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善人と悪人  作者: 夜市
11/13

逝者は語る5

*  *  *



「もしもし? いやーごめん。色々あって黒幕が政府だってみんなにバレちゃったよ」


 啓治が電話越しに史と戒慎に謝ると、二つの深いため息が返ってきた。


『いつかこうなるだろうとは思っていたよ。予想よりだいぶ早かったけどな』

「ごめんって史。せめて弁解はさせて。誓って俺のせいじゃないから」

『じゃあ誰のせいなんだ?』

「写楽だよ。あいつ、冴木の胃の中からUSBが出てきたって黙ってたんだ。で、史の家でみんながいる時に暴露してくれちゃったわけよ。これだから愉快犯はさあ」

『『ああ……』』


 ぴたりと被った史と戒慎の声。その二文字には「それは仕方ないな」という納得と諦観が込められていた。


『それで、啓は謝罪するために電話してきたの?』

「戒さん、これでもボク多忙な身よ? 本題は別。結ちゃんのことでちょっと気になることがあってね。俺の思い過ごしかもしれないから、二人の意見を仰ぎたくて」

『どんなこと?』

「昼間、結ちゃんに電話がかかってきたんだよ。『理由はなんですか?』しかいわなかったから電話の内容は分からない。でも少なくとも、間違い電話に対して「理由はなんですか」とはいわないでしょ。意味のない嘘をつくような子じゃないし、短いやり取りの中で相手に通話内容を伏せるよう指示されたと考えるのが自然だ。ボクの考えすぎかな?」

『杞憂じゃないと分かってるからこうして電話してきたんだろう』

「さすが史、鋭いね。本当は俺が動きたいんだけど、あまり立て続けにそっちに行ってるとお偉いさんが変な邪推をしてきて面倒なんだよね。だから史か戒にどうにかしてほしいんだけど」

『僕は用事が立て込んでてしばらく時間を作れそうにないんだ。戒はどうかな』

『明日なら一日空いてるから、僕が行くよ』

「じゃあ頼んだよ戒」

『うん』


 話がまとまったところで、啓治はふと少し前に戒慎から聞いた結に関するある話を思いだした。


「ねえ神父様、結ちゃんに教えてあげなくていいの? 君は善人なんだよって。戒は記憶を失う前の結ちゃんと関わりがあったわけでしょ。なんで他人のふりをすることを選んだの? 素直に話してあげればいいじゃない」

『……知らない方が幸せなこともあるよ』

「戒が黙秘するから、俺と史は記憶を失う前の結ちゃんが訳アリの善人だったってことしか知らない。悲惨な現実から遠ざけるのも一つの守り方だ。でも選択権くらいは与えてあげてもいいんじゃない?」


 そこで二人の会話に耳を傾けていた史が、吐息に微かな笑みを織り交ぜた。


『そういう啓はやけに結を気にかけるね。もしかして惚れたのかい?』

「まさか。でもまあ、興味をそそられるのは確かだよ」

『へえ。啓、今度ゆっくり話そうか。懺悔室で』

「なんですでにやらかしたことになってんの!? 俺まだなにもしてないから!」


 口にしてすぐに啓治は墓穴を掘ったと額に手を当てた。啓治の失言をしっかりばっちり聞いていた戒慎が「そっかあ」と穏やかに相槌を打つ。凪いだその声が今は逆に恐ろしい。


『僕の記憶では、戒の恋愛対象は異性だったと思うんだが。いつの間に変わったんだい?』


 本気とも冗談ともとれる史の平坦な声が、啓治の恋愛観に言及する。啓治は「うーん」と頭を捻った。


「俺も自分は異性愛者だと認識してるよ」

『だが、結くんに会ってその定義が覆ったと?』

「いやー、だってあの顔よ? 史は一緒に住んでてなんとも思わないの?」

『僕は試されているのかな。それとも安易な挑発かい?』

「ごめん、今のなし! 失言でした」

『———史。忘れろとはいわない。でも君は今も生きている。前を向いて歩きだしても、なぎは怒らないと思うよ』


 戒慎がだした凪という名前が息苦しい静寂を生みだし、三人の呼吸音だけが携帯電話に拾い上げられる。凪の肉親である戒慎はもう前を向いて歩き始めている。けれど彼女と恋仲にあった史は、未だにあの日に囚われ続けている。戒慎はそれがどうしようもなく歯痒く、またやるせなかった。気まずい空気を取り払うように、啓治は「そういえばさあ!」と努めて明るい声で強引に話題を変えた。


