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お揃いリボン

  「むきゅ……」


 耳元で、不安そうな獣の鳴き声がする。

 はっと目覚めたロルティはごろりと横に転がり、アンゴラウサギと視線を交わらせた。


「うさぎしゃん……?」


 パチクリと瞳を瞬かせたロルティは、そこで獣のある変化を目撃した。

 右耳に見慣れぬ毛糸で作られた、リボンが結びつけられていたのだ。


「ふわふわの、リボン!」

「むきゅ?」


 何を言われているのかさっぱり理解できないと、アンゴラウサギが首を傾げる中。

 ロルティはキョロキョロとあたりを見渡し、ベッドにいる兄の姿を捉えた。

 彼の胸元にも、意識を失う前までは身につけていなかったはずのリボンが飾られている。

 ロルティはパァッと花が綻ぶような満面の笑みを浮かべると、大声でジュロドを呼んだ。


「おにいしゃま!」

「お目覚めかな? 僕のかわいい妹。そんなに大きな声を出して、どうしたの?」

「お耳! お揃いなんだよ!」

「うん。ロルティなら、すぐに気づくと思っていたよ」

「メイドしゃん?」

「誰だと思う?」


 使用人でなければ誰だと言うのか。

 ロルティには心当たるフシがなく頭の中をはてなマークでいっぱいに満たせば、兄は口元を綻ばせながら正解を教えてくれる。

 

「父さんがロルティの喜ぶ顔を見たいって、用意してくれたんだよ」

「パパが?」

「うん。しかも、手作りなんだ」

「そうなの?」


 まさか父親が自らの手でリボンの形をした編み物を作るとは思わず、ロルティは驚愕で目を見開く。

 しっかり頷いて優しく髪を撫でた兄は、妹の胸元にもそれが括りつけられていると耳元で囁いた。


「パパに、お礼を言わなくちゃ!」

「そうだね。でも、ロルティが行くより……父さんに来てもらったほうがいいんじゃないかな?」

「そうなの?」

「うん。屋敷の中だって、絶対安全とは言えないからね……」


 ジュロドが暗い表情で思わせぶりな発言をしたせいで、ロルティも不安になったようだ。

 しょんぼりと肩を落として唇を噛み締めた彼女は、心配そうに自身を見つめるアンゴラウサギの身体を優しく撫でつけながら小さく頷いた。


「じゃあ、わたし。メイドしゃんが、パパを呼んでくるまで。おにいしゃまと、ここで待ってる!」

「ロルティは偉いね」

「えへへ! わたし、とってもいい子!」

「むきゅ……」


 ニコニコと笑顔を浮かべる妹を優しい瞳で見つめる兄の姿を目にしたアンゴラウサギは、何かを言いたげに鳴き声を上げたが――その意図は幼子達に伝わらない。

 

「父さんを、呼んできてもらえるかな?」

「承知いたしました」


 兄が近くに控えていた使用人達に指示を出す声を聞きながら。

 ロルティは唇を噛み締め、思考する。


(だって、いい子じゃなくちゃ。おにいしゃまと一緒に、いられないもん……)


 わがままを言ったり、泣き喚めいたりすればぶたれる。

 ロルティが物心ついた時からいた場所は、そう言うところだった。


 彼女がいつも笑顔でいるように心がけているのは、そうしなければ自身の身を守れなかったからだ。


「うさぎしゃん。よかったね!」

「きゅう……」

「このリボンをつけてれば。迷子になってもすぐに、うちの子だってわかるよ!」

「むきゅ、きゅう……っ!」


 アンゴラウサギは全身を小刻みに震わせながら、ピッタリとロルティの身体に寄り添った。


(うさぎしゃんも早く、つらいことを忘れて。元気いっぱいになれると、いいのになぁ……)


 怯える獣を目にするのは、彼女だって苦しい。


 ロルティは少しでも震えが止まるようにとアンゴラウサギを気遣いながら、父親が姿を見せるまで優しく全身を撫でつけていた。


「ロルティ」

「パパ! ありがとう!」


 姿を見せたジェナロから名前を呼ばれた娘は、満面の笑みを浮かべて父親にお礼を告げた。

 彼はその瞬間に瞳を潤ませると、唇を噛み締めながら声を絞り出す。


「ああ……」

「どうしたの? わたし、お礼を言っちゃ、駄目だった!?」

「ち、違う。これは、嬉し涙だ。俺は……ロルティに喜んでもらえて……。とても、幸せだ……」

「パパ……」


 父親はこうして時折、涙脆くなる。

 ロルティはそのたびに驚くが、涙が瞳に滲む理由を耳にしてほっと一息つく。

 その繰り返しだった。


「わたしが寝ている間に、みんなの分を作るなんて、すごーい! パパって、魔法使いなの?」

「……いや。俺が魔法を使えたら、もっと早くにロルティを教会から助け出せたはずだ」

「むぅ。そっかぁ……」


 ロルティが残念そうに呟けば、愛娘の元まで歩み寄ってきた父親は彼女の胸元につけていたリボンが歪んでいるのに気づき、直してやる。


 その様子を妹の隣で兄が見つめ、3人の間には穏やかな時間が流れた。

 

「パパが人間だと、不満か」

「ううん! 魔法が使えなくても! こうやってパパとおにいしゃまが、わたしのそばにいてくれるだけで、充分だよ!」


 ロルティは父親の胸元に自分達と同じリボンが飾られていることに気づき、ニコニコと微笑みながら告げた。


「みーんなお揃いなの、すっごく嬉しい! 仲良しの証拠だね!」

「そうだよ。僕達の家族仲が悪いなんて、誰にも言わせない」

「ああ……。ロルティが外に出なくても、俺が娘と仲がいいと、率先して言い触らそう。心配はいらないぞ」

「うん! ありがとう、パパ!」


 父親の言葉に頷いたロルティは彼らと一緒にいる間は命の危機を感じる必要はないのだと肩の力を抜き、みんなで微笑み合う。


(いつか、カイブルも……)


 そんな中でロルティは、聖騎士も一緒にお揃いのリボンをつけて家族の仲間入りができないものかと叶わぬ願いを抱きながら、家族団らんの時間を堪能した。

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