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エリスの特効薬が投与されてから数週間が過ぎ、彼女の体調は驚くほど回復していた。発作はなくなり、顔色も以前の青白さから健康的な明るさを取り戻していた。レオンは彼女の元気な姿に内心で安堵しながら、約束通り、近くの湖へ連れ出すことにした。山奥の静かな湖は、透き通った水と周囲の緑に囲まれ、終末の世界とは思えない美しさだった。
湖畔に着いた瞬間、エリスの大声が響き渡った。
「ねぇ!! これは聞いてなかったんだけど!!!」
彼女はタオルをぎゅっと巻き、恥ずかしそうにレオンを睨んでいた。頬は真っ赤で、明らかに怒っている。レオンは湖畔に広げたシートに座り、何食わぬ顔で彼女を見上げた。
「泳ぐんだから、水着は必要だろ?」
エリスはタオルを握りしめ、声を張り上げた。
「だからって、これはないでしょ!!!」
彼女の怒りは、羞恥心からくるものだった。エリスが着ていたのは、町でレオンが手に入れた旧式のスクール水着——いわゆる「旧スク」だ。濃紺の生地に、胸のゼッケンには少しよれた字で「えりす」と書かれている。現代的なデザインとは程遠い、時代遅れの水着だった。
エリスは顔を赤らめ、なおも訴えた。
「なんで水着がこれしかないのよ!?」
レオンはシートに肘をつき、淡々と答えた。
「いいか? 旧スクはとても良いもんだ。洗練されたデザイン、機能的な構造。そして、少女の身体を健康的に魅せてくれる、人類が生み出した最高傑作のひとつ。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう思わないか?」
彼の声には、どこか本気とも冗談ともつかない自信が混じっていた。
エリスの目が見開き、怒りが頂点に達した。
「思わないわよ!!! ばっっっかじゃないの!?」
彼女はタオルを振り回し、湖畔に響く大声で叫んだ。
レオンは肩をすくめ、わざとらしくため息をついた。
「はぁ~、超大天才様でもこの良さはわからないか。やれやれ。」
エリスは一瞬、言葉に詰まり、ついに叫んだ。
「わ・か・り・た・く・もっ…なーーーい!!」
彼女はタオルを投げ捨て、勢いよく湖に飛び込んだ。水しぶきが上がり、彼女の怒りも水と一緒に弾けたようだった。
レオンはシートに座ったまま、彼女の様子を無表情で見つめた。だが、口の端にはほんのわずかな笑みが浮かんでいた。エリスは湖でバシャバシャと水をかき、すぐに楽しそうな笑い声を上げ始めた。
「レオン! 入ってきなよ! 冷たくて気持ちいいよ!」
レオンは立ち上がり、簡素な水着姿で湖に歩み寄った。
「ったく、うるさいやつだな。」
彼はそう呟きながら、水に足を踏み入れた。冷たい水が肌を刺し、終末の世界の静けさを一瞬忘れさせた。
二人は湖で水をかけ合い、笑い声を上げた。エリスは不器用に泳ぎながら、時折レオンに水をかけては逃げ、子供のようにはしゃいだ。レオンは普段の無感情な態度を崩さず、だが彼女の楽しそうな姿に釣られて、軽く水をかけ返した。
「ほら! 当たった!」
エリスの声が湖畔にこだまする。彼女の笑顔は、500年の孤独も、寿命の影も感じさせないほど無垢だった。
レオンは水の中で彼女を見つめ、ふと思った。彼女の寿命の問題は解決した。これから、二人で山の奥、町の喧騒、星空の下、もっとたくさんのものを見ることができる。湖の水しぶきも、彼女の笑い声も、この終わる世界で、永遠に続くように思えた。
物語は、いつまでも続く——。
これにて物語としては終わりですが、二人はこれからも元気に生きてます。




