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前世からあなたを  作者: 七瀬翔
本編
5/20

アロイス

 その後数日は侯爵を迎え入れるための準備に奔走した。

 使用人は数えるほど。だから、リディも準備を手伝った。

 侯爵をもてなさなければならないため、ドレスも新調することにした。

 きっとリディはこの婚約を結ばない。だから、新調しても無駄だと思ったが、父の気持ちを考え、甘えることにした。

 当日はリディが母と共に準備している間に、父がリヴァイン侯爵の相手をしてくれることになっている。


 「初めまして。ユストファ子爵家へようこそお越しくださいました」


 階下から父の声が聞こえる。


 「どうやら来たみたいね」


 リディの髪を結ってくれている母がリディの顔を覗き込む。


 「そう、だね」


 一体どんな人なのだろう。


 「母さんはリヴァイン侯爵のこと知ってる?」

 「いいえ、詳しいことは何も。ただ、早くにご両親を亡くされてるってのは聞いたことがあるわよ」


 リディは思わず目を見開く。それも、あの人と同じ。


 「だから、二十二歳という若さで侯爵位を継いだらしいわ。なのに、立派にやっているそうだから、すごいわね」

 「う、うん」


 若くして侯爵位を継ぎ、王族との血縁関係もかなり薄いがある。そして、同じ歳の差。何なのだろう、この奇妙な符号は。


 「さて、できたわ。行きましょうか」


 母にそう声をかけられ、リディは椅子から腰を上げる。

 着ているドレスはこの日のために新調したもの。季節はそろそろ夏に近づいているので、夏らしい薄緑のもの。パニエはあまり広がっておらず、平民の着るワンピースのようだ。

 母がしてくれた髪型はハーフアップ。ねじって後ろで一つに結んでくれた。

 階段を降りて、父とリヴァイン侯爵のいる応接間に向かう。

 扉のノックをして母が口を開く。


 「失礼します」


 扉を開けて最初に見えたのは父の姿。

 格好は舞踏会や夜会で着る礼装姿。それ以外にきちんとした服装がなかったのだろう。

 額に汗をかいていて、緊張しているようだ。

 リヴァイン侯爵の姿は母の背中で隠れて見れなかった。

 そのまま、母と共に父の元へ行き、母は父の左側に、リディは右側に座った。

 そして、顔を上げて対面に座るリヴァイン侯爵を見て。リディは息が止まった。

 そこにはあの人がいたから。


 「リディ?どうしたいんだい?早くご挨拶を」


 父にせっつかれてようやくリディは我に帰る。


 「あ、申し訳ありません。ユストファ子爵令嬢リディと申します」

 「初めまして。僕はアロイス・リヴァインと申します」


 そして、アロイスはリディに笑顔を向けた。

 その笑顔はリディの記憶の中にある笑顔とまったく同じで。前世のことを思い出してからずっと恋焦がれてきたもので。

 流れ出そうになる涙をリディは必死に瞬きすることで散らす。


 「えっと、その、なぜ私の娘と婚約したいと?」


 娘の異変に気づかないまま、父は口火を切る。すべてを言わなかったが、父は身分が釣り合わないと、本当は言いたかったのだろう。

 身分差が大きい婚約はどちらにも不幸をもたらす可能性がある。だから、父はリディのことを心配してそう尋ねたのだ。


 「ユストファ子爵令嬢に一目惚れしたからです」


 その言葉にリディはもちろん、両親も呆気に取られる。


 一目惚れ?私に?


 そんなのはあり得ない。求婚されたと聞いた時もそう結論づけた。なのに、それが本当だったの?

 リリアーナはのちに傾国の美姫と言われるほど美しい人だった。漆黒の髪に珍しい薄紫色の瞳。父である王に厳しく管理されていたため、身体の線は細く、肌も幽鬼のように白かった。社交界の理想を具現化したような容姿だった。さらに、知識や教養も人並み以上にあり、それを賢しらに人に自慢することもない。唯一の欠点は表情がないこと。それだけだった。

 一方、リディは表情豊かだが、それ以外はリリアーナに何一つ優っていない。

 少し癖のある栗色の髪に鳶色の瞳。毎日のように外に出て畑仕事をしているので陽に焼けた肌。

 社交界では青白い肌が理想とされる。だが、リディの肌はそれとは正反対だ。

 そんな自分が一目惚れされるとは到底信じられない。

 この人の言葉通りなら、一目惚れしたのはきっとリディの社交界デビューの日。

 あの日見つめられた深い青色の瞳を思い出す。リリアーナが海のようだと思った深い深い色。その色にこの人の瞳はそっくりだった。


 対面に座るアロイスと視線を合わせて。

 リディはすぐに逸らしてしまった。

 リディと目が合うだけで、嬉しそうにアロイスははにかんだ。その様は本当にリディに恋しているかのようで。胸がどきどきした。

 恋するつもりはないのに。

 目の前のアロイスがあの人そっくりで。もしかしたら、あの人の生まれ変わりなのではないかと思いたくなる。

 容姿だけでなく、纏う雰囲気もリディの記憶の中のユリウスそっくりだった。

 でももし、アロイスがユリウスの生まれ変わりだとしても、リディがそれを訊く権利はない。

 だって、ユリウスを生涯誰とも結婚できなくさせてしまったのは、他でもないリリアーナだから。

 きっと彼はリリアーナのことを恨んでいる。憎んでもいるかもしれない。

 リディがリリアーナの生まれ変わりだと知ってもきっと相手にしてくれない。恨み言を言われてしまうかもしれない。それが怖かった。


 「そ、それは大変嬉しいのですが。私どもはリディの気持ちを尊重したいと思っていまして」


 家族の中で誰よりも早く先程の衝撃から回復した父が口を開く。


 「なので、娘が嫌だと言えば、この話を白紙にして欲しいのです」


 父がその言葉を言った時、リディはアロイスのことを見れなかった。どんな反応をするのか、見るのが怖かった。自分が望んだくせに。こんなにも怖いのはアロイスがあの人と瓜二つだから。あの人にどんなことでも拒否されるのは嫌だった。


 「ええ、もちろんです」


 アロイスの柔らかい声にリディは思わず、ひたとアロイスを見つめてしまう。

 そのリディの視線に微笑みながら、アロイスは言葉を続ける。


 「僕はユストファ子爵令嬢の意思を無視したりはしません。娘さんの考えを尊重するなんて、とても素敵なご家族ですね」


 アロイスの言葉に父も母も瞳を潤ませている。


 「そう言っていただけて、嬉しいです。娘にも話したのですが、すぐに判断することはせず、相手の方と話してみてから、この話を受けるか否か判断してほしいと言いました。なので、少し二人で話してみてはいかがでしょうか。我が家の庭はその、実用的で鑑賞できるような花はあまりないのですが」

 「それはユストファ子爵令嬢も了承しているのでしょうか」


 アロイスの瞳から少し視線を逸らしてリディは答える。


 「は、はい」


 二人きりで、なんて初めて聞かされたが、ここで拒否したところで仕方ない。それに、今のところほとんど父とアロイスしか話をしていないので、彼がどんな人なのかまったく分からない。リディが父と約束したことを果たせていない。なので、これは当然の流れだろう。


 「では、行こうか」


 アロイスは席から立ち上がると、リディの元まで移動し、手を差し出してくれる。

 少し躊躇ったものの、リディはそこに自分の手を重ねる。

 ちらっと後ろを見やると、にこにことした表情で両親は見送ってくれた。

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