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おにいしゃまにお土産

「お帰り、ロルティ……」

「ふぇ……っ。ひ、ひっく……っ。お、おにいしゃま……!」

「どうしたの!? 父さんに、いじめられた!?」

「父親を真っ先に疑うとは何事だ!」


 ジェナロに抱きかかえられて自室に戻ってきた愛しい妹を出迎えた兄は、ロルティが泣いていると気づいたからだろう。

 思わず父親を、物凄い剣幕で叱る。


 あらぬ疑いをかけられたジェナロが当然のように怒声を浴びせれば、2人はあっと言う間に一触触発な雰囲気になった。


「う、うわーん! おにいしゃま、パパ、こわいよー!」


 この状況になれば涙を堪えていたロルティも、我慢しきれずに大泣きしてしまう。


 ジュロドとともにベッドの上で休んでいたアンゴラウサギは心配そうに彼女を見上げ、父と兄はおろおろと視線をさ迷わせながら最愛の家族に謝罪を繰り返す。


 地獄絵図としか言いようのない光景が終わりを告げたのは、外から控えめにノックの音が聞こえた直後。ロルティがピタリと泣くのを止めたあとだった。


「パパ! メイドしゃん!」

「ああ。入れ」

「失礼いたします」


 先程までの情けない表情はどこへやら。

 厳格な当主としての顔を取り戻したジェナロは、低い声とともに外で入室の許可を待つ使用人に告げた。


 少し間を置いたあと開いた扉の先にいたメイドは、きれいにラッピングされた箱を持っていて――。


「おにいしゃま! お土産!」


 ロルティはニコニコと笑顔を浮かべ、兄に告げた。

 扉の前から無表情で箱を手に持った女性はジュロドの前へ歩みを進めると、彼へ差し出す。


「ありがとう、ロルティ。開けてもいいかな?」

「もちろん!」


 優しく微笑んだ兄は包みを丁寧に剥がすと、ゆっくりと箱を開封した。

 その中には先程ロルティが雑貨屋で選んだティーカップが3客、収まっている。


「家族みんなで、お揃いだね」

「うん! おそろー!」


 ジュロドもすぐにその食器に使われている色を目にして、誰がどのティーカップを使うべきか理解したようだ。

 ケラケラと大喜びする妹を優しい瞳で見つめていた。


「初めての外出は、楽しかった?」

「あのね! 雑貨屋しゃん! パパが、ここからここまで、全部買うって言ったの!」

「凄いね。父さんはあんまり、無駄遣いをしない人だったのに……」


 ジュロドは父親が雑貨屋で大金を湯水の如く使うなど思いもしなかったようで、目を丸くして驚いている。

 

 ジェナロはそんな息子の視線から逃れるように、子ども達から背を見向けた。


「おにいしゃまは? うさぎしゃんと、仲良しできた?」

「僕はできたと思っているけど……こればかりは、ね。どうかな。相手がいることだから……」

「うさぎしゃん! どうだった?」

「むきゅ……」


 ベッドの上で大人しくしていたアンゴラウサギは、ロルティに問いかけられた瞬間もそもそと身体を揺らしてロルティと視線を合わせた。


 赤い瞳が潤んでいるように見えるあたり、獣は兄と仲良くなったとは思えていないようだ。


(初めておにいしゃまと、ふたりきりでお留守番したんだもん。仕方ないよね)


 そう心の中で納得したロルティは父親にベッドの上へ降ろしてもらうため、バタバタと両足を動かしてアピールする。

 ジェナロはその行動だけで愛娘の言いたい内容をきっちりと読み取り、ロルティを望み通りの場所へ離した。


「うさぎしゃん! ただいまー!」

「むきゅ……」


 やっと触れ合うことができたと彼女が喜べば、腕の中で獣も安心したように目を閉じ、嬉しそうな鳴き声を上げる。


(カイブルと出会ったのは、夢だったのかな……?)


 ロルティは馬車の中で抱いた悲しい気持ちが嘘のように、穏やかな感情を胸に頂きながら。


(……うん。もう、忘れよう)


 毛刈りをしたばかりで短くなったアンゴラウサギの毛がチクチクと腕や微に刺さる痛みにくすぐったさを感じつつ、一家団欒の時間を楽しく過ごした。



「ロルティ。なんだか元気がないみたいだけど……。具合でも悪いの?」


 初めて父親とともに街に出てから数日後。

 いつまで経ってもロルティが元気なふりをしていると気づいた兄からそう指摘された妹は、どう返答すればいいのか迷っていた。


(どこかが悪いわけじゃないのは、自分でもよくわかってるけど……)


 まだ数日しか公爵家で過ごしていないが、父親と兄がロルティを大切にしてくれるのは幼子にもよく理解できている。


 だからこそジュロドに彼女が心を痛めていると打ち明ければ。

 きっと、自分が受けた痛みのように思い嘆き悲しむはずだ。


(おにいしゃまを、悲しい気持ちにさせるなんて。絶対に駄目……!)


 ロルティはふるふると首を振り、兄の言葉をジェスチャーで否定した。


「本当に、大丈夫?」

「うん」


 訝しげな視線を向けられたロルティは、何度も頷き兄に問題ないと伝える。


(おねえしゃまが近くにさえいなければ、わたしは絶対に安全だもん……)


 ハリスドロア公爵家の人々は、前世の家族や今世でずっと一緒に暮らしていた教会の人間達よりも優しい。

 彼女に危害を加えようとすれば、すぐさまロルティに牙を向けるはずだ。


(わたしはもう、一人じゃない……!)


 幼子は何度も自分に言い聞かせて、平気なフリをした。


「心配だなぁ……」


 ジュロドは最後まで妹に疑いの眼差しを向けていたが、彼女の意志が硬いと気づいたのだろう。

 呆れたように微笑んでから、ロルティを優しく抱きしめた。


「つらくて耐えられない出来事があるなら、すぐに僕を頼るんだよ。ロルティの不安を、すぐにでも取り除いてあげるから」

「ありがとう、おにいしゃま!」

「むきゅ……!」


 泣き笑いを浮かべた彼女が、ジュロドに向かってお礼を告げれば。

 自分の存在を忘れてもらっちゃ困ると、アンゴラウサギが幼子に身を寄せる。


(頼りになるおにいしゃまとうさぎしゃんがいてくれて、本当によかった!)


 彼女は先程まで抱いていた憂鬱な気持ちが嘘のように普段の明るさを取り戻すと、穏やかな暮らしに戻った。

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