表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レオン  作者: ヒンヌー教
11/16

11

エリスを看病した翌日、小屋の中は重い静けさに包まれていた。朝食の準備を終えたレオンは、テーブル越しにエリスを見つめた。彼女はベッドに座り、昨日よりは顔色が戻っているが、どこか力のない瞳で窓の外を見ていた。レオンの胸には、昨日の世界政府の言葉——「寿命だよ」——がまだ棘のように刺さっていた。あの言葉と、エリスの繰り返す発作が、彼の冷徹な理性を揺さぶっていた。

レオンはスプーンを置き、意を決して口を開いた。


「病気なのか?」


エリスは窓から視線を外し、彼を見た。


「違うよ。」


彼女の声は静かで、いつもより大人びていた。

レオンは眉をひそめ、畳み掛けた。


「なら、なんで倒れるんだ? しかも、あんなにつらそうにしてて。」


エリスは一瞬、視線を落とした。


「しょうがないことなんだよ。」


その言葉は、まるで運命を諦めたような響きだった。

レオンは彼女の曖昧な答えに、胸の奥で苛立ちが湧くのを感じた。


「寿命、なのか?」


エリスは動かなかった。彼女の小さな手がシーツを握り、長い沈黙が流れた。


「……なにか言ってくれよ。」


レオンの声には、任務を超えた焦りが滲んでいた。彼女の秘密、彼女の正体——知らずにいることが、なぜか耐え難かった。

エリスはゆっくりと顔を上げ、静かに呟いた。


「……そう、寿命。だからしょうがないんだ。」


レオンは言葉を失った。彼女の声はあまりに穏やかで、まるで自分の死を他人事のように語っているようだった。彼の頭の中で、「寿命」という言葉が再び反響する。だが、目の前にいる華奢な少女と、その言葉がどうしても結びつかない。

エリスは小さく微笑み、ベッドの上で膝を抱えた。


「昔話をしようか。」


彼女の声は、まるで遠い記憶を紐解くように柔らかかった。

そして、エリスは語り始めた。


「わたしは、500年前、この星が滅ぶって計算した人間なんだ。超大天才、なんて呼ばれてたけど、そんな大層なものじゃない。ただ、数字と論理が好きだっただけ。」


彼女の瞳は、窓の外の山々を眺めながら、遠い過去を映しているようだった。


「わたしは、普通の人間じゃない。人類が自分たちを超えるために作った計画——新しい人類の、唯一の成功例。人の手で生まれた、人工の存在。不老長寿で、人智を超えた知能を持つように設計された。でも、わたしには自由がなかった。生まれてからずっと、研究所の外には一度も出たことがなかった。」


レオンは無言で彼女を見つめた。戦場で鍛えられた彼の頭でも、彼女の言葉をすぐに飲み込むのは難しかった。500年以上。人工の人間。不老長寿。彼女の華奢な姿と、世間知らずな振る舞いが、まるで別の存在のように思えた。

エリスは小さく笑った。


「今まで、研究のことしか話さなかった。計算と、実験と、星の運命。でも、ある日、ふと思ったの。『外に出たい』って。それが初めて、研究以外のことを口にした瞬間だった。だから、こうやって、護衛付きで外の世界に来たの。初めての空、初めての風、初めての……チョコレート。」


彼女の声には、ほのかな喜びと、どこか切なさが混じっていた。


「実年齢? 500歳以上。自分でも正確には覚えてない。ずっと不老長寿だったけど……わたしの寿命は、もうすぐ尽きる。」


エリスはそこで言葉を切り、レオンを見上げた。


「わたしって、すごーくおばあちゃんなんだよ? びっくりした?」


彼女の軽い口調とは裏腹に、小屋には重い沈黙が落ちた。レオンは彼女の言葉を反芻し、胸の奥で何かが軋むのを感じた。エリス——500年前の超大天才、人工の人間、滅びゆく星の計算者。彼女の純粋な好奇心、子供のような笑顔の裏に、そんな途方もない真実が隠されていた。

