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★前世と悪夢

※前世で亡くなるシーンが出ます。苦手な方ご注意ください。

 ――聖女キララの護衛騎士として隣を歩く、カイブルの姿を見た日の夜。

 兄と小さな獣を抱きかかえて眠っていたロルティは、夢を見た。


「瑠衣……。どうしてお姉ちゃんと、仲良くできないの?」


 五月雨瑠衣として、生きていた頃の光景が思い出された瞬間――母親の言葉を必死に首を振って、否定する。


(違うよ! わたしはお姉ちゃんとも、仲良しでいたかった……!)


 彼女が両親に怒られる筋合いなど、どう考えても存在しなかった。

 どれほど虐げられ、与えられた物を奪われ、辛辣な態度で応対されたとしても。

 瑠衣は姉を、家族として尊敬していたからだ。


「そうだぞ。私達に、瑠衣なんていなければよかったと思わせないでくれ……」


 悲しそうに眉を伏せる両親の姿を目にした彼女がどれほど自分は悪くないと叫んだところで、娘に向ける二人の視線は変わらない。


(お姉ちゃんと、もっと仲良しにならなきゃ……!)


 焦った瑠衣はわがままも言わずただ人形のように、なんでも雲母の言うことを聞くいい子になった。


(お姉ちゃんの望みを叶えれば、私も両親の誤解が解けるはずだもん……!)


 五月雨瑠衣はあまりも純粋な心を持ちすぎていたせいで、気づけない。

 嫉妬に狂った姉にとって、いい子であろうとする妹の行いはすべて。

 火に油を注ぐような行為でしかないのだと……。


「瑠衣って、両極端だよね」


 不機嫌そうに雲母から見下された瑠衣は、何を言われているかさっぱり理解できなかった。

 彼女は自分なりに、姉の望む通りの行動をしてきたつもりだったからだ。


「この間まで、あんなに泣き叫んでいたのに――今ではすっかり、大人しくなっちゃった。全然、つまんないんだけど」


 彼女はその言葉を耳にした瞬間。

 今までの行いがすべて、雲母にとってはなんの意味もなさないものだと知ってしまう。


(なん、で……? どうして、お姉ちゃんは……。わたしとなかよしに、なってくれないの……?)


 困惑の最中にいる妹を、地獄の底へと叩き落とすように。

 彼女は声を張り上げ、告げた。


「妹として生まれたんだから。もっと姉であるあたしを、楽しませてよ!」

「お姉、ちゃん……?」

「それができないであれば、今すぐ消えて。あたし達の前から、永遠に」

「ど、どうすれば……」

「そんなこともわかんないの?ちょっとは、自分の頭で……」


 雲母はピタリと言葉を止めると、口元に歪な笑みを浮かべて提案する。


「おいで。瑠衣。あたしがとっておきの場所に案内してあげるわ」


 雲母は瑠衣の手を引き、自宅を出た。

 そこからバスに揺られ、彼女は姉とともに小さな公園へ脚を踏み入れる。


「あたしと、かくれんぼをしましょう」

「かくれんぼ……?」

「鬼はあたし。類は、隠れる係ね。10秒経ったら、探しに行くわ」

「うん……」


 姉の提案を素直に受け止めた妹は、土管の中に隠れて10秒経つのを待った。


(お姉ちゃん、まだかなぁ……)


