FIN.彼のお守り(物理)は私の魔法薬(の瓶)
聞き慣れた声色、そして「いやはや」と言う前置き。
パッと目を開けてみれば、レオン様がボンクラの後ろからその腕を掴み上げていた。
「な、なんだお前は!」
「レイソール王国騎士団団長、レオン・ガングニールだ。そして、そこのレディは俺の婚約者だ」
「なっ、き、騎士団長!?しかも、アイシャが婚約者……!?」
レイソール王国の騎士団長と言う大物の登場により、慌てふためくボンクラ。
「見たところ、あんたは彼女を殴り付けようとしていたし、その前に無理矢理連れて行こうとしていたようだな?」
「ち、違っ」
この期に及んで言い逃れをするつもりらしいので、私の口から正直に言おう。
「その人は私を無理矢理前の職場に連れ戻そうとして、それを拒否したら殴られそうになりました」
「……へぇ?」
瞬間、レオン様の視線と声が氷のように冷たくなり、ボンクラに向けられる。
「な、何を言っているんだアイシャ!私はそんなこと」
「アイシャの前の職場……そう言えば、フローレ王国の魔法薬局は随分評判が悪いと聞いた覚えがあるな。ちょいと、詰め所の方で話を聞かせてもらおうか?おい、連れて行け」
レオン様は部下に命令すると、部下の騎士様二名は左右からボンクラを挟み、拘束する。
「うっ、はっ、離せ!くそっ、私はっ、離せぇ!」
ズルズルと引き摺られていくボンクラ。
余罪と言う余罪を洗いざらい吐いて、きちんと罪を償ってもらおう。
「……聴取は任せる」
「承知しました」
レオン様は副隊長らしい人にそう言いつけて、私に向き直った。
「れ、レオン、様……!」
やっと……やっと帰ってきた!
ずっと会いたくて仕方なかった!
「あぁ、ただいまアイ、シ、うぐ……っ」
「え……?」
突然、レオン様は左胸を抑えて膝を突いて倒れてしまった。
「レオン様っ!?」
「隊長!」
私よりも先に、部下の騎士様がレオン様を助け起こしてくれるが、レオン様は「い、いやはや、だ、大丈夫だ……」と、顔に脂汗を流しながら笑いかけている。
「まさか、どこかお怪我を……!?」
「いやはや……最後の最後で文字通り、一矢報いられちまってさ……」
けど、とレオン様が懐から取り出したのは、割れてしまった魔法薬の小瓶。
「アイシャの"コレ"のおかげで、致命傷を受けずに済んだよ……」
何?どういうこと?と私が混乱していると、部下の騎士様が答えてくれました。
「実は、賊の残党から隊長が弓で射られてしまったのですが、ちょうど左胸ポケットに入れていたそうで……瓶は割れてしまいましたが、おかげで急所が外れたようです」
なんとまぁ……!?
「いやはや……終わったあとの事後処理とかもあるから、それを頑張るために取っておいたのが仇になったなー、なんてな……いっ、てて……」
「ばかぁ!!」
私は脇目も振らずにレオンの胸に顔を押し付けて、ぎゅっと抱き着く。
「ぐふっ!?アッ、アイッシャ……!い、いやはやっ、情熱的なのは嬉しいけど、きっ、傷が……っ!」
「私の魔法薬なんてどうでもいいですから!また新しいのすぐ用意出来ますから!ぐすっ……死んじゃうかと、思いましたぁ……っ!」
部下の騎士様が見ているにも関わらず、私はレオン様に泣きつく。
やっと帰ってきたと思ったら、そんなことになっていたなんて……!
