99. 招待客と侯爵の考え
ダリアス視点です。
リアナが無事に座ったのを確認し、ダリアスはギルバートの元へ向かう。
ギルバートは来ることがわかっていたのか、こちらに楽しそうな笑みを浮かべていた。
「ダリアス、どうかね」
「ありがとうございます。十分です」
ギルバートの言葉に、感謝を伝える。
最初はどうなることかと不安だったのだが、杞憂に終わったようだ。
リアナが楽しそうに笑っている姿を見て、ダリアスは安堵の息をつく。
「私ができるのは、ここまでだ」
「有難い限りです」
リアナはガラスのお披露目かと思っているだろうが、本当の目的は違う。
今回の主役は、リアナ自身。
お披露目という名の、ギルバートの忠告。
話はここだけではおさまらず、すぐに貴族間で話が回るだろう。
だが、それよりも気になることがある。
「リアナのピアス。あれはどういうことですか」
「あれはカロリーヌが用意した。私はなにもしていないよ」
楽しそうに笑うギルバートに、深くため息をつくのを耐え、笑みを保つ。
ダンスを踊るたびに、視界に入っていた。
リアナの耳に揺れていた赤色のガーネット。
その色がフーベルトの髪色に合わせられたことは、一目でわかってしまった。
そして、最後にその宝石とよく似た色を持つ相手と踊れば、誰でもわかるはずだ。
リアナには想い合う相手がおり、それがフーベルトであると。
事実は異なるのだが、確実に外堀を埋め出している気がする。
ギルバートの入れ知恵ではないのであれば、カロリーヌ様にも困ったものだ。
「これぐらい、いいではないか。なにか問題でも?」
「問題しかないです。ドレスのデザインは素敵ですが…」
「あれはいいな。よく似合っている」
リアナのドレスは貴族のものよりデザインは控えめだが、素材は一級品。
しかも、今回はカロリーヌが用意したのだ。
それが当たり前なのだが、リアナがそれに気付くと一歩も動けなくなるため、黙っておいた。
だが、そのおかげで高位貴族の横に立っても恥ずかしくはないものである。
「そういえば、招待客を出迎える時、夫妻でリアナを挟んでいたらしいですね。レオン様から聞きました」
「あれが一番、手っ取り早いだろう」
通常ならば、ギルバートの横は妻、そこに続いてリアナを立たせる。
シュレーゲル家の当主とその妻の間に立つということは、リアナを『娘扱い』している、あるいはそれほどに近しい者と知らせたことになる。
「…お気遣い、ありがとうございます」
「あぁ。ダリアスのために、基本は見知った人しか招待していない。そのことについては、どうだ」
「ありがとうございます。動きやすいです」
その声に、招待された人物を見る。
招待客の名簿をもらうまでは少し不安だったが、それもすぐになくなった。
自分の学院の頃の研究会での仲間や仕事で見知った人物が多かった。
しかも、今回はリアナにための人選をしてくれたらしく、ギルバートと同じ派閥の貴族でも、更に厳選しているようだ。
「しかし、この中で唯一知らぬ貴族がいるだろう。リアナに接触する機会をずっと伺っている」
「一名、気になっておりました」
ギルバートの言葉に、ダリアスは若い貴族を睨む。
会場にいる時から一人で居心地悪くしており、リアナになんとか、声を掛けようとしていた。
ギルバートは意味もなく、あの貴族を呼んだわけではないだろう。
若い貴族を睨むのをやめ、ダリアスが自分に視線を戻したのを確認し、ギルバートは話を続ける。
「あいつは、今回の問題になっている貴族の駒だ。よく動かせているようだな」
「それは…どうでしょうか。顔色が悪いです」
「弱みを握られておるのだろう。繋がれた先が、まずかったな」
繋がれた、とは、命令があれば、必ず従わなければならないということだろう。
祝いの席に、唯一、存在する異物。
会場にいる招待客の認識も同じようで、その男が行動を起こそうとするたびに、誰かが話しかけて動きを封じている。
ダリアスはリアナへ視線を移し、賑やかな机に微笑みが溢れる。
「しかし、リアナに接触するのは難しいでしょう」
「あぁ。なんとも、鉄壁の守りだな」
リアナの隣にはアイリスとクレアが、その真正面はカロリーヌが座っている。
それを取り囲むように、今日招かれた夫人達が座り、なにやら話が盛り上がっているようだ。
余程のことがない限り、近付く輩はいないだろう。
貴族の世界で一番気をつけなければならないのは、夫人達を敵に回さないことである。
その夫人にも気に入られたようで、リアナは楽しく話せているようだ。
「余程のことがなければ、手を出すことはない。これで釘を刺せるといいのだが」
