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月の王が無礼な役人に対して「そなた、名と所属を述べよ」と訝しげな表情を浮かべながら命じた。周りにいた役人達は自分達にもとばっちりが来るのではないかと、肝を冷やして、美しい純白の石畳を見つめている。それに対し、命じられた役人は整った口元に微笑みを浮かべているではないか。
役人風の男をよく見ると、髭や烏帽子で誤魔化していたが、整った顔立ちをしている。しかし彼の顔を認識しようとすると、不思議とうまく顔全体を観ることができなかった。
「王、かぐや姫の命でございます」と役人風の男がそう告げてから、烏帽子と付け髭を外した。そして両手を頭の後ろに回して、帽子の中で纏めていた髪をほどいた。
白金の御髪がさらさらと、垂れ絹のように背中にかかった。その美しさに役人たちは呆然としていた。月の王は何かを考えるように辺りを見渡してから、「閻魔大王閣下を迎える支度は順調か?」とかぐや姫に尋ねた。
かぐや姫は真っ直ぐ月の王を見て「9割ほど準備が終わったところでございます。会談まであと数刻、閣下をお迎えするときには準備万端かと存じます」と淀みなく答えた。
王は「そうか、手際が良いな」と感心した様子で呟いた。かぐや姫は王にほぼ対等に接することが許された数少ない人物の一人であり、何故許されているのか、宮仕えの者も知る由もなかった。