「あー……いやはや、心配かけさせちまったな」
すると、頭に大きくて温かい感触――レオン様の手がぽんぽんと乗せられた。
「隊長、後のことはお任せを」
「あぁ、頼む」
気を利かせてくれたのか、部下の騎士様は一礼してすぐにその場を去った。
レオン様を支えながら後宮の医務室に連れて行き、傷の治療は医師の方にしてもらっている間、私は調剤室へ駆け込んで魔法薬の製薬を急いだ。
レオン様は傷で身体が弱っているけれど、今はもう陣頭に立つようなことはしなくていいので、体力回復よりも、皮膚組織の回復促進や、免疫機能の改善――眠りが深くなりやすい魔法薬を作ろう。
出来るだけ早く、なおかつ高精度に。
「………………よしっ」
出来上がった魔法薬を手に医務室へ戻ってきた頃には、傷の治療も終わったところだった。
医師の診断によると、少し深めの傷と、ごく浅い傷がいくつか出来ていた程度だったそうな。
射られた矢に対して、レオン様に突き刺さるよりも先に魔法薬の瓶にぶつかり、むしろ瓶が砕けたことで矢の勢いが失われ、急所には届かなかったのだろうと。
浅い傷と言うのは、割れた瓶の破片で出来たものらしい。
「レオン様、これを。皮膚組織の回復促進と、眠りが深くなりやすい魔法薬です」
「いやはや、至れり尽くせり……ありがとな」
レオン様は魔法薬を受け取るなり、すぐに飲んだ。
「くーっ、仕事のあとの一杯はたまんねぇな……」
「なに仕事終わりのお酒みたいなこと言ってるんですか」
思わず、笑ってしまった。
「いやはや……俺は君に、二度も命を救われたんだな」
「え?」
「一度目は二年前、俺とアイシャが初めて出逢った時。あの時も、アイシャの魔法薬に助けられた。そして今回も、……魔法薬の効能のおかけじゃないが、アイシャが渡してくれた魔法薬のおかげで命拾いした。だから、ありがとう」
あぁ、だからその、屈託の無い笑顔が。
それが、私を好きにさせる。
「レオンさ……」
「ん……悪い、少し寝かせてくれ……」
「その、でしたら、寝る前に……」
レオン様が眠ってしまう前に、吸い寄せられるように、私はレオン様の唇を奪う。
「お……おやすみの、キスです」
我ながらすんごく恥ずかしいことをした……!
「いやはや、今ので目が覚めちまったな」
だから、とレオン様は私の手を取った。
「俺が眠るまで、手を握っててくれないか」
私の手よりも、ずっと大きくて暖かい手。
「はい……」
レオン様のご要望どおり、そっと握りしめる。
「んじゃ……愛してる、アイシ、ャ……」
目が覚めたと言うのは嘘だったのだろう、レオン様はすぐ眠りに落ちてしまった。
……眠り際にとんでもない爆弾を置き残して。
「おやすみなさい、レオン様」
レオン様が眠りについたあとも、私はその手をずっと握っていた。
それから。
レオン様が無事に快復してから、私とレオン様は正式に結婚式を挙げた。
草の根からの成り上がりの騎士団長のレオン様と、同じく草の根からの成り上がりの宮廷魔法薬師である私。
こうして見ると、私とレオン様って案外似たもの同士なのかもしれない。
結婚後も、レオン様はやはり騎士団長としての任務に忙殺されることも多く、そのレオン様と結婚した私もまた、宮廷随一の魔法薬師だと持て囃されながらも、故郷のマルタの町に送る魔法薬と、この王国に必要な魔法薬を作り上げていく。
お互いがいくら忙しくても、レオン様は変わらず私を愛してくれるし、そんなレオン様を私も愛している。
……そうそう、あのボンクラは騎士団の詰所に連れて行かれた後、魔法鑑定士の立ち会いの元、真っ黒な余罪がたくさん出てきたらしく、当分の間レイソール王国で身柄を拘束され、フローレ王国に戻れそうもなく、戻されたところで魔法薬師の資格も剥奪されるとのこと。ざまぁ。
そのグッドマンとの関係性からあの痴女にも容疑がかけられ、現在詰問中らしいが、元より"あぁ"なのでロクな結果にはならないだろうなと。ざまぁ。
そうして数年が経った頃には。
「おとーさん!わたしもおとーさんみたいな、きしだんちおーになるの!」
髪と瞳はレオン様に、顔立ちは私に似た、『レーナ』ちゃんは、私に抱っこされながらも、バタバタと手足を振り回して、これから騎士団の任務に向かうため白馬の手綱を引くレオン様に、そう宣言する。なかなかお転婆さんになりそう。
「おっ、レーナも騎士団長になりたいのか?女の子が騎士団長になるのは大変だぞー?」
「なるの!」
父のような騎士団長になると言っては聞かない我が娘の頭をぽんぽんと撫でて。
「レオン様、お気を付けて」
そっと、お手製の魔法薬の小瓶をレオン様に手渡す。
レオン様曰く、「アイシャの魔法薬があればどんな困難な任務だって余裕」と言う。
これもすっかり恒例になり、愛妻弁当ならぬ、"愛妻魔法薬"だと周りには囃し立てられているけれど。
「あぁ、行って来るよ、アイシャ」
レオン様はそれを左胸のポケットに納めると、そっと私に口づけを落としてくれる。
「おかーさんとおとーさん、らぶらぶちゅっちゅー!」
その様子を見上げながらはしゃぐレーナちゃん。"らぶらぶちゅっちゅ"なんてどこで覚えたのやら……
――あの日助けた騎士様が、昇格して求婚しに来ました……なんて、女の子なら誰もが夢見るロマンスを、魔法薬で叶えてしまったなんてね。
END
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