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手がかりと忘れ形見(ジェナロ)

(ロルティが泣いた。それも、二度……)


 ジェナロは己の不甲斐なさを反省し、すぐさま行動に移した。

 彼女が教会から見習い聖女の地位を剥奪された際、代わりに聖女として崇められた少女の名が、キララだと思い出したからだ。


(何か、わかればいいが……)


 ある人物に手紙を認めた彼は雑務を済ませてから執務室を出ると、再び子ども達の暮らす部屋へと戻ったのだが……。


(ロルティがいない)


 兄妹の部屋に足を運んだジェナロは愛娘と息子の姿が見えないのに気づき、露骨に顔を歪めた。


(こんなことになるんだったら、朝からずっと彼女のそばを離れなければよかったか……)


 彼は自らの行いを若干後悔しながら、部屋の隅で怯えている神獣に低い声で問いかけた。

 

「ロルティはどこだ」

「む、むきゅ……」


 アンゴラウサギはぶんぶんと小さな身体を震わせながらか細く鳴くと、彼の問いかけに応えた。


『し、知らない……!』


 そう言いたそうにしている声を耳にしたジュロドは、神獣の監視を担当しているメイドに視線で同じ質問を訴えかける。

 青白い顔をした使用人もまた、これ以上彼を刺激しないように怯えながら言葉を紡いだ。


「お嬢様と坊っちゃまは、中庭で陰干ししている毛を回収しに向かいました……」


 彼は不満そうに舌打ちすると、無言で2人の部屋を立ち去った。


 ――ジェナロ・ハリスドロアにとってロルティ・ハリスドロアは、自らの命を犠牲にしたとしても必ず守らなければならない愛娘である。

 だからこそ、自身が会いたいと願った時に彼女が見当たらないと言うのは彼にとっては強いストレスを感じる状況であった。


(ジュロドと一緒なら、再びこの屋敷から姿を消すなどありえないとは思うが……)


 ジェナロは恐れている。

 せっかく再会できた愛娘が、再び教会に奪われるのを。

 

(ロルティ……。俺の最も愛した女性の、忘れ形見……)


 娘は母親に似てよく笑い、涙を堪える。

 その姿は本当にそっくりで、なぜそばに彼女がいないのだろうかと悩むことも多かった。


(全て俺のせいだ……)


 ジュロドの母親と愛のない政略結婚など、しなければよかったのだ。

 そうすれば今もなお彼女は生きており、家族3人教会に茶々を入れられることなく幸せに過ごせていたはずなのに……。


 彼は自身の過去を振り返りながら、廊下を歩き終え外に出る。


(ジュロドがいない生活、か……)


 愛していない女性との間に生まれた息子。

 彼が生まれて来なければよかったとは思わない。

 子どもは親を選べないからだ。


(それに……)


 教会から逃げてきたロルティがあっと言う間に自身を父親として受け入れ、この公爵邸こそが自身の帰るべき場所だと受け入れられたのは、息子がずっとそばで娘に優しい言葉を投げかけ続けたからだろう。


(俺はジュロドに、感謝するべきだ)


 迫害などできるがない。

 娘を愛する気持ちは、彼だって同じなのだから。


 ――シャッ、シャッ、シャッ。


 何かを擦り合わせるような、リズミカルな金属音が絶え間なく聞こえてくる。

 

(俺の許可なしに、不快な音を響かせている奴らは誰だ)


 ジェナロは娘に会えない苛立ちを心の中で燃え上がらせながら、その音が聞こえる中庭へと顔を出した。


「だ、旦那様!?」


 まさかふらふらとこの屋敷の主が1人で彷徨っているなど、思いもしなかったのだろう。

 驚きの声を上げた使用人達は、作業を中止すると慌てて頭を下げた。


「ロルティとジュロドはどこだ」

「お嬢様とお坊ちゃんでしたら、倉庫で糸車を紡いでおります」

「そうか」


 子ども達の行き先をこの場にいる使用人達が知っているあたり、兄妹の部屋にいたメイド達の言葉は嘘ではなかったようだが……。

 本人達と顔を合わせて話ができないのであれば、なんの意味もない。


(当主である俺をたらい回しにするとは、いい度胸だな)


 瞳に静かな怒りを讃えたジュロドは、彼女達を怒鳴りつけたところで何も変わらないと静かにその場を立ち去った。


(あっちへ行ったかと思えば、こっちにいると言う。まるでロルティはひらひらと美しい翅を羽ばたかせる、蝶のようだな……)


 彼は再び室内へ戻ると、倉庫を目指して廊下を歩く。

 

 すれ違う使用人達は一同に足を止め、その場で頭を下げる。

 ジェナロにとっては当然の光景でも、ロルティにはそれが見慣れないものであったらしく、屋敷にやってきたばかりの頃は何度もペコペコと頭を下げ返していた時のことを思い出した。


(俺の娘は、どうしてあれほどまでにもかわいらしいんだ……?)


 齢6歳にして、すでにあの可憐さだ。

 成人を迎えでもしたら、母親に似て国中を虜にする女性へ成長するに違いない。


(俺とジュロドだけで守りきれるか、不安でしかない……)


 ジェナロは愛娘に相応しい許嫁の選定を早めるべきかと悩みながら、メイド達の言っていた倉庫へとやってきた。


 ――ガタゴト、ガタゴト。


 木製のペダルを回す音が聞こえる。

 ロルティが耳にしたら喜びそうだと考えながら室内へ顔を出したはいいが――そこには1人のメイドしかいなかった。


「――娘は」


 3度目の問い掛けともなれば疲れてしまい、ロルティの名前を出す気力すらもない。

 不機嫌そうな当主から問いかけられたメイドは咄嗟にベダルを踏むのを止め、申し訳無さそうに椅子から立ち上がると頭を下げた。


「お嬢様が疲れてしまい……。お坊ちゃまがお部屋に連れて戻られました」


 ここでもまたすれ違う羽目になったのだ。

 ジェナロが呆れてものも言えない状態に追い込まれ、無言で踵を返そうとした時だった。


「旦那様。こちらを……」


 メイドは彼を呼び止めると、籠に入った毛糸と2本の編み針を差し出してきた。

 訝しげな視線を向けるジェナロに言葉が足りなかったと気づいた彼女は、事情を説明する。


「お嬢様が、お紡ぎになられました……。本日神獣と揃いのリボンを完成予定でしたが、体力の限界が来てしまい……」


 その言葉を耳にした彼はメイドからその籠を奪うと、無言で使用人から背を向け……。

 その場から立ち去った。

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