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王冠プリンセス

「わぁ……!」


 父親に抱きかかえられた馬車を降り立ったロルティは人が行き交う城下町を前にしてキラキラと瞳を輝かせた。


「すごーい! いろんな服を来た人が、いっぱいだー!」


 彼女は幼い頃から教会で暮らしていたため、神官や聖騎士の服を身に着けた大人達の姿しか目にした覚えがなかったのだ。

 ドレスや燕尾服、平民が身につける麻布の衣装など――目の前には未知の世界が広がっている。


「こんなにキラキラしたところに来るの、初めて!」

「この光景が……?」

「うんっ!」


 ジェナロにとっては当たり前で気に止める必要のない風景であったとしても。

 ロルティには何もかもが新鮮に映る。


(うさぎしゃんとおにいしゃまと、カイブルが一緒にいたら……。もっと楽しかったのに……)


 ロルティはしょんぼりと肩を落としながら、今は目の前の出来事を楽しむことだけに集中しようと決めた。


「おにいしゃまと、お揃いのお土産。何がいいかなぁ?」

「ロルティが欲しい物を買えばいい」

「そうなの?」

「ああ」

「うーん……」


 ロルティは唸りながら何度も考えるが、望むものはうまく頭の中に浮かんで来なかった。

 

(いきなりそんなこと言われても、わかんないよ……)


 あれこれ欲しがる以前の問題だった。

 五月雨瑠衣として生きていた時も物欲のなかった彼女は、圧倒的な知識不足も相まって……うまく望むものを思い浮かべられない。


「すまない。質問が悪かった」

「ふぇ?」

「これから一緒に、探していこう」

「うん!」


 そんな愛娘の姿を目にしたジェナロは、自身の態度を反省したのだろう。

 彼はロルティに微笑みかけると、近くの雑貨屋に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ!」


 カランコロンとドアの上空に備えつけられたベルが鳴り、愛娘を抱きかかえたジェナロが来店したと知った店主は満面の笑みを浮かべる。


 歩み寄ってきた男に、ロルティは口元を緩めて挨拶を返す。


「こんにちは!」

「これはこれは! ハリスドロア公爵! かわいらしいお子さんをお連れで……!」

「わたし、ロルティ!」

「元気いっぱいですね。ご親戚のお子さんでしょうか?」

「娘だ」

「……はい?」


 雑貨屋の店主はあまりにも衝撃的な言葉を耳にしたからだろう。

 彼が目上の立場だと忘れ、素っ頓狂な声とともに聞き返してしまった。

 

 ロルティは低い声で父親が告げたのに気づき、首が痛くなるのを我慢してジェナロを見上げる。

 父の眉がより一層不機嫌そうに歪められていると知った彼女は、それを元に戻すためか。


 ペタペタと頬に触れて、ペチペチと叩いた。


「パパ! ニコニコって、してー!」

「生き別れた俺の娘だ。丁重に扱うように」

「てちょーん?」

「お姫様のように接しろと言うことだ」

「わたし、キラキラ?」


 父親の解説を受けた愛娘は童話の絵本に書かれたお姫様のような姿を思い浮かべ、ジェナロに問いかける。

 彼が頷いたのを確認したあと、ロルティはキョロキョロと雑貨屋の中を見渡し始めた。


「ハリスドロア公爵令嬢……。一体何を、お探しで……?」

「頭につけるの!」

「アクセサリー、でございますか……?」

「ピカピカ!」


 愛娘が何を探しているのか瞬時に理解した父親は行く先を塞ぐ雑貨店の店主を押し退け、ずんずんと一目散にある場所へ足を踏み出した。


「これだな」


 ジェナロが指し示したのは、ヘアアクセサリーが並んでいる棚だ。

 その中にはロルティが探していた、王冠やティアラがある。


「さすがわたしのパパ! お目当てを見つけるのが、はやーい!」


 テンションが上がりっぱなしの彼女はきゃっきゃと大喜びしながら、瞳を輝かせる。

 

「キラキラで、ピカピカがいっぱい!」


 見ているだけで満足したロルティは、それらから視線を移して兄へのお土産を探し始めたのだが――。

 娘が欲しがっていたものを黙って見逃すほど、父親の目は節穴ではない。


「ここにあるものを、すべて包め」

「ティアラと王冠をすべて、ですか!?」

「ああ」

「大人用も、混ざっておりますが……?」

「成長した際、身につけさせればいい」

「こうしたアクセサリーは手入れが必要不可欠でして……。長年放っておくと、錆びてしまいます」

「貴様の店では、粗悪品を販売しているのか」

「そのようなことは、けして!」


 店主はジェナロの申し出がありがた迷惑であったようで、どうにか商品の一部のみを購入するだけで満足してくれないかと渋っているようだ。


「パパ。おじしゃん、困ってるよ?」


 ロルティは悩んだ末に、父親の説得を試みた。

 彼を止められるのは、娘である彼女しかいないからだ。


「俺の娘だと素直に認めなかった罰を、与えているところだ。ロルティは気にせず、ジュロドの土産を選ぶといい」

「おじしゃん、悪いことしたの……?」

「ああ。万死に値する重罪だ」

「ご、誤解です!」


 店主は顔を真っ青にしてジェナロの言葉を否定しようと試みたが、父親としての威厳を保ちたい彼がそれを許すはずもない。

 

