13
小屋の朝食のテーブルには、湯気の立つスープが並んでいた。エリスの過去——星の滅亡を計算した超大天才、人類を超える計画の唯一の成功例としての500年——が、レオンの頭の中で静かに響いていた。彼女の純粋な笑顔と、彼女が背負ってきた孤独な研究の重さが、彼の心に複雑な影を落としていた。エリスの「寿命」が尽きつつあるという事実が、胸の奥で重くのしかかる。
レオンはスプーンを握ったまま、ふとエリスを見上げた。
「お前、天才なんだろ? なら、自分の治し方だってわかるんじゃないか?」
彼の声は無感情だったが、どこか切実な響きがあった。彼女の発作、熱にうなされる姿を二度も見た。彼の戦場で培った理性は、彼女の「寿命」を受け入れることを拒んでいた。
エリスはスープを一口すすり、あっけらかんと答えた。
「無理! どう計算してもダメだった。奇跡や魔法でもない限り無理だね。」
彼女は軽く肩をすくめ、笑顔で続けた。「で、そんなものは物語の中だけだよ。」
レオンは一瞬、言葉を失った。彼の顔に、珍しく悲しみが掠めた。戦場では感情を殺してきたが、エリスのあまりにも淡々とした死の受け入れ方が、彼の胸を締め付けた。彼女の華奢な姿、チョコレートに目を輝かせた笑顔が、消えてしまうのだと思うと、なぜか耐え難かった。
エリスはレオンの表情に気づき、スツールから身を乗り出し、優しく微笑んだ。
「君の泣き顔なんて、初めて見たよ。」
彼女はそう言い、立ち上がってレオンの頭にそっと手を置いた。軽く、だが温かく、彼の髪を撫でる。「年上のお姉さんとして、年下の男の子を慰めてあげようかな?」と、彼女は軽い口調でからかった。
レオンは一瞬固まり、すぐに彼女の手を払った。
「子ども扱いすんな。」
彼の声はぶっきらぼうだったが、どこか動揺が混じっていた。戦場では誰も触れなかった彼の頭に、彼女の小さな手が触れた感触が、奇妙に心に残った。
エリスはくすっと笑い、ベッドの端に腰かけて膝を抱えた。
「寿命で死ぬのって、自然なことだよ。レオンのおかげで、命が尽きる前に、世界がどれだけ美しかったか知れた。山、夕暮れ、バイク、チョコレート……全部、わたしには宝物なの。本当に、ありがとう。」
彼女の声は穏やかで、500年の重みを忘れさせるほど純粋だった。
レオンは無言だった。彼の視線はテーブルの木目に落ち、胸の奥で何かが軋むのを感じた。彼女の感謝の言葉は、彼の冷えた心に小さな火を灯した。戦場では、誰かを守ることは生き延びるための手段だった。だが、エリスを守ることは、彼女に世界の美しさを見せることだった。それが、彼女の最後の願いだと、今、はっきりとわかった。
エリスは改めて彼を見上げ、静かに言った。
「レオン、ほんとにありがとう。君と過ごした時間、わたし、忘れないよ。」
レオンはゆっくりと顔を上げ、彼女の瞳を見つめた。彼の無表情な顔に、ほんの一瞬、決意が宿った。
「これからも、たくさん色んなものを見せる。山も、町も、もっと美味しいもんも。ずっと、ずっと……。」
彼の声は低く、だが確かだった。戦場では約束など意味を持たなかった。だが、この瞬間、彼はエリスに約束した。彼女の「寿命」が尽きるまで、彼女に世界を見せ続けることを。
エリスは目を丸くし、すぐに柔らかく微笑んだ。
「うん、楽しみにしてる。」
小屋には、暖炉の薪がはぜる音と、朝の静けさが満ちていた。エリスの寿命が近いという重い事実を背負いながら、二人の間に、静かで温かな絆が生まれていた。レオンは立ち上がり、鍋を片付け始めた。彼女の最後の時間を守るため、彼の護衛任務は新たな意味を帯びていた。




