1話 少年剣士、食い倒れかけます
「大将、これでなんとか1食分作ってくれねえか?」
そう言いながら懐から少し汚れた1枚の銅貨を取り出す少年。
だが汚れているのは銅貨だけではない、少年自身も何日も風呂に履いられていないのだろうと分かる程薄汚れていた。
アルス王国の王都アルス。確かにこの都じゃ浮浪者なんて珍しくもない。
だがしかし、この少年はただの浮浪者ではなさそうだった。
ゆったりとした和装に、腰に差した湾曲した片刃の剣。
このあたりじゃ見かけることのないその格好から、少年は王都の外から来た人間だと分かった。
旅の途中で盗賊にでも遭ったのか、はたまた魔物に襲われたか、なんにせよ可哀想な少年だ。
「1食って言ったって……。銅貨1枚じゃガキのおやつ程度しか出せねぇぞ、せめて銅貨5枚くらいは用意してくれねぇと」
「そこをなんとか……」
空腹でまともに動けず顔をカウンターに突っ伏しながら、消え入りそうな声で少年はそう何度も懇願する。
その姿はまるで捨てられた子猫のようだった。
小さな店に店主のオヤジと少年が二人っきり、少年の小さな声と腹の虫は誰にも妨げられることもなく店主の耳に届く。
少年のそのなんとも情けない姿と庇護欲を駆り立てられる声にやられ、しかたなく店主は彼にこの店で一番低価格のメニューを作ってやることにした。
「言っておくが出世払いだ、ちゃんと金が手に入ったら差額分は払いに来てもらうからな」
「もちろんこの恩は必ず返すよ! ありがとう助かった!!」
食事にありつけると分かった瞬間、今まで元気のなかった姿が嘘かのように、少年は飛び跳ね店主に精一杯の感謝を伝える。
「2日ぶりの飯だ! 早く来ないかなぁ」
心を弾ませながらしばらく待った後、厨房の奥から美味しそうな匂いと共に、店主の娘であろう小さな女の子が料理を運んできてくれた。
「お……おまたせしました、ごゆっくりしてください!」
その女の子は大きめの足場に乗り、プレートを揺らしながら少し危うげに料理を少年の目の前に置いた。
「ありがとう、家のお手伝い頑張れて偉いね」
少年は料理を受け取りながら、家業を手伝う女の子に対して労いの言葉をかける。
しかし女の子は人見知りなのか、顔を赤くしてすぐ厨房へと逃げてしまった。
さっきの様子からも分かるくらい、人見知りながらも一生懸命家族の手伝いをするその女の子の健気さと、金のない自分に食事を恵んでくれた店主の優しさに胸を打たれながら、少年は出された料理にがっつくように食事を始めた。
「ところで、あんた王都の外の人間だろ? 金も持たずに何しにここへ来たんだ?」
娘と入れ替わるように厨房から戻ってきた店主は、少年へそんな質問を投げつける。
少年は食事の手を止め店主に軽く自分の身の上話を始めた。
少年の名前はナイトというらしく、彼は故郷の田舎を豊かにするため王都まで出稼ぎに来たらしい。
故郷の人間には、ナイトが王都へ行くことを止められたが、それでも彼は故郷を離れ長い旅路を経て王都まで来ることにしたという。
「腕っぷしとこの刀で大金を稼いで、その金持って帰って故郷の奴らに贅沢な暮らしをさせてやりてぇんだ」
ナイトは目を輝かせながらそう締めくくった。
彼自身、必ずやり遂げるというある種絶対の自身があるのだろう。
しかし、そんなナイトとは裏腹に、店主はとても心配そうな表情をしていた。
「確かに立派な目標だとは思うが」
店主はナイトの格好を確認するように見つめながらこう続ける。
「あんた、王国最東の小さな村出身だろ。あそこの人間は……」
「ああ、魔術は使えないし、魔力も無いから魔力による身体能力の強化もできない」
そう言い切るナイトは、恥じることも卑下するようなこともないといった様子だった。
『魔術』それは人類が生み出した叡智の結晶であり、人類誰もが使える当たり前の技能である。
この世界の人間にとって、『魔術が使えるかどうか』が、『人と獣の境目』だと言っても過言ではない。
しかしナイトら一族は、誰一人としてそれら魔術を使うことができないのだ。
「言っちゃ悪いが、それだと望み薄いんじゃないか? あんた見たところ剣士だろ、うちみたいな場所ならともかく、戦闘職で魔術が使えないんじゃどこも雇ってくれないと思うぜ」
「心配いらないって! 確かに魔術は使えないけど、俺剣術にはけっこう自信あるんだ! なんたって、俺は……」
ナイトが自信あり気にそう言いかけた瞬間。
『ドンッ!』
店のドアが勢いよく開き、二人の男が中に入ってきた。