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富士の麓にある村、名前は来栖村という。
桃市達が住む来栖村は復興に向かっていた。
男たちは総出で木を切り、片っ端から家を建て、女、子どもは役割を分担して村人全員の食事と洗濯を行った。
彼らの目には、闘志の炎があった。
朝から晩まで金槌の音と、村人たちの声が絶えない。そうして休まずに村人全員が入れる長屋を完成させた。各々の部屋に村人達は喜こんで入った行った。
村の広場には、山の神が生やした木の囲いがまだ残してある。それは村人達の復興への決意の象徴である。長屋ができるまでその囲いの中で、村人達は過ごした。隙間風は入るものの、肩を寄せ合って寝ていれば、何とか寝れるものだ。
もう二度と、部外者の侵略等には屈してはならぬ。山の神はもう姿を現してはくれぬかも知れないのだから。
その日の夕方に長屋の完成と同時に桃市の祖父が熱を出した。若い男衆と一緒に家を建てる無理が祟ったようであった。
「爺ちゃん、水を汲んできたから飲んでおくれ」と桃市は祖父の枕元に桶と杓子をそっと置いた。
「桃市や、ありがとう」そう言って嗣雄は紅い顔でにっこりと笑ってみせた。
「爺ちゃん、これ、効くかもしれないから飲んで」と言って孫市は白檀が置いていった香木を細かく削り、薬ばちでで粉にして持ってきていた。嗣雄はまだ孫を一人にさせたくはなかった。
「ありがとう、桃市は優しいな」と言って嗣雄は桃市から薬を受け取ると少しずつ口に入れ、水で飲み干した。木のザラザラとした感触は残っていたが、桃市が限りなく粉状にしてくれた為、何とか飲み干すことができた。
嗣雄はゴホン、と何度が咳払いをしてから、再び床についた。
「桃市の薬のおかげで、少しずつ楽になってきた」と嗣雄が言い終わると、すぐに眠ってしまった。桃市は祖父をしばらく見守った後、2人分の握り飯を、飯当番のおばさんから貰ってきて、祖父の分を笹の葉に包み、嗣雄の枕元に置いた。
桃市は握り飯を食べていると、彼岸達、太郎の事がどんどん頭に浮かんできた。皆何処かに行ってしまって、会うことができない。
桃市は冷たい、感情の痛みのような物が胸からこみ上げ、首元からやがて目頭に伝ってきているのがわかった。桃市は涙を拭い、厨房の後片付けを手伝いに出掛けた。
やがて日が落ち、夜は深まっていく。
草木も眠る丑三つ時。
来栖村に馬に乗った黒装束を纏った男たちが近づいていた。そして、村の手前のボロ家で馬を停める。ボロ家の中には侍風の男。
「時間通りだな、今日も約束通りに頼む」
「勿論、俺達は仕事最優先だ、諸々の注文は必ず守る」と賊の頭はアピールした。
「評判は聞いている、だからお前達に仕事を依頼している。今日も出来に応じて報酬は加算する」と侍風の男は語った。「良し、じゃあ、気合入れていくぞ」と賊の頭は部下を連れ、来栖村に向かっていった。
僕達は村の近くに馬を停め、静かに、速やかに村に入っていく。いつも通り、順調に事は進んでいる。賊の頭は部下と共に刀を研ぎ、何度も仕事の行程を想像させた。今回もきっと上手くいく。賊の頭の後ろには9人ほどの部下が連なっている。頭が右手を軽く挙げて合図をすると、勢いよく村の中に散開した。
その時、ガランッ、ガランッとけたたましい音が村に響いた。
!!
「か、頭…この村、縄に鈴やら鍋やらをぶら下げて、縄を足元に張り巡らせてますぜ」と部下の男が頭に告げる。
賊の頭は膝から地に崩れ落ちそうな、嫌な感覚がしたが、すぐに木を持ち直して部下に命じた。「集合、点呼、よし全員いるな、撤退する」そう言って頭は馬を停めた場所まで全速力でを駆け抜けた。
馬の場所まで戻ると、黒装束を来た侍風の男たちが集まっていた。ぞわり、と賊の頭の首筋に嫌な感覚が走った。
頭は立ち止まり、侍風の男に事の顛末を報告してから、頭を地面に擦り付けた。賊の頭は頭上でため息が聞こえてきて、心臓が止まりそうなほど肝を冷やした。
「報告が正しければ…君は最善を尽くした。やはりあの村は何かが違うね…」
「嘘は言ってません、物音を立てた時点で撤退を決断しました」と賊の頭は正直に訴えた。
「許す、面を上げなさい」と黒装束の侍が告げる。賊の頭は喜んで顔をあげると、いつの間にか刀を抜いた侍達が、刀を振り下ろしたのが見えた。
賊の頭は意識がなくなる前、力を振り絞って後ろにいた部下を見ると、皆斬り伏せられた後であった。
(ち、ちくしょう…お前達、すまねぇ)
賊の頭の意識は地面に吸い込まれるように堕ちていった。