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月の鬼退治  作者: ペンシル カミラ
最終章 世界と螺旋
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無量は影葦の身体に宿り、彼の屋敷から来栖村に瞬時に移動してきたのであった。

無量は初めて地球に直接触れ、心が震える感覚を味わっていた。そして、影葦は膨大な力を身に宿す全能感に浸っていた。


「無量よ、最初からこうすればよかったじゃないか?」

「それは、不公平だ」


影葦は一人で自問自答するかのように呟いていた。その様に来栖村にいた彼御部下たちは鵜日を傾げた。

何故、影葦がこの場に突然現れたのか、そして明らかに様子がおかしい。


「無量よ、私の郎党をもとの姿に戻してくれないか? 奴らを追いかけるのはその後でも」

「いいだろう」



影葦は部下たちに手をかざすと、彼らの黒い毛皮は剥がれ落ち、中から人の姿を現していった。

そして、先ほどの疑問などどこ吹く風で、影葦にひれ伏して感謝の意を口々に述べた。



「こうして、人とかかわるのは実に面白いな」


「さぁ、無量。さっさと敵を片付けるとしようか」


影葦は逃げた鬼の方角を探ると、富士の山の頂上に逃げたことが分かった。

後を追って空間を飛び越えようとしたとき、何かに影葦の足を引っ張られた。


「何…地からかずらが生えてきよった」


「影葦、構わず飛ぶぞ」

無量は影葦の身体を操り、逃げた鬼の場所まで移動しようとした。しかし、足に爪を食い込ませるように絡んだ葛に気を乱されて移動することはあたわなかった。

影葦は苛立ちながら持っていた大太刀で葛を断ち切ろうとしたが、葛はしなり、なかなか切れなかった。



「こんな夜更けに何事ですかな?」

影葦の背後でしゃがれた声が聞こえた。影葦は驚き振り返ると、老人が一人立っていた。



「私はこの村の長、嗣雄つぐおと申す者なり」老人は白くなった口ひげを整えるように撫でながら言った。彼は声とは裏腹に、腰も曲がらず節々は太く骨ばり、驚くほど若々しい体つきをしていた。その姿は遠くで村の様子を見ていた桃市にもわかった。しかし、寝込んでいた祖父がなぜそこにいるのか理解が追い付かない。そして、祖父の姿は見えても、桃市に祖父が何を話しているかは聞こえなかった。




「ところで私の孫、七つ年ほどのおのこを見ませんでしたかな?」嗣雄は縄に縛られた男たちと、影葦からの視線も構わずに続けた。影葦は強引に手で足の葛を引きちぎって、嗣雄を睨みつけて言い放った。「平民ごときが…頭が高い、ひれ伏せ」


嗣雄は彼の余裕のない振舞から、孫のことは存ぜぬ可能性が高いと踏んだ。

「そうですか、ではこうしましょう」嗣雄が ぽん、と手をたたくと地中から葛が網のように影葦達を救い上げて、宙に高くつるし上げた。嗣雄は自身が寝込んでいるときに、地の底から、大きくそして威厳の中にある種のやさしさを含んだ声を聴いた。そして、その声の通りに動いたのであった。


ー 山の神の力を貸す故、不届きものを捉えよと。


「これだけ高くして差し上げれば、頭が高いなどとは言いませぬな?」



「無礼者めッ!無量、やつを殺せ!」

影葦は葛の間から腕を出し、嗣雄に向けた手で何かを握りつぶすような仕草をした。

しかし、影葦は急に体が地面に吸い込まれるように、闇に飲み込まれていった。何も見えない暗がりの中で無量はにたりと笑った。「これは、地獄の王か、この無量を地獄に引き寄せるとは賭けに出たな」



「地獄だと、俺は今から地獄に落ちるのか?」

「影葦、約束したはずだ我がいれば心配無用だと…くく」


無量と影葦は暗闇を抜けると、そこは純白の床に叩きつけられた。

影葦は目を白黒させて辺りを見渡すと。金銀財宝に埋め尽くされた、巨大な建物の広場にいることが分かった。自身を取り囲むように豪奢な椅子が円を描くように並べられている。


「無量、ここが地獄なのか?」



「いや、ここは天界だ、一体なぜここに呼び寄せたのか」

そして、無量は誰もいないと思っていた椅子に、白銀の刺繍が施された純白の衣をまとった老人がずらりと座っていることに気が付いた。彼らには気配がない。


「ここは月の元老院。我らは月の主を引退した身。たまには仕事をさせてもらおうか」

椅子に座っていた老人たちは立ち上がり、手を影葦に向けると。影葦は金縛りにあったように体が動かない。



しかし、拘束を解き始めた無量は、顔をぴくつかせて老人を睨みつけた。

「ぐぬぬ…このような力で無量が抑えれれるとでも思ったか!」その時、カツカツ…と甲高い足音が影葦の後ろから聞こえた。無量が振り向くと、桐箱を抱えた恰幅の良い男と、濃紺の衣姿の男が見えた。


