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善人と悪人  作者: 夜市
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狂った世界5

「ただいま」


 啓治が善人殺しの諸々を処理し終えて帰宅すると、良椰はソファーにうつ伏せに寝転がったまま「おかえり」と片手を上げた。相変わらずだらしないなと思いながら、啓治はコートをハンガーにかけてからコーヒーを淹れるためにやかんに水道水を入れる。ガスコンロのつまみを左に回せば、ボッという音を立てて青い炎が燃え上がった。啓治と良椰の部屋にある家電はガスコンロやコード付きの掃除機など、一昔前のかなり型落ちしたもので占められている。その理由は二人が物に対して無頓着なのと、此岸町に普及している最新式の家電を使いこなせないからであった。つまるところこの二人は機械音痴なのである。家の中だけを見れば、誰もここが高級マンションの最上階だとは思わないだろう。


「で? どうだったんだよT地区の案件は」

「ああ、うん」


 啓治の煮え切らない返事に、良椰は「ああ?」と低い声をだしてソファーから起き上がった。


「なにかあったのか」

「善人殺しの方は特に進展なし。いつもと同じように頸動脈をスパッと切られてお陀仏。でね、報告を終えて帰ろうとしたら電話があった。善人殺しの調査を悪人に依頼することにしたらしいよ」

「は? 正気か?」

「電話の相手は主席秘書官殿だったからね。疑う余地もなく事実だよ。全く、上の奴はどいつもこいつも気が短いよね。初めて善人殺しが起きてからまだ一ヶ月経ったくらいよ?」

「悪人に好き放題やられて我慢ならないんだろ」

「犯人が悪人かどうかはまだ決まってないよ、良椰」

「んなもん考えるまでもなくあのゴミ虫共に決まってる」

「ねえ良椰、なんでそんなに悪人を毛嫌いしてるわけ? 双子の妹ちゃんは悪人なんだよね?」

「あいつの話はするな」


 良椰に睨みつけられた啓治は「はいはい、ボクが悪うございました」と引き下がる。


「それで、善人殺しの件どうするんだ? 手を引くのか?」

「まさか。犯人が気になるし、調査を継続するかしないかはそっちに任せるっていわれてるから続けるよ。それに調査を依頼する悪人が偶然知り合いだったから、進展があったら共有していこうと思ってる」

「あっちに知り合いがいるのなんて、お前くらいじゃないか?」

「そうかもね。前からいってるけど、俺善人だからとか悪人だからっていうだけで人を判断するのが好きじゃないんだ。遠い祖先が犯罪者だったからってまとめて悪人として括るとか、狂気の沙汰だよ」

「そんな考えを持ってるから異端者扱いされるんだよ」


 境啓治は善人だ。しかし悪人を諸悪の根源であるとして害虫扱いする善人が大多数を占める中、彼は稀有な例外だった。その視点はどこまでも公平かつ中立的。調査結果が示す事実が全てという、遠い昔にいた警察官のような考えを持つ人物であった。粛々と近所の困りごとを解決していたらいつの間にかその話が政府の耳に入り、気付けば自警団をやる運びになっていたというわけだ。ちなみに良椰は自警団を立ち上げるにあたって啓治が引き込んだ人物で、二人は遠縁の親戚であった。


「良椰、夕飯はもう食べた?」

「まだ」

「じゃあ外に食べにいこうか」

「やだ、面倒臭い」

「早く着替えないと寝間着のまま連れていきますよ、物臭坊ちゃん」

「チッ、五分待ってろ」


 彼岸町には食べ物屋が溢れている。一歩外にでれば和洋折衷好きな物を腹一杯食べられる。それがいかに幸せなことか、この町に住む住人たちは知らない。エレベーターで地上へと降下する中、啓治は彼岸町を眺めながらそこにいる友人に思いを馳せていた。



*  *  *



——ピンポーン。


 史の家に来客を知らせる軽快な音が鳴り響いたのは、もうすぐ正午を回ろうかという頃。リビングで真夏と話していた結は、史に連れられてリビングに入ってきた背の高い黒髪の青年に気付き、ソファーから腰を上げた。


「こんにちは、啓治さん」


 真夏が笑顔であいさつをすると、長身の青年は「こんにちは真夏ちゃん」と人の良さそうな笑みを顔に塗り広げる。青年の視線はそのまま真夏の隣にいる結へと横滑りした。


「君が噂の結ちゃんかな?」

「はい。新他結です」

「ボクは境啓治です。どうぞヨロシク」


 差しだされた右手を握り返すと、にやりと静かに笑みが深められる。結は咄嗟に手を引こうとしたが、啓治の手に力が込められたことでそれはかなわない。警戒する結を追い詰めるように、啓治は握った手を引き寄せると結の耳元で囁いた。