 姉が自分を見つけ出してくれると信じていた彼女は、しばらくじっと動かずにいたものの……。

 流石に遅すぎると考えたのだろう。

 楕円状の置物の中からひょっこりと顔を出し、雲母の姿を探した。


「お姉ちゃん? どこ……?」


 どれほど辺りを見渡しても、姉の姿は見つからない。

 置き去りにされたなど考えたくもなかった彼女は、瞳に涙を浮かべながら彼女を待ち続け――。


 ――こうして彼女は、自分自身でも気づかぬうちにロルティ・ハリスドロアへと転生していた。


 *


「うわあ――――ん!」


 意識を覚醒させたロルティは勢いよく上半身を起こすと、大声で泣き叫ぶ。


「ロルティ!?」


 耳元から大音量でわんわんと嗚咽を漏らす妹の声が聞こえてきたのだ。

 見て見ぬふりなど、兄してできるはずがない。

隣で眠っていたジュロドは勢いよく飛び起き、彼女の顔を覗き込みながら壁際に控えていた使用人達へ命じた。


「誰か! 父さんを呼んできてくれ!」

「か、かしこまりました……!」


 メイドは硬い表情で頷いたあと、ジェナロの元へと飛んでいく。

 その姿を視線だけで確認した彼は、様子のおかしいロルティへ問いかけた。


「どうしたんだい!?」


 ――残念ながら兄の言葉は、妹の耳に入らなかった。

 夢で見た五月雨瑠衣の記憶に引っ張られているせいだ。

 彼女は心の奥底に押し留めていた気持ちを爆発させると、勢いよく叫ぶ。


「お姉ちゃん……! どうして、置いていったの……?」

「姉、だって?」

「またわたしから、何もかもを奪うつもり……!? そんなの、やだ……!」

「ロルティ。落ち着いて。大丈夫だから……」


 ジュロドは様子のおかしい妹を抱きしめると、優しく背中を擦ってあやす。

 ロルティは彼の胸元に縋りつくと、瞳の奥底に確かな決意を宿らせた。


「わたしの大切なものは、もう二度と。奪わせないんだから……!」


 六歳児とは思えぬほどのはっきりとした口調でそう語る妹の姿を目にして、驚かずにはいられなかったのだろう。


「ロルティ……」


 彼女の兄は戸惑いがちな視線を妹へ向け、どんな言葉をかければいいのだろうかと悩む素振りを見せる。


「何事だ」


 そんな中――騒ぎの報告を受けた二人の父親が、この場に姿を現した。


「父さん! ロルティが……っ」

「こんなに、涙を流して……」


 ジェナロはすぐさま愛する子ども達の元へ向かい、涙で頬を濡らす娘の顔に大きな指先を触れた。


(お姉ちゃんじゃ、ない……)


 その手の感触で雲母ではないと気づいた彼女は、ゆっくりと意識を現実へと引き戻し――不安そうな顔でこちらを見つめる、父と兄の姿を確認した。


「ぱぱ……? おにい、しゃま……?」

「ああ、そうだ」

「うん。僕も一緒だよ」


 しばらく呆然としていた彼女も、時間が経過するにつれてだんだんと冷静になってくる。


(口を、滑らせた)


 彼女が前世の記憶を持って生まれたと知っているのは、ロルティだけだ。


(他の人には言ったら、頭の出来を疑われてしまうと恐れ、ずっと隠してきたのに……)


 ――ハリスドロア家に存在しない姉という単語を口にしたせいで、幼子の墓まで持っていくべき秘密が露呈しつつあった。


「わたし、違う……」


 隠さなければと焦った彼女は、瞳から大粒の涙を流して首を振った。


(雲母お姉ちゃんの名前を出さなくて、本当によかった……)


 今ならどうにか誤魔化せそうだと拳を握りしめる力を強めたロルティは、何度も自身に言い聞かせた。


「わたしはハリスドロア公爵家の、ロルティだもん……!」

「ああ、そうだ。俺の大好きで大切な、最愛の娘……」

「君は愛おしくて堪らない、僕の妹だよ」


 彼女の宣言を受け止めた二人は、優しく目元を綻ばせて彼女を抱きしめる。


(そうだ。わたしは、もう……。五月雨瑠衣じゃ、ない……!)


 幼子は何度も自分に言い聞かせると、前世の悪夢としか思えない光景を必死に打ち消そうと試みた。


「買い物終わりから、様子がおかしかったな」

「あの時。ロルティの大丈夫って言葉を、素直に受け入れなければ……。君はこうして、泣き叫ばなかったのかもしれない……」


 ロルティが黙って鼻を啜っているのをいいことに。息をピッタリと合わせて代わる代わる後悔を口にした二人は、瞳を潤ませながら懇願する。


「おにいしゃま……? わたし、もう……」

「駄目だよ、ロルティ。ちゃんと話してくれなきゃ」

「でも……」

「怖い夢でも、見たんだろう。俺達に話せば、少しは楽になるかもしれん」


 焦ったロルティは前世を打ち明けないまま、この話を終わりにしたがっていたが……。


(これは、夢の中のお話……。現実じゃない。そうやって前置きをしておけば……。前世の話をしても、許される……?)


 幼子は不安そうに瞳を揺らし、家族達と視線を交わらせる。


(ぱぱととおにいしゃまは……。カイブルと同じくらい、信頼できる人だから……)


 覚悟を決めた幼子は、恐る恐る言葉を吐き出した。


「わたしは夢の中で、瑠衣って呼ばれてたんだ……」

「ルイ……?」

「ん……。その子には、キララってお姉ちゃんがいたの……。それで酷いことを、たくさんされていて……っ。わたし……!」

「そうか。つらかったな」


 ジェナロは愛娘の頭を優しく撫でつけ、再び涙を流しそうになっている彼女を安心させる。

 その様子を目にしていたジュロドは、妹に慈しむような視線を向けた。


「ロルティは、感受性が高いから……。夢の中で見た女の子に、同情したんだね」

「それは悪いことではない。むしろ、誇るべき感情だ。さすがは俺の娘だな」


 父親も息子とよく似た微笑みを浮かべ、最愛の娘に笑いかける。

 大切な家族達に褒められた彼女は瞳を大きく見開き、不思議そうにこてりと首を傾げながら問いかけた。


「わたし、すごい……?」

「ああ。よく、俺達に話してくれた」

「ロルティは、夢の中で目にした女の子とは違うから。安心して?」


 兄に現実の話ではないから心配はいらないと諭されても。

 ロルティはちっとも、安心などできなかった。

 瑠衣とロルティが同一人物なのは、彼女だけが知っているからだ。


「また、怖い夢を見たら……」

「その時はこうして、抱きしめてあげる」

「俺達に、その内容を聞かせてくれ。そうしたら、きっと心も軽くなるはずだ」


 幼子は不安でいっぱいな気持ちを吐露したが、家族達は問題ないの一点張り。


(パパとおにいしゃまがいれば……。きっと、平気だよね……?)


 半信半疑な状態で渋々頷いた彼女はこうして再び二人の腕の中で、ゆっくりと目を閉じ眠りについた。

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