89.クレアとの優雅なお茶会
今日は、商会へではなく、住んでいる家まで馬車が迎えにきた。
リアナはまだ予定時刻ではないため、お茶を飲みながらゆっくりしていた。そのため、化粧もまだしていない。
急いで鞄を持つと、馬車の元へ向かった。
「まぁ。化粧をしていないリアナも、かわいらしいわね」
「え、なんでいるの?」
「今日が待ち遠しくて、迎えに来てしまったわ」
馬車には、なぜかクレアが満面の笑みで乗っており、無事に連行された。
今、屋敷の中の廊下を歩きながら、リアナは少し気が遠くなっている。
そして、その原因のクレアは楽しそうにしている。
「お待ちかねの時間ね。さぁ、リアナ。あちらで、ソフィアが待っているわ。ルカとハルのことは、私に任せておいて」
「…お願いします、クレア様」
「クレア、よろしくね」
「今日は、頑張れる気がするよ」
先日、手紙で知らせたせいなのか、いつもよりクレアの笑顔が怖い。
しかし、クレアに服について願ったのは、ふたりである。
無事に、帰ってきてほしい。
「こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
リアナはソフィアの案内で、化粧台の前に座る。
その横、たっぷりとレースがあしらわれた桜色のドレスが壁にかけられている。
「リアナ様、大丈夫です。クレア様は、ある程度用意して待っておられました。その中から選ぶだけなので、そこまで時間はかからないでしょう」
「そうだといいのですが。ちなみに、どれくらいの量が用意してあるのでしょうか?」
「部屋、半分程でしょうか」
部屋半分という、値はどうなのだろう。
しかし、リアナの時は、丸々一部屋、用意されていたことがある。
それを考えれば、まだ、かわいらしい方なのだろう。
過去の自分の時間のかかり具合から、なんとなく想像すると、少し息を吐く。
「…そうですか。それなら、まだ早く終われそうですね」
リアナはソフィアに着替えと化粧を任せると、先に部屋で待機する。
紅茶を出され、美味しくいただいていると、部屋の扉が開いた。
「お待たせ、リアナ。ふたりもそろそろくるわ」
「ありがとう。今日のドレスも素敵ね」
クレアもいつの間にか着替えたのか、今日は濃い青色のドレスを着ている。
きっと、今日のために、レオンが用意したのだろう。
「ありがとう。早速で悪いのだけど、リアナ、持ってきてくれたドレス。あれはなかなかいい品ね。オーダーメイドで作られていたわ」
「そう…。どうすればいいと思う?」
「こちらで処分しておくわ。気にしないで」
「少しもったいない気がするのだけど…」
貴族にとっては平気かもしれないが、庶民としては気になってしまう。
そのドレスで、どれだけの本が買えるだろう…。
リアナの言葉に、クレアは困ったような表情で見てくる。
「では、着るの?見ず知らずの人にもらったドレスを」
「いえ、着ないわ。私が着るのは、クレアが選んでくれたドレスだけよ」
「そうでしょう!あんな、真っ黒で大人っぽいデザインが、リアナに似合うはずないもの!」
届いたドレスを見させてもらったが、全体的に黒く、背中が大きく開かれていた。こういうのは、アイリスお姉様が似合いそうである。
しかし、大人っぽいデザインが自分には似合わないというのは、どういうことだろうか。
リアナが聞き返すより先に、部屋の扉をノックする音が響いた。
「来たようね。リアナ、どうかしら」
扉の開いた先、メイドに連れられハルとルカが登場する。
少し誇らしげに立つふたりは、とても可愛らしい。
ハルは、首に紫のバンダナをつけ、ルカは、シックなデザインの服に、蝶ネクタイが紫である。
「とても似合っているわ、ふたりとも」
「ありがとう、リアナ」
「これで、僕もリアナとお揃いだね」
「ふふ、お揃いで嬉しいわ」
自分と一緒がいいと言ってくれたふたりは、ご機嫌で椅子に座る。
フーベルトが自分の色を着けているのを見るのは恥ずかしくなるのだが、ハルとルカであれば、こんなに嬉しくなる。
この差は、きっと家族だからなのだろう。
「そういえば、ルカから面白いことを聞いたのだけど」
「面白いこと?」
面白いこととは、なんのことだろう?
