは、絶対に手など触れ合わせたくなかった。


(私の心は、ロルティ様のものです)


 一瞬たりともキララに気のある素振りなど、見せたくない。

 たとえそれがただの挨拶で、必要だったとしても、だ。


 だからカイブルは、あえて小さく頭を下げるだけに留めたのだが……。


「んもぅ~。そんな、照れなくたっていいのに!」


 まるで牛のような鳴き声と共に不満そうな態度を見せたキララは、ぷっくりと頬を膨らませて不貞腐れた表情を披露する。

 その後カイブルの手を強引に両手で掴み、握手をした。


「これから末永く、よろしくね!」


 満面の笑みを浮かべるキララが、憎たらしくて仕方がない。


(これはロルティ様を守るために、必要なことだとはいえ……。このままでは、自分を抑えきれない……)


 引き攣った微笑みを、浮かべる余裕すらなかった。


(今すぐに、叩き潰してやりたいくらいだ……)


 心の底から湧き上がる怒りをぐっと堪えたカイブルは、キララの手が離されるのを静かに待ち続けた。


「聖女様。本題に入っても、よろしいでしょうか」

「きゃっ。いっけなーい! カイブルがかっこよすぎて、ついがっつきすぎちゃった!」


 キララは本心がすぐに、口から飛び出てくるタイプらしい。

 上司からいつまで部下の手を握っているのだと遠回しに指摘された聖女は、カイブルの手を離すとくるりと意味もなくその場で回転し――スカートの裾を翻す。


(随分と下品な方ですね……)


 彼にとってキララは、聖女である限り到底受け入れがたい存在だ。

 膝上のスカートを意味もなく揺らして美脚をアピールされたところで、全く心には響かなかった。


 カイブルの心はロルティに、囚われているのだから……。


「それで? あたしは、どうすればいいの?」

「アカイム卿は大事にしていたネックレスを、紛失してしまったようでして……」

「んふふー。そっかぁ。それを、あたしが探せばいいんだね! いいよ!」


 キララは上司の指示通りに聖なる力を発揮すれば、カイブルの好感度が上がると勝手に思い込んでいるのだろう。

二つ返事で了承すると、天高くに右手を勢いよく掲げて叫ぶ。


「むむむっ。ネックレスは、迷いの森にあるみたい!」


 カイブルのネックレスは、迷いの森へ置き去りにしたロルティが身に着けている。

 聖なる力の失せ物探しは当たっていると言えるが……。

 そこをいくら探したところで、聖女見習いの姿とアクセサリーは見つからないだろう。

 

(私達の計画が、予定通り進んでいれば。ロルティ様はすでに、あの森からすでにいなくなっているはずですから……)


 カイブルは内心ほくそ笑むと、真の聖女とやらに憎しみを募らせる。


(偽物だと疑われて、ロルティ様のように虐げられたらいいんです)


 愛する幼子の居場所を奪い、泣かせた。

 その報いを、キララは受けるべきだ。


「ありがとうございます。聖女様。私は再び迷いの森へ向かい、失せ物を探しに行ってまいります」


 感情の籠もらない冷え切った声で坦々と口にした彼は、瞳に轟々と燃え盛る憎悪の炎を揺らしながら、キララに背を向け――再び迷いの森へと向かった。


 ――無事に彼の計画が、遂行しているかを確認するために……。

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