「初対面でいうのもなんだけど、結ちゃん俺の好みど真ん中なんだよね。ねえ、俺と付き合わない?」


男性に迫られるという予想外の展開に結が硬直していると、後ろから夜のゆったりとした声が助け舟をだした。


「啓治さん、結ちゃんが固まっちゃってますよ。守備範囲が広いのはいいですけど、そういうことはヨソでお願いします」

「はーい」


 啓治は観念した様子で両手を顔の高さまで持ち上げると、結から数歩距離を取った。


「ごめんね結ちゃん。今のは冗談だから」

「その割には目がマジだったよ啓治さん」

「あ、バレた? いやー、結ちゃんがどんぴしゃで好みだったからつい熱くなっちゃった」


 啓治と夜の会話を耳に入れながら呆けるしかない結。

 すると真夏が「結さん、こちらに避難してください」と結を啓治から一番遠いソファーへと案内してくれた。


「ありがとう真夏ちゃん」

「いえ。啓治さんは悪い人ではないんですけど、行動が予測できないところがあるんです」

「うん、そうみたいだね」


 結は昨日の歓迎会前にすっかり真夏と打ち解け、「どうか楽に話してください。それからできればさん付けはやめて頂けませんか? 私の方が年下なので」という真夏の希望により敬語をやめて真夏ちゃんと呼ぶようになったのだった。結と真夏が他愛のない話をしていると、ガラステーブルを挟んだ向かい側のソファーに史と啓治が、誕生日席に夜が腰を下ろす。一人一人の顔を見渡したのち、史が軽く息を吸い込んだ。


「全員揃ったところで、一つ重要な話がある。昨日の夜、僕のところに此岸町で起きている善人殺しの調査依頼がきた。主席秘書官がいうには、害虫駆除は害虫にやらせようということらしい。啓がいるのは事件の詳細を共有してもらうためだ。今後は自警団と共同戦線を張って善人殺しを追う形になる。真夏は色々思うところもあるだろう。だから強制するつもりはない。納得のできる者だけここに残ってくれ」

「水くさいな史。こういう時は「協力してくれ」っていえばいいんだよ」

「善人殺しのことは私も気になっていたので、微力ながらお手伝いいたします。それに兄とはどこかできちんと話したいと思っていましたから」


 夜と真夏が史に協力することを宣言すると、史が「結はどうする?」と視線を向けてくる。結の心はすでに決まっていた。


「僕も、参加しても良いですか? 今は一つでも多くこの町のことを知りたいんです。一日も早く、記憶を取り戻せるように」

「もちろんだよ。それじゃあ本題に入ろうか。啓、頼んだよ」

「はーい、任されました」


 史から話を引き継いだ啓治は、善人殺しについてまとめた資料を全員に配った。


「細かく話してると日が暮れちゃうから、諸々割愛して簡潔にいくね。詳細はその資料にまとめてあるから、あとで各自目を通しておいて。まず、善人殺しが初めて起きたのは約一ヶ月前。それから今日までの間に五人が殺されてる。殺されたのは善人殺しという名前通り全員善人。死因はいずれも頸動脈を掻き切られたことによる失血死。一撃で仕留めてることから、殺しに慣れた人物だと推測できる。今のところ目ぼしい手がかりはなし。以上」


 からりと晴れた初夏のような笑顔で言い切った啓治に反論したのは、意外にも夜であった。


「自警団が一ヶ月調べてて足取り一つ掴めないとかありえなくない? 啓治さん手ぇ抜いてるでしょ」

「失礼だな。ボクはいつでも全力よ?」

「そんな芝居がかった口調で全力っていわれても、全然説得力ないよ」

「やだっ辛辣! さては遅れてきた思春シね?」

「シシュンシ?」

「盛大に噛みました」

 

 どんどん本題から逸れていく二人を見守ることしかできない結。結の隣で小さく肩を震わせて笑いをこらえている真夏。このまま話は明後日の方向に飛んでいくかと思われたが、史の一声で脱線しかけた話は元に戻った。


「時間は有限だ。啓、君は今三人の時間を奪っている。そのことをもう少し自覚してくれるかい?」

「はい、スミマセンデシタ。えーっと、どこまで話したっけ?」

「事件のあらましまでだよ」

「あー、そうそう。そんなワケで、こっちは現状手詰まりデス。というわけで、有能な夜くんの力をお借りしたく思います!」

「いうと思った……」


 額を押さえて嘆息した夜は、「仕方ないな」と机に置いてあったノートパソコンを膝の上に乗せ、絶え間なくキーボードを叩き始める。あまりに早いタイピングに結が見入っていると、真夏がそっと教えてくれた。


「夜くんはパソコンが大好きなんです。大抵の情報は調べられるそうですよ」

「そうなんだ。すごいね」

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