56
六郎は朝山の身体を抱えながら、暗闇の中を落下していた。地獄へ通じる大穴である。
しばらくすると、朝山の身体が透きとおり始め、六郎の腕から離れていった。
「朝山殿!!!」
六郎がもがきながら、朝山に向けて手を伸ばしたが届くことはなかった。
「ちくしょう…どうして」
六郎が気が付くと、見覚えのある開けた場所であった。
地獄だ。
そして、彼は自身の頭上に誰かが立っていることに気が付いた。
彼の頭上に立っているのは朝山だった。
六郎は飛び起きて、朝山に声をかけた
「朝山殿、ご無事で?!」
「残念だが、無事ではないな。もうすぐ、行かなければならない」
その言葉を聴いて六郎は呆然とした。
「一体なぜ?」六郎は困惑した顔で朝山に問いかけた。
「敵の親玉に突然殺されたからな…気が付いたらここにいたよ」
朝山は普段と変わらず、淡々と答えていた。
いつの間にか六郎の後ろには、朝山の部下たちが集まっていることに気が付いた。
彼らは朝山の姿が揺らぎ、背景が透けて見えていることに絶句していた。
「なんでお前たち、そんな悲しそうな顔をしているんだ?」
朝山が不思議そうな顔で問うた。
そうしているうちに朝山の後ろには大きな火柱とともに、大王と二体の大鬼が現れた。
巨大な王は鬼を両脇に従えている。
朝山は六郎たちに背を向けて、大王の方に向けて歩みを進めた。
「さらばだ、息災にな。己が良心に沿って生きろ、じゃあな」
彼は歩みながら顔だけ横に向けて、仲間たちに告げた。
六郎たちが朝山を見送るほかなかった。
朝山はいつの間にか鎧を身に纏い、腰には豪奢な太刀と脇差を帯びていた。
大王は朝山に対して述べた。
「ここから先は修羅の世界。お前の同類が犇く中、斬られても蘇らせられ、絶えず争う場所である。その刀と鎧は、此度の働きに対する贈り物だ」
「歴戦の猛者と戦えと…それが俺の地獄か」
朝山はそう呟くと、目の前に現れた扉を両手で押し開けて、光の中に消えていった。
彼の足取りは軽く、どこか楽しそうですらあった。
「古代の猛者たちよ、朝山の剣をみせてやろう」
扉が閉まる前、愉しそうな声が扉から漏れて聞こえてきた。
その頃、かぐやは月を見上げ、微動だにしていなかったが、突然背伸びをして、大きなあくびをした。
山の頂上には大鬼とかぐや姫がいた。
彼岸はふと我に返ると、隣に透きとおるほど美しい娘が月をみあげたまま微動だに動かなかったが、突然動き出して体をびくっとさせて驚いた。そして天を見ると巨大な紅龍が迫ってきていて彼岸は腰を抜かしそうになった。
「うおっつ?!」
隣にいた娘はその光景に驚きもせず、彼岸に話しかけてきた。
「私の名前はかぐや。あなたたちの生みの親。あなたの名は?」
「親?!、あんた、それどころじゃないぞ!」
巨大な龍の顔が間近に迫ったかと思うと、龍の姿は見えなくなっていた。
代わりに真紅の衣に、黒髪を肩で髪を切りそろえた娘がふわっと地面に降り立った。
「かぐや様、危ない目に合わせてしまいもう押し分けありませぬ!」
女性はかぐやの近くで、膝をつき、頭を地につけようとした。
「やめなさい」
かぐやは強い語気で彼女を静止した。
彼女ははっとして顔を上げた。彼女の真紅の瞳から涙が零れ落ちた。
「は、はい」
「あなたの名前は?」
かぐやは傅く彼女に問うた。
「紅葉と申します」
「立ちなさい。来てくれてありがとう、おかげで助かったわ」
紅葉が立ち上がると、かぐやは彼女を抱き寄せて頭を撫でると、彼女はボロボロと涙をこぼして泣き始めた。
「うぁ…う…ぐすっ…」
「俺の名は彼岸だ、かぐや…様、よろしくたのむ」
