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2.騎士団長劇的ビフォーアフター

雨が弱まった頃を見計らって、マルタの町へ急いだ私は、その足で久方ぶりの実家へ帰宅した。 

 お父さんとお母さんは、突然帰ってきた私に驚いたが、"何かあった"のかは察してくれたのだろう、とりあえずは家に上げてくれた。


「お父さん、お母さん、ごめんなさい。……フローレ王国の魔法薬局、クビにされちゃった」


 お母さんが淹れてくれた紅茶に口をつける事もなく、私は真っ先に謝った。

 王国行きのための準備費用だって、馬鹿にならない金額だったのに、喜んでそれを払ってくれた両親の厚意を無碍にするようなことをしてしまったのだ。


「……何か、あったのか?」


 お父さんがその理由を優しく訊ねてくれたので、私は魔法薬局に勤めるようになってからのことを細大漏らさず話した。

 当然、グッドマン局長やナタリーのことも、私から見たありのままを、脚色せずに話した。

 すると、


「ハァー……むしろ、辞めてくれて良かった。そんなところにいたら、アイシャがいつ過労で倒れていたことか」


「そうねぇ、話を聞いたところ金払いも悪そうだし、それに……アイシャ、あなた最近眠れてないんじゃないの?目の隈がすごいし、目だって真っ赤よ?」


 怒るどころか、お父さんはむしろ安心して、お母さんは私の顔を見て寝不足が続いていたことを見抜いていた。


「確かにここ一週間くらいちゃんと寝れてないけど……怒らないの?私、せっかくの王国行きを台無しにしたのに」


 恐る恐る、そのことを訊ねると、お父さんはふんすと憤慨した。


「怒りたいとすれば、むしろその魔法薬局の局長にだな!」


 お母さんもやれやれとジェスチャーを見せながら、


「そんな寝不足になるほど頑張っていたアイシャに何も労わないなんて、その局長さんも随分人を見る目が無いのねぇ」


 私を責めるどころか、グッドマン局長に次々に悪口を言っている。

 陰口と言えば陰口だが、内容は全部事実だから私は何も否定しないけど。


「まぁ、グッドマン局長に物申したいことは百ほどあるが、今日はゆっくりしなさい」


「そうそう。アイシャのためにも、今日の夕食は奮発しようかしらねぇ」


 親不孝も同然のことをして突然帰ってきたのに、暖かく迎え入れてくれる両親の存在に私は心を洗われ、思わず泣いてしまった。






 実家に帰ってきてからの数日間、私は町の昔馴染みの友人や知人、幼年学校の恩師に会いに行き、きちんと三食食べて、夜は長風呂に浸かり、ゆっくりと眠ることで、疲弊しきった心と身体を癒やしていった。

 その間に、両親にはこれからの自分の身の振り方――このマルタの町で、小さな魔法薬売りを営みたいと相談し、二つ返事で了承してもらった。


 心と身体を癒やす日々を過ごしつつも、実家の庭先にカウンターを作り、私が自作した魔法薬――体力回復や滋養強壮、栄養補助、美容、この周辺で確認されている毒に合わせた解毒薬や傷薬などを並べる。


