表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/125

95. ルカの特別なおまじない



 いつも通りに仕事をしていたリアナは、小さくため息をついた。



「はー…。とうとう明日か…」



 明日はギルバートに言われていた、お披露目会の日付。

 それを考えると、胃の痛みに襲われる。

 リアナは胃のあたりを撫でながら、手に持つ紙に再び目を通す。



「レオン様とクレア。マルクス様とアイリス様…じゃなくて、マルクスお兄様とアイリスお姉様」



 

 送られてきた招待客の名簿の中に、見知った人の名前を見つけて喜んだのだが、他の人が一切わからない。



「…ノイエンドルフ公爵家。でも、現当主ではなく、前当主なのね」



 名簿の端の方に書かれた公爵家の名前に、目が留まった。

 しかも、一人で来るらしく、付き人の欄は空欄だ。


 公爵家には強引な方がいると言っていたが、このお披露目会に招かれたということは、自分にとって害はないのだろう。

 

 他に、侯爵家や伯爵家の名前も見たが、不安しかない。

 隣国から取り寄せたよく効くと噂の胃薬を飲めば、この胃の痛さに耐えられるだろうか。



「リアナ、大丈夫?」

「大丈夫。頑張るわ」

「無理はだめだよ。約束」

「そうね、約束」



 ルカと約束し、リアナは少し気が楽になる。

 名簿の名前を覚えていると、父に声をかけられた。

 


「リアナ、午後はもう休んでいい。明日のこともあるし、準備も必要だろう」

「お言葉に甘えます」



 仕事に出ても、きっと今日は使い物になりそうにない。

 父の言葉に甘え、仕事は休ませてもらう。


 手に持つ紙を封筒に戻すと、一度、鞄に仕舞い込んだ。

 休憩に入る前に、仕事を少しでも終わらしておこう。

 そう考え、リアナは残っていた仕事の書類に目を通して、手を動かす。



「リアナ、ご飯食べよ!」

「えぇ。行きましょう」



 ルカに声をかけられ、昼が過ぎていたことに気付いた。

 休憩室へ移動して昼食を机に並べると、リアナはソファーの背もたれに寄りかかった。


 家に帰っても、絶対に明日のことを考えてしまいそうだ。

 そのため、父の仕事が終わるまで、ここで待つことにする。

 


「師匠がいないから、退屈」

「きっとどこかで頑張っているのよ」

「そうだね。僕も負けずに、絵も彫刻も頑張るよ」

「偉いわ。私も頑張る」



 フーベルトは、今日も仕事で外に出ている。

 この頃、絵や彫刻を見てもらえてないため、ルカは退屈しているようだ。

 しかし、フーベルトは毎日のように頑張っている。

 その姿を見習って、自分も明日を乗り越えなければ。

 たった一日のことなのだ、すぐに終わるはず。



「リアナ。明日は一緒に行けないけど、頑張るんだよ」

「そうなの?きっと、美味しいお菓子もあるはずよ」

「遠慮するよ。主役が僕になっちゃうからね」

「ハルはかっこいいから。目立っちゃうもんね」

「そうだね。よしよし」



 ハルは、嬉しそうにルカに頭を押し付けている。きっと、撫でてほしいのだろう。

 

