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善人と悪人  作者: 夜市
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逝者は語る6

 突然結の前に現れた男は、挙動も言動も不可思議な点が多い。まるで二つの人格が一人の人間の中に入っているかのようだ。けれど男の口振からして、結を知っていることは間違いない。結の父親の話をだしたことから、家族ぐるみで付き合いがあったと推測できる。ユウヤという名前に覚えはないが、よく考えれば「結」は本当の名前を忘れたからと戒慎の勧めで後からつけたものだ。ということは、ユウヤという耳慣れない名前こそが結が忘れてしまった本名なのかもしれない。


「あなたは、僕のことを知っているんですか?」

「帰ろうユウヤ。意地を張ればあとで辛い目に遭う。それはお前自身が一番よく分かってるはずだ」

「答えてください。あなたは僕のなんなんですか?」

「———ふざけるのも大概にしろ」


 男の声から感情が削げ落ち、フードの下から刃のように鋭利で冷たい視線が突き刺さる。ぶらりと垂れ下がっていた手が結を掴もうと伸ばされる。その時、結の頭の中でいくつかの場面が早送りで再生された。記憶にないその光景の中で、結は男と親しそうにしていた。しかしその場所は彼岸町とは正反対のあらゆる物が発展した町。二人がいたのは、以前戒慎と二人で時計塔の上から見下ろした此岸町だとすぐに分かった。だからこそ結は余計に混乱した。男が結に向かって大きく踏みだしたことでフードが取れ、耳についているインカムと左手首の内側に入れられた星の刺青が目に入る。先日吊り橋で倒れていた冴木の耳にもインカムがついていた。銀の腕輪は悪人の証。善人の証は恐らくインカムだろう。記憶を失う前の結は此岸町で善人のこの男と親しくしていた。もしこれが過去の記憶だとすると、結が悪人であるという事実が揺らいでくる。真夏のように元は悪人で、なんらかの罪を犯して悪人になった? 出会い頭に男は帰ろうといった。親が心配しているとも。それはつまり、此岸町へ帰ろうということではなかろうか。そうなると親に売られて悪人になったという線は消える。それならばなぜ結は彼岸町にいる? 思考が絡まり合い、結は迫ってくる男の手を見つめることしかできない。すると、後ろから強い力で手首を引かれた。町からひどく浮いた神父服に包まれた背中が結を守ように男との間に入る。肩で息をする戒慎は、正面から男と対峙した。


「誘拐は犯罪だよ」

「部外者は黙っていろ。これは俺たちの問題だ」

「部外者じゃないよ。僕は歴としたこの子の知り合いだ」

「口でならなんとでもいえる。ユウヤを渡せ」

「断る」


 一触即発の空気が流れる中、男のインカムが青く発光しながら無機質な音を奏でる。インカムに手を添えて「はい」と声をだした男は、二言三言応対したのちにフードを被り直す。


「またくるよ、ユウヤ」


 踵を返す直前に結に向けられた笑顔には、親愛と執着が潜んでいた。


「結ちゃん大丈夫? けがは?」

「してません。戒慎さんがきてくれなかったら、正直どうなっていたか分かりません。助けてくれてありがとうございます」

「そっか、無事で良かった。結ちゃんこのあと時間ある? 僕の教会、まだちゃんと見たことなかったよね」


 戒慎が教会の大扉を開けると、その先は別世界だった。正面の壁にはめられた大きなステンドグラス。そこに描かれた聖母マリアは、太陽という後光を受けて淡く輝いている。窓は小さめで、教会内は昼間だというのに夕方のように薄暗い。祭壇を向くように整然と並べられた長い白木の椅子の背もたれには、それぞれ違う色のキルトがかけられている。祭壇まで伸びたタイルは大理石だろうか。彼岸町にある建物とは思えないほど手と金がかけられているなと思った結の心を読んだかのように、戒慎は「綺麗でしょ、ここ」と教会全体に目を向ける。


「ここはね、史が建ててくれたんだよ」

「史さんが? でも悪人は税率が高いから生活が苦しいんじゃ」

「うん。史はね、悪人の中でも色々と例外なんだ。善人の知り合いが多いし、顔も効く。それに史は昔から世渡りが上手だから」

「ずっと思ってたんですけど、史さんと戒慎さんと啓治さんはどういうご関係なんですか?」

「僕たち三人はね、幼馴染なんだ。十三年前までは僕の妹の凪と四人でいるのが当たり前だった。長くなるから座ろうか」


 白木の椅子に腰を落ち着けると、戒慎はステンドグラスを見上げながら昔を懐かしむように語りだした。

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