 まずは、この店の存在を町の人々に知ってもらうことから始めるのだ。


 口コミや噂話などはお母さんの得意分野だ、すぐに町の奥様方に知れ渡るだろう。






 ――そうして、魔法薬売りの真似事を庭先で始めて数ヶ月が経った頃。


「アイシャちゃんの魔法薬は本当によく効く」


「欲しいと思った時にちゃんと置いてある」


「相談してみると、個人に合わせた魔法薬も作ってくれる」


「お値段も良心的で財布に優しい」


 お母さんが撒いた噂の種は、瞬く間にマルタの町とその周辺に拡散した。

 それどころか、私の魔法薬を求めてわざわざ隣町からやって来る人も現れた。


 おかげで私はまたも忙しい日々に見舞われることになったが、フローレ王国の魔法薬局にいた頃とは違う。

 あり過ぎるやり甲斐と、「ありがとう」と笑顔で返してくれるお客に満ちたこの忙しさは、何ら苦ではないのだから。


 今日も朝早くから森に赴いて魔法薬の素材を採集し、帰ったらすぐに開店の準備を急ぎつつ、採集したばかりの素材を使って調薬し、また個人に合わせた魔法薬も同時に作る。


 今の季節が一段落したら、今のお店をより良くするために、経営方針を一度見直してもいいかもしれない。

 経営方針の見直しなんて、向こうにいた頃には考えもしなかったことだ。


 あぁ、やっぱりフローレ王国の魔法薬局なんて、辞めて正解だったな――。






 一方その頃、フローレ王国の魔法薬局は。


「おぉい!何をやっているんだ!」


 グッドマンはナタリーを侍らせながら、調剤室のドアを乱暴に開けながら怒鳴り散らす。


「納期はとっくに過ぎているんだぞ!まだ出来ていないのか!?」


「…………見て分かりませんかね?」


 調剤室にいる局員達は皆、死人の目でグッドマンを睨みつける。

 その異様な雰囲気に、グッドマンは一瞬たじろいだが、すぐに踏ん反り返って怒鳴り散らし直す。


「遅すぎる!お前達は今まで一体何をやっていたんだ!?」


「…………調剤漬けの日々ですが何か?」


「寝る間も惜しんでこれか!?全くなんて体たらくだ!」


「アイシャ」


 すると、女性局員の一人が振り返った。

 見れば、睡眠どころか食事もまともに摂っていないのが丸分かりで、白衣も薄汚れたまま着ているところ、着替えもしていないようだ。


「これまでの短期納品は、アイシャがいたから何とかなっていたんですよ」


 便乗するように、男性局員の一人も。


「アイシャの調薬魔法技術は天才です。私達が何時間も掛かるような行程を、ものの数分で仕上げていましたから」


 それを皮切りに、他の局員らも。


「アイシャが提供してくれた魔法薬に何度も助けられました」


「アイシャがいればこんなことにはならなかったのに」


「アイシャをどうしてクビにしたんですか」


「アイシャを呼び戻してくださいよ」


 口を開けば皆が揃ってアイシャは、アイシャが、アイシャを、と。

 そうして次に、その死に腐った目がナタリーに向けられ、


「俺達が必死に仕事してる間、お前は何をしてたんだよ!」


「そのくせ自分の失敗を私達に押し付けて!」


「てめぇのせいでアイシャがクビになったんだろうが!」


「クビになるべきなのはお前の方だ!」


「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」


 口々にナタリーへ向けて怨嗟の声をぶつける。


「きょ……局長ぉ〜、ナタリー怖いですぅ……」


 これまでと同じように、ナタリーはグッドマンの腕にしなだれかかり、豊満な乳房を押し付ける。さらに、着崩した胸元の谷間を見せるように寄せ上げて。

 この瞬間、グッドマンの優先順位はナタリーの保身が最上位に引き上げられた。


「な……何故あんな役立たず女が一人いないだけでこうなるのだ!いいからさっさと魔法薬を作れ!これ以上の滞納は許されんからな!」


 怒鳴るだけ怒鳴って、逃げるように調剤室を後にするグッドマンとナタリー。


「冗談じゃねぇ!こんな仕事やってられっか!」


 局員の一人が、ろくな手入れも出来ていない調剤器具を蹴り飛ばし、蹴り飛ばした拍子に瓶がいくつも床に落ちて、甲高い音を立てて割れて、中身が床にぶちまけられる。


「私、辞表書きます」


「俺もだ!」


「アイシャと一緒に辞めれば良かったよ!」


「アイシャ、今頃どうしてるんですかね……」







 フローレ王国を出国して、二年が経った。


 私が経営する『レンブラント魔法薬局』は、連日繁盛。


 この頃になると、森で素材を採集するだけでは足りないので、近隣の町や集落にも素材の採集をお願いして、それを手間賃も含めた言い値で買い取らせてもらうと言うこともするようになった。