「…それを願います」
今回のことで釘が刺せるとは信じたいが、それも少し信じきれない。
レオンから送られてきた情報は、すべてギルバートにも提供している。
不審な手紙に、贈り物。
そのおかげで、今回の駒を呼び出せたが、大元はまだわかっていない。
何も疑いもせずにここに来たのか、余程の理由があるのか。
どちらにせよ、あの若い貴族は、今日からしばらく、この屋敷から出られないのだが。
ダリアスが目を伏せて考えていると、ギルバートは遠くに見える赤髪の二人へ目を向けて、楽しそうな声で話し始める。
「フーベルトも、よく目立っておるな」
「エドモンド様が最後の弟子と、自慢していますからね」
エドモンドはフーベルトを連れて、嬉しそうに紹介していた。
フーベルトはあの日から、仕事を詰めて、エドモンドの元を訪れている。
魔法の制御や火魔法の応用。学ぶことも多いだろうが、仕事で手を抜くことはない。
その姿は男としてはかっこよくみえるのだが、人生の先輩としては、少し心配である。
まぁ、エドモンドが無理をさせることは無いと、わかってはいるが。
ふと、フーベルトの後ろ姿に、懐かしい人物を思い出す。
「それもあるが。亡き長男によく似ているのも、その原因だろう」
「…惜しいお方を亡くしました」
学院の頃、授業終わりに建築研究会として使用している部屋に入ると、卒業したはずのギルバートと見知らぬ赤髪の青年を紹介された。
次の年に、自分とは全く関係ない騎士のコースに通う予定だという青年を、なぜ紹介したのか最初はわからなかったのだが、同じ火魔法を使う者同士、話が合った。
彼が亡くなって、もう二十年以上は経つ。
「全く、本当にな。あの頃は、まだ魔物が凶暴であった。しかし、彼のおかげで、今、国王は生きている」
学院を卒業後、赤髪の青年は、騎士団、その中で王族の警護に当たる第一騎士団に、所属した。
昔の魔物は人間を襲い、被害者も多かった。
それが運悪く、今の国王がまだ王子の頃、隣国への道中、馬車を魔物に囲まれた。
そこで飛び出したのが、エドモンドの長男である。
強い火魔法、そして腕の立つ騎士であった。
国王の警備にあたっていたエドモンドは離れるわけにいかず、次に会った息子は虫の息だった。
最後に会えたのは、せめてもの救いか。
「…有難いことではありますが、友としては、心が痛いです」
「そうだな。私も寂しいよ」
フーベルトの成長が嬉しさと、亡き友に会えぬ寂しさに、ダリアスは少し目を伏せる。
少し思い耽っていると、ギルバートは改まった声で話す。
「しかし、これはまずいかもな」
「なにか問題が?」
「リアナはエドワードと踊る時より、フーベルトと踊っている時の方が楽しそうだったであろう」
「まぁ、確かに」
他の人とダンスをするときに比べ、フーベルトとのダンスは完璧なほど息が合っていた。
そして、ダンス中のリアナがフーベルトを見る目は、他の人とは違う嬉しさを含んでいた。
周りの認識は、ギルバートと同じ認識であろう。
リアナにそのような意図がないことはわかってはいるが、あれは少し、フーベルトが気の毒ではある。
「しかも、相手の色のピアスを身につけ、この場で踊った。このままでは本当に、エドワードの嫁にするのは、難しそうだな」
「お前は…」
ギルバートは楽しそうな表情で、こちらに笑いかけてくる。
全く。今日も相変わらず、人をからかうのが楽しいようだ。
ギルバートは執事を呼ぶと、机に赤ワインとグラスを三本用意させる。
そして、ギルバートが赤ワインを注ぐと、ダリアスにグラスを差し出す。
「ほら、乾杯しようじゃないか」
「何にだ」
「ありし日の頼もしい彼に」
「…それは名案だ」
ダリアスとギルバートは、机の上に置くワイングラスにぶつけると、一口味わう。
赤ワインは、亡き友を思い出すため避けていたが、今度、フーベルトに彼の思い出話をしながら、共に飲むのもいいかもしれない。
ダリアスはそれを想像し、少し笑みが溢れる。
「そういえば。エドモンドはこの頃、魔法だけではなく、剣も持たし出したようだな」
「それは、流石にやりすぎでは」
「フーベルトが願ったそうだ。父のように、守れる人間になりたいと」
「それは…止められないな」
出会って間もない頃、同じ台詞を、聞いた覚えがある。その真っ直ぐな目に、ダリアスは応援の言葉を送った。
フーベルトは父と同じ道に進むわけではない。
だが、少し楽しみである。
亡き友によく似た笑みを浮かべるフーベルトに、ダリアスとギルバートは、満足げに笑みを浮かべ、もう一度、乾杯をした。