「そっちの首尾はどうなの? 俺たちの希望ホープ


 啓治に名指しされた希望、もとい史は『万事つつがなく進んでいるよ』と計画は順調であると告げる。


「それはなにより。結ちゃんがこっちにきたことが吉とでるか凶とでるか、今から楽しみだね」


 三人の大人による希望という名の壮大な企み。その全貌は、夜空に浮かぶ月だけが知っていた。



*  *  *



 指定された十時に遅れるわけにはいかないと思い、結は九時に家をでた。なぜ約束の時間より一時間も前に出発したのかというと、真夏に疑われることを避けるために朱雀門の場所はこれから道ゆく人に尋ねることにしたからである。結が朱雀門の場所を聞けば、優しい真夏は十中八九案内を申し出てくれるだろう。しかしそれでは一人で行くという約束を破ることになってしまう。適当な理由をこじつけて朱雀門の場所を聞きだすこともできたが、結は初めてこの家で会った時から優しくしてくれた真夏に嘘をつくのが心苦しかった。そんなわけで、結は早めに家を出発して通行人に朱雀門までの道を聞くことにしたのだった。真夏はというと、結が「記憶を思い出すヒントになるかもしれないから、彼岸町を散策してくるね」と話したら笑顔で送りだしてくれた。史の家をでると、早速壮年の男性が歩いていた。


「すみません、道をお尋ねしたいのですが」

「ああ、構わないよ。どこへ行きたいんだい?」

「朱雀門まで行きたいんですけど」

「朱雀門ならここからでも見えるよ。ほら、あそこだ」


 男性が指差した先では、重厚な朱塗りの門が町並みから大きく飛びだしている。これなら迷うことはなさそうだ。男性に頭を下げた結は、緊張と不安を胸に朱雀門を目指した。なにが記憶を取り戻すきっかけになるか分からないため、歩きながら様々な物に目と意識を向けた。町並み、道端に咲く花、目立つ建物、すれ違う人々、空の色など。戒慎と時計塔を目指していた時は人が住めるような場所ではないと思ったが、じっくり観察してみると彼岸町はなかなかに趣深い町だった。退廃の色は濃いものの、そもそも時を経れば万物は廃れてゆくのが自然の摂理だ。そう考えればこの町はなにもおかしくはなかった。周りの景色に夢中になっている内に、結はいつしか朱雀門に辿り着いていた。


「約束の場所はここだけど、電話の人はもうきてるのかな?」


 電話の相手を探すべく周囲を見渡したところで、結は致命的な事実に気がついてしまった。結と電話の相手は一度も会ったことがない。つまり互いの外見を知らないのだ。これでは待ち合わせをしたところで意味がないではないかと頭を抱えそうになった時、肩に手が置かれた。


「帰るぞ、ユウヤ」

「え……? っ!?」


 親しい友人にするように左肩を組まれ、胸辺りで垂れていた男の手が不意に結の顎を掬い上げる。次の瞬間、唇に吐息が触れた。咄嗟に自由のきく右手を口に持って行ったため間一髪接触は防げたが、フードを目深に被った見知らぬ人物はそのまま結の手の甲に唇を押し当てた。ゆるりと細められた目は、胸焼けを起こしそうなくらいに甘い。しかし闇よりも暗い漆黒の瞳の奥には、相反するように淀んだ狂気が沈殿している。得体の知れない恐怖が結の背筋を震え上がらせた。


「なっなんなんですか急に!」

「それはこっちの台詞だ」


 静に細められた漆黒は、口を押さえている結の手をいとも簡単に引き剥がす。怯える結をよそに鼻先が触れ合い、男が心の奥底まで見透かそうとするように結の目を凝視してくる。そのまま数秒が過ぎると、男は細く唇を開いた。


「ユウヤ、ふざけているのか。あるいはタチの悪い冗談か?」

「僕はユウヤじゃありません。人違いじゃないですか?」

「……本気でいっているのか?」

「ふざけているように見えますか」

「見えないな。……この数日でなにがあった?」

「その前にあなたは一体誰なんですか? もしかして、記憶をなくす前の僕の知り合い?」

「記憶をなくす前のって、お前まさか記憶喪失か?」

「はい。なので以前の僕のことを知っているのなら教えてください。お願いします!」


 結が頭を下げると、男は苛つきを押し込めるようにガシガシとフードの上から後頭部をかき乱した。


「とりあえず場所を移そう。ここでは人目が……うっ!」


 言葉の途中で低く呻いた男は、頭を押さえたままよろよろと後ずさる。再び顔を上げた時には、顔つきもまとう雰囲気も全くの別人になっていた。闇よりも暗い漆黒の瞳の奥には、どす黒い狂気が沈殿している。


「ユウヤ、ようやく会えた。なぜ俺の前から姿を消した? どれだけ心配したか分かるか? 師匠が死んでから、お前だけが俺の拠り所だった。お前がいないと俺はもう、生きていけない。帰ろう。親父さんもお前の帰りを待ってる」

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