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レオン  作者: ヒンヌー教
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小屋の台所で、レオンは鍋に水を注ぎ、朝食の準備を始めた。エリスの「寿命」や、500年以上前の超大天才としての正体が、彼の頭の中で静かに響いていた。彼女の願い——外の世界を見ること——を素直に受け入れたとはいえ、彼女がどんな過去を背負ってきたのか、その全貌はまだ霧の中にあった。

エリスはベッドから起き上がり、ゆっくりとテーブルに移動してきた。彼女の動きはまだ弱々しかったが、瞳にはいつもの好奇心が戻りつつあった。レオンは鍋をかき混ぜながら、ふと口を開いた。


「お前、その……天才って呼ばれてたってことは、どんなことしてたんだ?」


エリスはスツールに腰かけ、テーブルの木目を指でなぞりながら少し考えた。


「どんなこと、かぁ。うーん、数字と向き合ってた、かな。」


彼女の声は軽かったが、どこか遠い記憶を辿るような響きがあった。

レオンは野菜を鍋に放り込み、淡々と続けた。


「星が滅ぶって計算したんだろ? それって、具体的に何をどうやったんだ?」


彼の質問は、単なる好奇心ではなく、彼女の存在を少しでも理解したいという思いからだった。500歳を超える人工の人間が、どんな思考でこの星の運命を定めたのか。それを知れば、彼女の「寿命」や、彼女がここにいる理由がもっと明確になるかもしれない。

エリスは一瞬、視線を窓の外に泳がせた。山の稜線が朝日を受けて輝いている。彼女は小さく息をつき、話し始めた。


「わたしが生まれたとき、目的は決まってた。人類が自分たちを超えるために、わたしは作られたの。頭脳は、人間の限界を超えるように設計されてた。子供の頃……まあ、見た目は今と変わらないけど、研究所で最初にやったのは、星のデータを解析することだった。」


レオンは鍋から目を離さず、彼女の話を聞いた。


「星のデータ?」


「うん。この星の質量、エネルギー、核融合の速度、地殻の動き……全部、数字で表せるの。それを計算して、モデルを作って、未来を予測する。わたし、数字を見ると、頭の中でパズルが組み上がるみたいに答えが見えるんだ。で、計算の結果、この星があと500年で滅ぶってわかった。それが、わたしの最初の仕事。」


エリスの声は淡々としていたが、どこか誇らしげだった。

レオンは一瞬、彼女を振り返った。


「それで、人類は脱出計画を始めたってわけか。」


エリスは頷いた。


「そう。わたしの計算が、みんなの未来を変えた。宇宙移民船とか、品種改良された野菜とか、全部その計画の一部。わたしはただ、数字を並べて、答えを出しただけなのに。」


彼女はそこで小さく笑った。


「なんか、変な感じだよね。自分の計算で世界が動くなんて。」


レオンはスープを碗に盛りながら、彼女の言葉を反芻した。500年前、彼女の計算が人類の運命を定めた。それが、彼女が「超大天才」と呼ばれる理由だ。だが、彼女の軽い口調と、目の前の華奢な姿が、その重い事実と結びつかない。


「他には? 星の計算以外に何してた?」


レオンは碗をテーブルに置き、エリスに尋ねた。

エリスは少し考え、肩をすくめた。


「人類を超える計画、かな。わたしみたいな存在をもっと作ろうとしたけど、結局、成功したのはわたしだけだった。あとは、ずっと研究所でデータ解析とか、技術の最適化とか。退屈だったけど、数字と話すのは嫌いじゃなかったよ。」


彼女はそこで言葉を切り、ふと真剣な目でレオンを見た。


「でも、ずっと閉じ込められてたから、外の世界のこと、なんにも知らなかった。レオンとこうやって話すの、初めての経験なの。」


レオンは無表情のまま、彼女の言葉を聞いた。彼女の過去——研究所での孤独な研究、星の滅亡を計算した責任、人類を超える計画の唯一の成功例としての重圧——が、彼女の純粋な好奇心の裏側にあることを、ようやく理解し始めた。


「それで、十分だったか? 外に出てきて。」


彼の声は無感情だったが、どこか彼女の答えを待つ響きがあった。

エリスは目を輝かせ、頷いた。


「うん! トマト育てたり、チョコレート食べたり、バイクに乗ったり……全部、計算じゃわからなかったこと。ほんと、来てよかった。」


彼女の笑顔は、500年の孤独を忘れさせるほど無垢だった。

レオンはスープをすすり、彼女の笑顔を一瞥した。彼女の過去の研究が、この星の運命を定め、彼女自身をここに導いた。それを知った今、彼女の「寿命」が尽きる前に、彼女が望む自由を守ることが、自分の任務だと感じていた。

小屋には、朝食のスープの香りと、暖炉の微かな音が満ちていた。エリスの過去が明らかになり、レオンの護衛任務は、彼女の最後の時間を守るための、静かな決意へと変わっていた。

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