 鬼の形相で睨みつけられた雑貨店の男は、二の句を紡げず渋々ヘアアクセサリーを梱包し始めた。


「どうか、これ以上は……。ご勘弁願えないでしょうか……」

「用事が終わればすぐに退店する」


 店主はたった1日で普段とは比べ物にならないほどの売上を記録するより、ハリスドロア公爵親子がさっさと退店する方が嬉しいようだ。


(なんか、変なの)


 話を聞いていたロルティは不思議に思いながらあたりを見渡し、ある場所で視線を止めた。

 そこには色違いのティーカップが、3つ並んでいる。


 赤、金、緑。ハリスドロア公爵家の家族3人と同じ、瞳の色をした食器だ。

 彼女はそれを勢いよく指差すと、父親に告げた。


「パパ! あれ! お揃い!」

「――なるほど」


 店主を睨みつけていたジェナロは、愛娘の声を耳にして満足そうに優しく微笑んだ。

 彼女がなぜそれを気に留めたのか、すぐに理解したからだ。


「よく見つけたな」

「えへへ!」


 彼は愛娘の頭を優しく撫で付けると、店主に向かって指示を出す。


「このティーセットを3つ、包んでくれ。あまり俺を待たせるようなら……」

「ひ、ひぃ! ただいま!」


 恐怖で指が震え包むのに時間がかかっていると気づいたジェナロが念押しすれば、店主は悲鳴を上げながら忙しなく動き始めた。

 

 せかせかと動き回る姿は、時間に追われるうさぎのようだ。


「うさぎしゃんとおにいしゃま、大丈夫かなぁ……?」

「ああ。早く帰ろう」


 ロルティがそんな店主の姿をぼんやり見つめながらぼそりと呟けば、待ち切れないジェナロが踵を返す。

 彼は扉を開け、当然のように外へ出てしまう。


(はれ? お金も払ってないし、商品を受け取ってないのに……。出て行っちゃって、いいのかな……?)


 ロルティは不思議だったが、馬車の前に立っていた侍女とジェナロがこそこそとナイショ話をすれば、急いで使用人達が雑貨店に駆け込んで行く。


「ねぇ、パパ。おにいしゃまへの、お土産は……?」

「あとで使用人達が持ってくる。嫌な思いをさせて、すまなかった」


 どうやら親子は先に屋敷へ戻り、あとから商品を受け取る手筈になったようだ。


 馬車の前で父親から謝罪を受けたロルティは、ぶんぶんと左右に首を振る。

 父親が謝る理由など、どこにもないと考えたからだ。


(ここで素直に傷ついたと口にすれば、血の雨が振っちゃう……!)


 そう危惧した彼女は、パッと笑顔を浮かべて否定したのだが――。


「わたし、全然気に……」


 その言葉は最後まで、口にはできなかった。

 

「ねぇ。カイブル。なんでお姫様でもないのに、頭の上へ王冠をつけなきゃなんないわけ?」


 ――世界で一番聞きたくない少女の声が、聞こえてきたからだ。


「教会の外へ出る許可を、あっさりと得られたのはいいけどさぁ……。ねぇ。もしもーし! 聞いてる~?」


 彼女の名前は五月雨雲母。

 ロルティの代わりに新たな聖女として任命された、異世界から召喚されてきた少女。

そして……前世の姉であった。

 その隣には幼子が大好きな青年がじっと唇を引き結び、無表情で佇んでいる。


 彼はカイブル・アカイム。

 聖騎士として働く、教会内で唯一ロルティに優しくしてくれた男性のはずだが……。


「もう。返事をしてくれない護衛騎士と、どうやって見習い聖女ちゃんを始末すればいいのよ!?」


 穏やかではない単語を耳にしたロルティは、笑顔を凍りつかせて全身をブルブルと震わせた。


(お姉ちゃん……。わたしを、始末するって言った……!)


 ただでさえロルティは、姉と前世で因縁があるのだ。

 こんなところで鉢合わせるなど思いもしなかった彼女は、すぐさま聖女の隣で無表情を貫くカイブルへ視線を向けた。


(カイブル……。どうして……?)


 瞳に大粒の雫を貯めて信頼を寄せていた聖騎士をじっと見つめた彼女は、信じられない気持ちでいっぱいだったが……。


(お姉ちゃん……。護衛騎士だって、言ってた……。じゃあ、カイブルも……。きっと、同じ気持ち……)


 幼いながらにどうにか状況を飲み込んだロルティは、涙声で父親へ訴えかけた。

 

「パパ……。帰ろ……!」

「ロルティ? どうした。誰かに何か――」

「早く……っ」


 血相を変えて不安そうな表情で聞き返してくる父親に「なんでもない」と言い返す、心の余裕すらない。

 あっと言う間に堪えていた涙が頬を伝って、ジェナロの服を濡らした。


「わかった」


 彼は尋常ではない愛娘の様子を目にしたからだろう。

 急いで馬車の中へロルティを乗せると扉を閉め、御者に命令する。


「出せ」

「ハイヤー!」


 掛け声とともに馬の身体へ鞭が叩かれ、馬車はガタゴトと音を立ててゆっくりと動き出す。


(カイブルはわたしだけの味方だって、信じてたのに……)


 ロルティは父親の腕に抱かれながらカイブルのことを想い、馬車が公爵邸の前につくまで眠りの国へと意識を手放した。


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