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レオン  作者: ヒンヌー教
2/16

2

レオンは小屋の狭い台所で、粗末な鍋に火をかけた。罐から取り出したのは、山で捕まえた猪の干し肉と、自給自足で育てた野菜——ジャガイモと根菜の類だ。質素な食材だが、この終末の山奥では贅沢とも言えた。鍋から立ち上る湯気と、肉の香ばしい匂いが小屋に広がる。

エリスは木のテーブルに腰かけ、興味津々の瞳でレオンの動きを追っていた。彼女の手にはフォークが握られているが、まるでそれが珍しい道具であるかのように、時折指でつついては観察している。

レオンは無言で鍋をテーブルに置き、干し肉と野菜を皿に分けた。エリスは皿に盛られた料理をじっと見つめ、突然質問を投げた。


「この茶色いのは何だ?」


レオンは一瞬手を止め、感情のない目で彼女を見た。


「猪の干し肉。山で捕った。」


簡潔な答え。だが、エリスは「ふむふむ」と頷き、まるで未知の生物を研究する科学者のように肉をフォークでつつく。


「猪……これが猪か。ほー。」


レオンは内心でため息をついた。面倒な質問だ。だが、彼女のあまりに純粋な好奇心に、なぜか無視できなかった。

エリスは次に、皿の端にあるゴツゴツした野菜に目を移す。


「これは?」


「ジャガイモ。土で育てた。」


レオンの声にはわずかな苛立ちが混じる。エリスはまた「ほー」と感嘆の声を漏らし、フォークでジャガイモを転がしてじっくり観察する。


「これがジャガイモ……面白い形だな。」


(変なヤツだ。)


レオンはエリスの行動に違和感を覚えつつ、内心でそう呟いた。彼女の反応は、まるでこの世界のありふれたものすべてが初めてであるかのようだった。不自然なほどに純粋で、どこか現実離れしている。だが、彼はその違和感を脇に置き、黙々と自分の皿の食事を口に運んだ。

エリスはしばらくフォークで具材を観察し続け、ようやく満足したのか、ゆっくりと一口目を口に運んだ。彼女の動きは慎重で、まるで儀式のようだった。干し肉を噛み、野菜を味わう。その瞬間、彼女の瞳がわずかに見開かれた。


「これは……!」


エリスは小さく呟き、静かに、だが深い感動を湛えた表情で食事を続けた。まるで初めて食事という行為を体験しているかのように、一つ一つの味を丁寧に味わっている。

レオンは自分の食事を終え、錫のマグに注いだ薄いコーヒーを手に持った。無心で食べるエリスの姿を、感情のない目で見つめる。彼女のあまりに真剣な様子に、ふと口を開いた。


「そんなに美味いか?」


エリスはフォークを止め、微笑んだ。


「あぁ、とても美味しいよ。これまで食べたことがない。」


彼女の声は穏やかで、どこか遠い記憶を辿るような響きがあった。

レオンはそれを嫌味だと受け取り、ぶっきらぼうに答えた。


「ああ、よかったな。」


彼の声には棘があったが、エリスは気にせず、柔らかい笑みを浮かべたまま続ける。


「あぁ。本当に美味しいよ。」


レオンは無言でコーヒーをすすった。マグの縁越しに、エリスの無心な食事風景を眺める。彼女はフォークを握り、ゆっくりと、だが確実に食事を楽しんでいる。その姿は、終末の重苦しい空気とは対照的に、どこか穏やかで、異様に純粋だった。

小屋の中には、鍋の冷める音と、時折薪がはぜる暖炉の音だけが響く。

レオンはコーヒーを飲み干し、マグをテーブルに置いた。エリスの食事はまだ終わらない。

静かな時間が、まるでこの終わる世界を一時的に忘れさせるかのように、ゆっくりと流れていった。



朝食の皿が空になり、小屋の中には暖炉の薪がはぜる音だけが静かに響いていた。レオンは錫のマグを手に、薄いコーヒーをゆっくりとすすっていた。エリスはまだ食事を終えておらず、フォークで最後のジャガイモを丁寧に味わっている。彼女の瞳は、まるで世界の全てが新鮮であるかのように、時折テーブルや小屋の隅にさまよう。

ふと、エリスがフォークを置き、レオンの手元に視線を移した。


「ところでレオン。君が飲んでいるそれは何だい?」


彼女の声は好奇心に満ち、まるで未知の宝物を見つけた子どものようだった。

レオンはマグをテーブルに置き、感情のない目でエリスを見た。


「コーヒーだ。自生していた。」


簡潔な答え。山奥で偶然見つけた野生のコーヒー豆を焙煎したものだ。味は粗野で、到底美味とは言えない。

エリスは「ふむ」と頷き、マグに注がれた黒い液体をじっと観察した。


「なるほど、それがコーヒーか。美味しいのか?」


レオンは一瞬、彼女の純粋な質問に返す言葉を探した。


「マズイ。」


率直な答え。飾り気のない彼らしい応答だった。

エリスは首を傾げ、まるで理解できない謎に直面したように眉を寄せた。


「……なんで飲んでいるんだ?」


レオンはマグを手に持ち、黒い液体を軽く揺らしながら答えた。


「なんとなく。」


彼自身、明確な理由はなかった。戦場を離れてからの習慣。あるいは、終末の単調な日々を埋めるための、ささやかな儀式のようなものだった。

エリスの瞳がさらに輝きを増す。


「へえ……飲んでみたい。」


彼女はまるで新しい実験に挑む科学者のように、レオンのマグを興味深げに見つめた。

レオンは一瞬、彼女のあまりに無垢な好奇心に戸惑ったが、すぐに肩をすくめた。


「飲んでみるか?」


彼は自分のマグを軽く差し出した。

エリスは慎重にマグを受け取り、黒い液体を覗き込む。まるでそこに秘密が隠されているかのように、しばらくじっと見つめた後、意を決したようにマグを口に運んだ。

一口。彼女の動きが止まる。

小屋に沈黙が落ちた。

エリスの表情は、みるみるうちに苦々しく歪んだ。唇がわずかに震え、眉がきつく寄る。彼女はマグを握ったまま、動かない。レオンは無表情でその様子を観察していた。

長い沈黙の後、エリスの喉がゆっくりと動いた。コーヒーを飲み込んだのだ。

彼女はマグをテーブルに置き、静かに、だがはっきりと一言呟いた。


「二度と飲まない。」


レオンは小さく鼻を鳴らし、感情のない声で応えた。


「……そうだな。」


エリスはまだ苦い余韻に顔をしかめながら、フォークを手に取り、残りの食事を口に運び始めた。レオンは空になったマグを手に、窓の外の山々を眺めた。

小屋の中には、再び暖炉の音だけが響く。

少女の好奇心と、少年の無関心が交錯する、静かな時間が流れていった。


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