ここ最近、何かあった気がしないのだが…。
「フーベルトが、リアナの瞳の色のネクタイを着けていたそうね。どういうことかしら。知らない間に、進展したの?」
「あれは、ギルバート様からの贈り物だそうよ。他にも色はあったのだけど、その日着けていたのが、偶然その色だったって。父も言っていたわ」
面白いこととは、ルカとハルが、自分の色が欲しいと言い出した原因の話のことか。
生憎だが、自分とフーベルトはそういう間柄ではない。
フーベルトがあのネクタイをつけていた理由を、クレアに伝える。
「そう。素敵な趣味をお持ちのようね」
「ギルバート様も、なかなかおしゃれな方だものね」
フーベルトの体型に合わせたあの正装は、とてもかっこよかった。
それに、ギルバートに会う度に思っていたが、とてもおしゃれである。
フーベルトがいつもよりかっこよくみえたのは、そのおかげなのだろう。
しかし、クレアの考えは少し違ったようで、生暖かい目でこちらをみてくる。
「私はてっきり、進展したのかと期待したのだけど。残念ね」
「そういう間柄ではないわ。フーベルトは、とても素敵な人だけどね」
クレアはどうしても、自分とフーベルトをくっつけたいらしい。
確かに素敵だとは思うが、自分にはもったいないと思う。
それに、フーベルトは大切な友人である。
今の関係が壊れると、絵を見せてもらえないかもしれない。
それは、とても困る。
「そうね。ねぇ、聞いてもいいかしら」
「なんなりと。答えられる範囲内でね」
「まだ、恋をしていないの?」
「それは…いつかできるわよ、きっと」
…人生、恋だけが全てではない。
こういうと、クレアが更にしつこくなるので、言わないが。
クレアは頬に手を当てると、困ったようにリアナを見る。
「今だから言えるのだけど。貴女は学院の中で目立っていたわ。そして、それなりには好意を持たれていた」
「そうなの?それは、知らなかったわ」
「庶民にしては、高い魔力量。生家は、貴族でも人気のフォルスター商会。誰にでも平等に接する姿は、とても素敵だったわ。その人柄に惹かれたのは、私もよ」
「ありがとう、クレア。でも、魔力量は貴族にとってはそんなに高くはないはずよ。きっと、父のことで目立っていただけ」
親の仕事は、自分には関係ない。
それほど認知されているのは、今までの父と母の頑張りである。
魔力量も、貴族に比べれば少なかったはずだ。
今は、そう言ってられないが。
「リアナは相手の気持ちに敏感なのか、鈍感なのかわからないわ。そんなところも素敵だけど」
それは本当に褒めているのだろうか、ぜひ、説明して欲しい。
自分は、クレアの変化にはすぐに気付けていた。
どちらかというと、自分は鈍感ではないと思うのだが。
「でも、私はそのせいで、リアナとの恋の話ができなかったのだから!」
「それは、私のせいではない気が…」
「私は、学院の頃に、恋の話をしたかったのよ!だって、まだ若いじゃない。今とは違う、ドキドキがあったはずよ!」
「今でも十分、若いと思うけど…」
学院の頃に比べると歳はとったが、自分達もまだ、21歳である。
まだ、比較的若い方だと思うのだが、昔に比べれば、クレアも落ち着いた気がする。
そういうことを言いたいのだろう。
「それでも!学院時代ならではの、デートというのがあるでしょう?それを聞いて、楽しみたかったわ」
「クレアはよく話してくれたわね。レオン様とどこに行ったのか、何をしたのか」
「私も聞く側になってみたかったわ。話すのも楽しかったけどね」
あの頃、クレアからよくデートの話を聞かせてもらっていた。
その話を聞くだけで恋をせずとも、十分楽しませてもらっていた。
きっと、自分と同じように話を聞いて、楽しみたかったのであろう。
「もし、恋をしたら相談させて。その時は頼ってもいい?」
「えぇ、もちろん。いつでも待ってるわ!」
嬉しそうに笑っているクレアには悪いが、大人になった今でも恋がわからないので、長い目で待っていてもらいたい。
クレアと話していると、スイーツを食べ終えたのか、ルカは口の周りを拭きながら、会話に加わる。
「ねぇ、クレア。レオンと家族でしょう?」
「えぇ。とても素敵な旦那様よ」
「リアナが言ってたけど、いつか僕にもそんな存在ができるって教えてくれたの。どれくらい大きくなればできるの?」
今までの話から、クレアならわかると思ったのだろう。
身近な人の中では、家族になることについて聞くなら、クレアが正しい。
レオンとの仲の良さから忘れてしまうが、クレアも結婚が結婚したのは、昨年の夏のことである。
そう考えれば、まだ一年も経っていない。
ルカの質問に目を輝かせ、クレアは座り直す。
「そうね。大きくなるとかは、あまり関係ない気がするわ。この人が好きだって、ずっとそばにいたいって、思った時かしら」
「じゃあ、僕、リアナがいい!だって、大好きだもん」
「まぁ、リアナ。素敵な殿方が、こんなに近くにいるじゃない」
「ふふ、そうね」
ルカにはまだ、恋愛の話は早かったようだ。
しかし、ルカのその素直な好意の言葉は嬉しい。
いつか、本当に恋をした時に、ルカから話を聞かせてもらいたいものだ。
「クレア。レオンとはどうやって出会ったの?」
「まぁ。聞きたいの、ルカ。しょうがないわね」
ルカがクレアに、レオンとの出会いについて聞いたことで、昔よく聞いたその話が始まる。
クレアにこの話題を、軽々しく聞いてはいけない。
そこから、レオンとの出会いから、今までの思い出について話し続けるクレアに、ルカは少したじろぐ。
幸せそうに笑うクレアの姿に、リアナは嬉しさから微笑んだ。
 