 そして今日この日。

 私、アイシャ・レンブラントは20歳の誕生日を迎えた。


 まぁ、私の誕生日だからと言って、レンブラント魔法薬局を閉める分けにはいかないので、今日も私は絶賛仕事中。

 とはいえ、今晩は両親が私の誕生日を祝ってくれるので、いつもより早く店を閉める予定だと、一週間前から告知している。

 

 さて、そろそろ店を開けなければならない時間帯が来たと思った時。


「アイシャー、あなたにお客様よー」


 お母さんが私にお客が来ていると伝えに来てくれた。


「私にお客?」


 はて、誰だろうか。

 魔法薬の相談なら営業時間内にお願いしているので、そうでない別の件、一足先に誕生日を祝いに来てくれた知人か友人か。


 多分そうかなと思って、玄関を開けたら。


「はい、どちら様……」


 ドアを開けた私の前に待ち構えていたのは、溢れんばかりの赤いバラを酒樽に詰め込んだような、特大の花束。

 その花束を抱えていたのは。


「お久しぶりです、アイシャ・レンブラント」


 私よりも頭二つは高い身長に、蜂蜜色の髪、エメラルドグリーンの瞳の男性。

 その身に纏うのは、鮮やかなワインレッドのジャケット――レイソール王国騎士団、その騎士団長の証たる赤服だった。


 お久しぶりですと言われても。


「えぇと……どなたでしょう?」


 騎士団の方々に特に知り合いはいなかったはず……

 なので、どなたかと訊いてみれば、騎士団長様は「あっちゃー」と苦笑して、片手で頭を掻く。


「いやはや、覚えてないってこれ、けっこうキツイなぁ……二年前だし、あんな一瞬の出来事だったもんなぁ」


 しゃーねぇか、と騎士団長様は襟を正して。


「レオン・ガングニール。二年前のあの時、あなたに助けてもらった騎士だよ」

 

「え……も、もしかして、あの時の騎士……レオン様ですか!?」


 嘘でしょ?

 だってあの時に出会ったレオン様は、私と同じくらいの身長だったし、着ていた軍服も下級騎士のものだったはずなのに……


 ところが、このレオン・ガングニールを名乗る騎士団長様は、明らかに身長が高く、身体つきもとても逞しく……でも、その顔立ちとエメラルドグリーンの瞳は、確かに二年前に見た、子どものように喜んでいた騎士様のそれだった。


「おっ、思い出してくれたか!良かったぁ、完璧に忘れてたらショックで立ち直れなくなるところだったぜ」


 いやはや、と安堵するレオン様。

 そう言えば、口癖なのか彼はよく「いやはや」と口にすることが多かったような。


「そ、それで……私になにか、ご用件が?」


 そう、二年前と今とのビフォーアフターが違い過ぎたせいで忘れかけていたけど、レオン様は私に用があって来たはず。

 二年前のあの日に、故郷がマルタの町だと話していたことがあったので、私がここにいることはすぐに突き止められたのだろう。


「そうそう、この花束はあの時のお礼と感謝だ、受け取ってほしい」


 差し出される特大の花束。みっちり詰め込まれたこれは、一体何本のバラが詰め込まれているのだろうか……


「あ、ありがとうございます……って、重っ!?」


 ずっしり重い!!

 普通に受け取ろうとしたら、ちょっと腰を痛めたかも。

 なんとか抱え直して。


「それと……実は、こっちが本命なんだ」


 しかも、まだ何か隠し玉を控えさせていると。

 もしかして、今日が私の誕生日だと言うことを誰かから聞いたのだろうか、誕生日プレゼントはこの酒樽のようなバラの花束で十分なのだけど……


 そうしてレオン様は懐から、手のひらサイズの小さな箱を取り出すと、




「アイシャ・レンブラント。俺と、結婚してくれ」




 カパッと開かれたその中には、指輪。

 つまり、婚約指輪のそれであり……


「え………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!??」


 あの時助けた騎士様が、騎士団長に昇格して、とんでもない誕生日プレゼントを渡しに来たのだった。

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