お茶会で注目の的になる
「あれ……? 今日のドレス、いつもと違う……」
メイドの手により絢爛豪華なプリンセスラインのドレスに身を包んだロルティは、こてりと首を傾げて違和感を抱く。
「お姫様みたいに、キラキラでふわふわふわー!」
身体を揺らす度にふわりと揺れる裾を目にした彼女は、満面の笑みを浮かべて大喜びした。
「今日の主役は、ロルティだからね」
「おにいしゃま!」
「とっても素敵だよ」
ジュロドが優しく口元を綻ばせる姿を目にしたロルティは、兄が見慣れぬ黒のスーツを身に纏い、かっちりと決めているのに気づく。
「おにいしゃまも、おめかし?」
「うん。僕はロルティの、エスコートを担当するからね」
「すこーん?」
「お手本を見せたほうが、早いかな」
ジュロドは妹の横に並び立つと、腕を絡めた。
「わぁ……! 花嫁さんみたい……!」
結婚式の新郎新婦がヴァージン・ロードを歩く姿を想像したロルティは歓喜の声を上げると、兄とともに自室を出た。
「おにいしゃま。どこに行くの?」
「外だよ」
「おしょと? みんなで、お出かけ……?」
外出には苦い思い出のある彼女は、不安そうに瞳を揺らす。
(お姉ちゃんと、また出会ったら……。どうしよう……?)
そんな妹の姿を目にした兄は、少しでもロルティの不安を取り除くためだろう。
優しく口元を綻ばせて告げた。
「そうだよ。家族みんなで、ね」
「ロルティ」
「おとうしゃま……!」
馬車の前で子ども達を待っていたのは、父親のジェナロだった。
彼は先日外出した際に購入した王冠をロルティの頭へ落ちないように乗せてピンで留め、馬車へと乗り込んだ。
*
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
馬車は目的地に向かって進んで行き――あっという間に、目的地へと到着した。
「お城だー!」
馬車から降りたロルティは、目の前に見える大きな建物を見捉えキラキラと瞳を輝かせる。
その後、後方の父親に問いかけた。
「おとうしゃま。ここで、何するのー?」
「お茶会だ」
「ちゃーかー?」
「ロルティの可愛さを、貴族達に知らしめなくてはな……」
ジェナロは子ども達を連れて、堂々と建物の中へ入っていく。
(わぁ……! 廊下、とっても広々……!)
ロルティは物珍しそうに辺りを見渡しながら、兄のエスコートを受けて突き当りの部屋に続く扉を塞ぐ、騎士達と父が会話をする内容をぼんやりと見上げた。
(騎士さん達……。なんだかとっても、大慌て……?)
ロルティは不思議そうに首を傾げれば、ゆっくりと扉が開け放たれる。
そこはドレスアップした大人達がひしめき合う、大広間で……。
「行こうか、ロルティ」
「うんっ」
ジュロドに促されたロルティは、歩幅を合わせてゆっくりと部屋の中へ入って行った。
「あれは! ハリスドロア公爵……?」
「御子息の隣にいらっしゃるのは……?」
「しっ。知らないの!? 数日前、噂になっていたでしょう! ご息女よ!」
「ハリスドロア公爵がアクセサリーを山程買い与えるほど、溺愛しているご令嬢……」
ロルティは貴族達の注目を一斉に浴び、その視線に怯える。
(こ、怖い……!)
そのどれもが、好意的とは思えぬものばかりだったからだろう。
自分がまるで見世物にでもなったような感覚に陥った彼女は、腕を組む兄に身を寄せた。
「大丈夫だよ。ロルティ。僕がいるからね」
「おにいしゃま……」
「俺を忘れるな」
「おとうしゃま……!」
兄が優しい笑みを浮かべた直後、不躾な視線から愛する愛娘を守るように父が声をかける。
仲のよさそうなハリスドロア公爵家の面々を目にした貴族達は、3人の胸元に輝くリボンへ注目した。
「あら……? 公爵家のみなさんが胸元につけているリボンは……」
「お揃いですのね。あれは……」
「キラキラ光り輝く毛糸と言えば……。真っ先に思いつくのは、神獣の毛ですけれど……」
ロルティはジュロドと一緒に歩きながら、貴族達の噂話に耳を傾ける。
「獣と言えば……。教会では、そうした神聖なる生物の研究がなされているんだとか?」
「それって、結構前のお話ですわよね?」
「今は追放した聖女見習いを、血眼になって探していると聞きますわ」
「確か名前は、ロルティ……」
すると、彼らの口からは結びつけてはならない事実が導き出される。
(ここで、わたしが追放された聖女見習いだってバレたら……。わたし、どうなっちゃうんだろう……?)