彼岸は隣で、そわそわしながらその光景を見ていたが、意を決して二人に声をかけた。
「彼岸、さっきは姫様をありがとう」
紅葉がかぐやの腕の間から顔を出して礼を言った。
彼岸は後ろ頭に手をやって恥ずかしそうに「どうも…」といって微笑んだ。
そうしているうちに、かぐやの元に黒たちが駆けつけてきた。凛輪は弥助とお蝶を両脇に抱えて空を飛んでいる。二人は彼岸を見て目を丸くして驚いている。
黒が心配そうにかぐや姫の元に駆け寄ると、見知らぬ美しい娘を腕に抱き、頭を撫でている姿が見えた。
彼女は緊張が一気にほどけた同時にその姿が可笑しく見えた。
「あはは、かぐや様ったら…ところでその人は…?」
「龍の紅葉です」紅葉は黒に頭を小さく動かして会釈をした。
「龍…!私はかぐや様の付き人、黒と申します」
黒は驚きながらも会釈を返した。
「みんな、勝ったよ、でも黒幕がまだ居るっぽい」
かぐやはそう告げてため息をついた。
「これから、彼岸と紅葉を連れて、決着をつけてくるから、黒ちゃん皆をよろしくね」
かぐやはそう言って、真紅の巾着袋を手に持って見せた。「姫様!?それ私が大王から預かったやつ…」紅葉が驚いた声を上げた。かぐやが巾着を開けて中身を手のひらに開けると、黄金に光を放つ団子が5つ入っていた。「大王、流石だわ」
かぐや姫おもむろに彼岸に月見団子を手渡した、口にするように言った。
「お、おう」
彼岸が団子を食べると、目も前には大きな光や熱気が富士の山に向かって流れているのが視えた。
そして、自身の隣に、亡き太郎の姿があった。
「太郎…?」
「はは、とうとう見つかっちまったな」
「ずっと隣にいたのか?」
「ああ、本当は良くないんだけど、お前たちが心配でな…」
太郎は何とも言えない顔で微笑んだ。
「心配って…お前」
彼岸は思わぬ再開を喜ぶと同時に、太郎の自身のことは考えない性格に頭を抱えた。
「もう少しだけ、お前たちと居させてくれないか?」
「やれやれ、どうせ行っても聞かないんだろ?」
太郎の姿はかぐやと紅葉にも見えていたが、二人は見えないふりをしていた。彼らの時間を無駄にしたくなかったから。話し込む彼岸を尻目に、かぐやと紅葉も団子を口にする。
「注目。なんかさ、敵の黒幕が見境なく私たちを消そうとしてるらしくて、さっさと決着をつけようか」
かぐやは左手を天高く掲げて告げた。
「わかりました。この紅葉、何なりとお申し付けください」紅葉は丁寧にかぐやに礼をして応えた。
「じゃあさ、紅葉ちゃん、私とあなた、彼岸と仲間たちを富士の山の頂上まで飛ばしてくれる」
「承知、彼岸も手を貸して」紅葉は彼岸の右手をとって力を込める。彼岸は右手から洗練された気と彼女の思念に沿うように彼岸も気を送った。
「弥助さん、お蝶さん、寂しいですが少しの間お別れです。また今度、此度のお礼をさせてください」
かぐやはそう言って二人の方へ歩み寄り、二人の手を握って会釈をした。顔を上げたかぐやが微笑んだ時、彼女たちの姿は消えていた。
来栖村。
錦と白檀に突善、七股の大太刀を携えた男が地面から現れた。
その姿を見た良綱は目を見開いた。
「か、影葦殿!?」
「お前たちが鬼だな、話をしに来た」
(おい白檀、そいつは嘘だ、こいつ殺意しかないぞ)
(やるよ、こっちから)
二人は心をよんで臨戦態勢なはいるも、急に体の力が抜けて動かない。
影葦は大太刀を大きく伸ばして二人を薙ぎ払おうとしたが、刀は空を切った。
白檀は冷や汗と動悸がして目の前が暗くなったが、いつの間にか富士山の頂上にいた。
そこには背中に炎のような後光が差す彼岸と見知らぬ美しい娘が二人たっていた。