レオンは無表情のまま、ただ彼女を見つめた。


「お前……。」


言葉はそこまでしか出てこなかった。レオンの視線はエリスに固定されたままだった。彼女の言葉——500年前の超大天才、人工の人間、滅びゆく星の計算者——は、彼の頭の中で繰り返し響き、戦場で鍛えられた冷徹な理性を揺さぶっていた。エリスはベッドに座り、膝を抱えたまま、窓の外の山々を眺めている。その華奢な姿と、彼女が語った途方もない真実は、まるで別々の存在のように感じられた。

彼はようやく口を開いた。声は低く、抑揚がない。


「それで……なんでここにいるんだ?」


エリスは一瞬、視線をレオンに戻し、小さく首を振った。


「さっき言ったでしょ。外に出たかったの。研究所の外の世界を見てみたかった。それだけ。」


彼女の声は軽やかだったが、どこか遠い響きがあった。

レオンは眉をひそめた。


「それだけ? 世界が終わるって時に、ただ外を見たいってだけで、ここまで来たのか?」


彼の言葉には、彼女の説明を咀嚼しようとする真剣さが滲んでいた。世界政府の極秘任務、護衛の強制、繰り返す発作——それらが単なる「外を見たい」という願いから始まったことに、彼は驚きを隠せなかった。

エリスは小さく笑い、シーツを握る手に少し力を込めた。


「うん、それだけ。わたし、ずっと研究所に閉じ込められてたから。空とか、山とか、トマトの苗とか……全部、初めてだったの。こんな世界、見たかった。だから、こうやってここにいる。それで十分だよ。」


彼女はそこで言葉を切り、じっとレオンの瞳を見つめた。

レオンは彼女の言葉を素直に受け取った。彼女の純粋な好奇心、チョコレートに目を輝かせた笑顔、初めての食事に感動した姿——それらは、500年間閉じ込められていた少女が、ようやく自由を手に入れた証だった。世界政府が彼女をここに送り込んだのも、彼女の願いを叶えるためだったのかもしれない。エリスの発作、彼女の「寿命」が尽きかけていることも、彼女が語った通り、避けられない事実なのだろう。

だが、それでも、彼女の華奢な姿と「寿命」という言葉が結びつかない感覚が、彼の胸に残った。


「お前……500歳って、想像もつかねえな。」


彼の声には、ほんのわずかな戸惑いが混じっていた。

エリスはくすっと笑い、軽く肩をすくめた。


「でしょ? 自分でもよくわかんないよ。ずっと数字と向き合ってただけだから。こうやって人と話すの、なんか不思議。」


彼女の瞳には、どこか子供のような無垢さが宿っていた。

レオンは一瞬、彼女の笑顔を見つめた。彼女の正体を知った今、護衛任務の意味が少しずつ輪郭を帯びてきた。彼女はただの少女ではなく、この星の滅亡を予言した存在。人工の知能として生み出された、唯一の成功例。そして、終末の週末に彼女がここにいるのは、彼女自身の願い——外の世界を見るため。彼女の発作は、彼女の「寿命」が尽きかけている証拠。それを理解した今、彼の任務は、彼女の最後の時間を守ることだと、はっきりと感じた。


「何か他に隠してねえよな?」


レオンは念のため、半ば冗談めかして尋ねた。

エリスは目を丸くし、すぐに笑った。


「ひどいな! ちゃんと全部話したよ。もう秘密はないって。」


彼女は軽く手を振って、ベッドの上で少し身を揺らした。

レオンは小さく鼻を鳴らし、立ち上がった。


「朝食、食えるか?」


彼はいつもの無感情な声に戻り、話題を変えた。

エリスは少し考え、頷いた。


「うん、食べられるよ。スープ、作ってくれる?」


「あぁ。」


レオンは台所に向かい、鍋に水を注ぎ始めた。エリスの言葉を素直に受け入れた今、彼女の正体と彼女の願いが、彼の心に静かに収まった。だが、彼女の「寿命」が近いという事実が、胸の奥に小さな重石を残していた。

小屋には、鍋が火にかかる音と、暖炉の薪がはぜる音だけが響いた。エリスの秘密が明らかになり、レオンの護衛任務は、彼女の最後の時間を守るための、静かで重い責任へと変わっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