ドレスの裾を握りしめたロルティは足を止めると、瞳の奥底に涙を溜めるが――。
「俺の娘に、何か?」
「な、なんでもありません!」
それが頬から伝い落ちることはなかった。ジェナロが訝しげな視線を向ける貴族達を、睨みつけて一喝したからだ。
「まったく……」
「ロルティを連れてくるのは、早かったかもしれないね」
「わたし、来ないほうがよかった……?」
呆れたように肩を竦める父と困ったように眉を伏せる兄の姿を目にした妹は、うるうると瞳を潤ませて告げる。
「まさか。そんなことはない。これは噂話に花を咲かせる貴族達に、俺の娘だと印象づけるのに必要なことだ。ロルティ。悲しませて、すまなかった……」
「パパ……」
その場にしゃがみ込んで愛する愛娘と視線を合わせた父は、申し訳なさそうに彼女へ告げた。
(パパとおにいしゃまを、心配させちゃった……)
ドレスの裾から両手を離したロルティは目元に溜まった涙を拭うと、満面の笑みを浮かべて気丈に振る舞う。
「わたし、大丈夫だよ。悪く言われるくらいなら、全然へっちゃら!」
「だが……」
「ロルティ。おいしい紅茶とお菓子があるよ。一緒に食べようか」
「うん! クッキー!」
ジェナロはまだ何かを言いたそうに視線を彷徨わせていたが、息子が機転を利かせてテーブルの上に置かれた飲食物を指差したからだろう。
ロルティがおいしそうなおかしに夢中で頬張る姿を観察したあと、優しい笑みを浮かべて立ち上がる。
「まぁ。ハリスドロア公爵が、あんなに表情豊かな姿を見せるなんて……」
「ご息女は一体、何者ですの……?」
「詮索はよしましょう」
「そうね。ずっと血眼になって、探していたんでもの。喜びを露わにするのは当然ですわ」
「このまま何事もなく、心穏やかに過ごせるといいのですけれど……」
自身に向けられる貴族の視線に同情の色が強まったと知ったロルティは、パクパクとクッキーを頬張り満面の笑みを浮かべて兄に話しかけた。
「おにいしゃま。おいしいね!」
「うん」
「わたし、ここに来てよかった!」
「ロルティ……」
ジュロドは目元を緩ませ、感動の色を隠せぬ様子で彼女を褒め称える。
「君は本当に、いい子だね。自慢の妹だよ」
「えへへ~」
おいしいお菓子と紅茶に舌鼓を打っていたロルティは、いつの間にか子ども達を置き去りにして父親が貴族達と会話する姿をぼんやりと見つめる。
(邪魔しちゃいけないって、わかっているけど……)
初っ端から不躾な視線を受け、注目を浴びたせいか。
気疲れしたのだろう。
彼女はぽつりと、願望を口にした。
「パパ、まだかなぁ」
「もう、帰りたい?」
「んー……」
「そっか。じゃあ、戻ろうか」
「いいの?」
「用事は済んだから」
「やったー!」
ジュロドの許可を得たロルティは兄と離れないようにしっかりと手を繋いで、ジェナロの元へ向かった。
「パパ! 帰ろー!」
「ああ。そうだな」
彼は当然のようにロルティとジュロドを両手に抱き上げると、先程まで話していた男性へ会釈をしてから颯爽と会場をあとにする。
(あのおにいしゃん、悪い人じゃなさそうだけど……。パパと、なかよしなのかな……?)
ロルティは馬車に乗り込むまで、彼の存在を気にしていたが――。
「ロルティ。よく、頑張ったな。偉いぞ」
「ぱぱ! もっと褒めて!」
父親に褒められたら、何もかもがどうでもよくなったようだ。
満面の笑みを浮かべた彼女はガタンゴトンと揺れる馬車の中で、大好きな家族達と会話を楽しみしながら。領地に戻った。