恰幅の良い男が、桐箱の蓋を開けてかしずいた。濃紺の衣の男は桐箱から、透けて見えるほど細い糸で織り込まれた、衣を取り出すと、影葦に着せ始めた。「な、何だこれは!やめろ!」無量は慌てた。


「天の羽衣だ」男はそう言って哀れみの目で無量と影葦を見下ろした。





影葦と無量は衣を喫させられると、地上の記憶が身体から抜け落ちていった。

無量は必死に力を込めて羽衣に抗ったが、記憶は小川を流れる笹船のように、意識の外へ緩やかに流れ出していった。


「こ、こんなの酷い、あんまりだ…なぜお前たちはこのような真似ができる!」

無量と影葦は頭を抱えて地面に屈みこもうとしたが、そこに地面はなく、再び暗い大穴に飲み込まれていった。「議長、あんな羽衣でも至宝の一つでしょう?あれ、もう戻ってきませんよ」若い男、玲瓏が尋ねた。「良い、あれは無くなった方がよい」元老院の議長は告げた。



~~



暗闇の中、無量は自身の宝とも呼べる記憶が蝕まれていくことに耐え兼ねていた。


「もはやここまで、影葦許せ」



そう言い残して無量は影葦の身体を捨て、自身の住む遠い暗闇に転移していった。

「む、無量!待て…置いていくなんて、ずるいじゃあないか!」そして、影葦は無量が体から抜け落ちた瞬間、地上の記憶をすべて失った。彼が暗闇を抜けると、そこは赤膚のごつごつした岩場が赤黒く光る地平線まで続く世界であった。「へ?ここは…?俺は…誰?」影葦は暗い空を呆然と立ちすくんで眺める他なかった。そして、彼の後ろには大鬼がゆっくりと近づいていた。



無量は自身の住居に逃げ延び、力を蓄えていった。そして、失った記憶を取り戻すことに、全神経を集中させていった。「ああ、地上で初めてみた生き物は何だった…?初めて地球に雨が降った時、俺はどう思った…?」無量は自我が芽生えてから、一番の苦痛を感じていた。





~~





 富士の頂は強い風が吹き荒れている。そしてかぐや姫たちの足元には、月明かりを纏った雲の海原と、平野と山々が見えた。錦と白檀は呼吸を整えて、ゆっくりと立ち上がると、彼岸が連れてきた二人の娘に話しかけようとしたが、二人とも景色に見とれていた。



「なぜ私たちをここに連れてきた?」二人は彼岸にいぶかしげな顔で尋ねた。

「かぐや姫と龍の紅葉さんだ、俺たちも、これから世の中を操っている黒幕を倒しに行く」



「う…ん?白檀はわかったか?」

「良くわかんないけど、何とか話を飲み込まないといけない雰囲気なのはわかる」





 話し込む鬼たちを尻目にかぐや姫は富士の頂から雲の海原と天に輝く月を眺めた。彼女はかつての地上の帝と自身を育ててくれた老夫婦を思い出していた。こんなに高い山の頂ですら、月には遠く及ばない。求める者が遠く離れた地に行き、どんなに足搔いても会うことができなくなる。富士の頂に立ったかぐや姫は、不死の薬を飲まなかった帝の気持ちが少しだけわかった気がした。彼女はふうっ、と大きく息を吐きだし、鬼の方へ歩みを進めた。「今から私の心を読みなさい。そうすれば今までのことが分かるから」彼女はそう続けた後、白檀と錦の手を取って彼らの瞳を覗き込んだ。


白檀はかぐやの美しさに戸惑ったが、言われた通りに彼女の心の内を眺める。

その瞬間、かぐや姫の記憶と感情が光の雨のように彼女の心に降り注いだ。喜びと悲しみ、理不尽な出来事への怒りと哀れみに、二人の目からは涙が零れ落ちた。しばらくして、二人は彼女の手を離した。





「じゃあ、白檀ちゃんと錦も これ食べたら、行くよ」そう言ってかぐやは二人に月見団子を食べさせて、にっこり笑った。二人は月見団子の味に感動すると同時に、彼岸の隣に太郎の姿を見つけて目を丸くした。「あんた、なんでここに?!」白檀は「お前、あの時無茶しやがってからに…」と太郎に詰め寄り彼を抱き寄せた。「う…太郎、お前どんだけ俺たちを悲しませたか、わかってんだろうな?」錦は人差し指を太郎に向けてガミガミと説教を始めた。


太郎は白檀の胸と腕力で締め上げられ、ぐったりしていた。

「おい、太郎をもっと殺す気か?」彼岸が白檀を静止した。「もう死んでんだから、それ以上どうなるってんだ」




「ごめん…みんな、悲しませて済まなかった…」




「はいはい、話は後でね。じゃあ紅葉ちゃん、よろしく」かぐやがそういうと、紅葉は天に舞い上がった後、閃光と共に紅龍の姿を現した。彼女の麟は月明かりを浴びて、暗闇に紅い光を灯していた。紅葉は念力でかぐやたちを背中に乗せると、天に大きな風穴を開けて中に飛び込んでいった。







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