 美味しそうに昼食を食べる姿を見守っていると、ルカは不思議そうな表情(かお)で見てくる。



「食べないの?」

「胃が痛くてね。明日なのに、もう緊張してるみたい」

「そんなリアナへ、おまじないをしてあげるよ」

「ありがとう、ルカ。あれはよく効くの」

「じゃあ、今日はいつもより張り切っちゃう!」

「ありがとう」



 ルカはリアナの横に座ると、手を繋いで、唄い始めた。

 それに合わせて、似た音を出しながらリアナも口ずさむ。

 唄が終わると、心なしか、胃の痛みがなくなった気がする。



「リアナ、なんとなく口ずさめるぐらいには、覚えてるみたいだね」

「そうね。よく効くからかしら」

「どこの言葉なんだろうね。言葉の意味が気になるよ」

「いつかわかるといいんだけど」



 きっと素敵な詩ではありそうなのだが、ルカはわからないらしい。

 似た音を出しているだけなのだが、言語的には大丈夫なのだろうか。


 ルカはハルの隣へ戻ると、サンドウィッチの続きを食べ始める。

 それを見て、リアナもサンドウィッチに手を伸ばした。



「師匠にもおまじないしたら、喜んでくれるかな?」

「きっとね」

「じゃあ、今度してみる!」



 ルカのおまじないは、自分にはこんなに効くのだ。

 きっと、フーベルトもよく効く気がする。



「でも、このおまじない、師匠と内緒にするように約束したの。今は、ハルとリアナしかいないからいいよね!」

「約束?それはどうして?」

「悪いおばけが攫いにくるって言ってたよ」



 悪いおばけとは、休憩室で起きた直後に聞いたあの話のことだろうか。


 おばけの方に気を取られて、フーベルトに抱きついてしまったが、あれは大丈夫だったのだろうか。

 嫌がられてはいなかったが、きっと呆れてしまっただろう。

 結局、フーベルトに謝ることもできなかったことを思い出す。


 だが、今はそういうことよりも重大なことがわかった。

 ルカのおまじないが原因で、おばけが来るらしい。



「じゃあ、内緒にしとこう。私ではルカを助けられないから…」

「師匠が守ってくれるって言ってた。だから、大丈夫だよ」

「フーベルトがいないときはどうするの?」

「ハルがいる!」

「おばけなんて一瞬だよ。任せなさい」



 ハルの言葉は、あまり信用ならない。

 おばけにロマンを感じているハルは、きっと守ると言いながら、観察を始めるだろう。

 それに、フーベルトが守ってくれるとしても、一緒にいなければ意味がない。


 おばけのことを考えたせいか、なんだか急に部屋の温度が下がった気がする。



「じゃあ、明日は?私の前に、おばけ出たらどうすればいいの?」

「師匠が守ってくれるよ!」

「ダリアスもクレアもいるから、大丈夫だよ」



 フーベルトは明日のお披露目会には来ない。

 商会から出席するのは、自分と父だけ。

 正直、来て欲しかったが、こればかりはしょうがない。

 だが、昔、おばけにまつわる話でハルから聞いたことがある。


 

「おばけは…透明なのもいるんでしょ?昔、ハルは言ってたじゃない…」

「大丈夫。おばけは夜にしか出ないから」

「その知識はなんなの…」



 一体どこでそういった知識を得てくるのか…。

 夜にしか出ないのなら、もう部屋の卓上ランプは消すわけにはいかない。

 明るいかもしれないが、少しすれば慣れるだろう。



「大丈夫、リアナ。もっと特別なおまじないをしてあげるよ」

「本当?じゃあ、お願いしてもいい?」

「じゃあ、ハルも。リアナと一緒にそこで観ててね」

「は〜い」



 特別なおまじないをするというルカは、少し開けた場所に立つと、なにか言葉を紡ぐ。

 そして、目を閉じると、動き始めた。



「あれは…舞?」

「そうみたいだね」



 神獣と関わりがあると聞いていたが、もしかして、神獣に捧げる舞を踊る一族なのだろうか。

 リアナが考えている間にも、舞は続き、ルカが最後のポーズをとった。


 それに拍手して近付きながら、リアナはルカを抱きしめる。



「ありがとう、ルカ。明日は頑張れそう」

「よかった!リアナのために踊ったよ!」

「美しかったわ。ありがとう」



 舞自体はとても美しかった。

 だが、ルカが子供だからであろう。今は、かわいさの方が(まさ)っている。

 それでも自分のために踊ってくれたのだ。美しいと讃えた方がいいだろう。


 リアナの言葉にルカは嬉しそうな表情(かお)をして、抱きしめ返してくれる。



「じゃあ、これも踊れるようになろうね」

「え?」

「師匠とは喜んでダンスをするのに。僕じゃ…だめ?」

「そんなことないわ。ルカとも踊れて嬉しい…」



 潤んだ目で首を傾けるルカに、即答で了承してしまった。

 だが、自分がダンスするということは、怪我人を生み出すということ。

 本格的に、罪に問われそうな気がする。



「今回は舞だから、被害者はいないよ。いてもルカかな」

「それはよくないわ。私、ルカのことを傷つけたくない。だから、私にさせるべきではないわ」

「じゃあ、舞は僕がする。なら、唄はリアナね」

「え?」

「この舞と唄はセットなの。唄もママが教えてくれたから、覚えてるよ」

「そう…」



 舞と唄なら、唄の方がいいが、ちゃんと覚えられる気がしない。

 ハルに助けるように目を向けると、わざとらしくため息をつかれた。



「諦めて。完璧にできるようになろうね」



 ハルはそういうと、口角を上げて、牙を出して笑う。

 昔は自分に不利なことがあると、必ず助けてくれていたのだが、もう助けてくれないようだ。

 リアナは諦めてルカを見つめると、笑顔で答える。



「よろしくお願いします、ルカ先生」

「任せて。僕が完璧に教えてあげるからね!」

「…頑張ります」



 きっと、頑張ればそれなりにはできるはずだ。

 ルカとの大切な思い出として、挑戦してみるのもいいだろう。

 そう考えていたリアナに、ルカは毎日寝る前に教えてくれるようになった。


 この舞と唄を見せる機会は、幾度となくやってくることになるのだが、それは少し未来の話。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