88. 師匠へのプレゼント
「では、これで失礼致します。数日ですが、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、楽しみにしています」
無事に打ち合わせを終え、工事の日程と内容も決まった。
リックがいるとはいえ、打ち合わせで話すのは自分である。
今まで父とリックの横で打ち合わせを見てきたため、話す順序や気をつける点はわかる。
学んだことが生かされているようで、一安心である。
「打ち合わせの時に思ったのだけど、上手く話せるようになってきたね。これなら、そろそろ教えることもないかもしれないよ」
「嬉しいお言葉をありがとうございます」
「教えることがなくなると、先輩としては、少し寂しい気持ちがあるね。嬉しいことなのだけど」
「今後とも、ご指導をお願いします。まだ、わからないことがあると思いますので」
「もちろん、任せてよ」
リックの言葉に、リアナは頬が緩むのを感じる。
どうやら、リックにとっては、自分は納得できるぐらいには育てられたらしい。
まだ不安なことは多いが、その時は助けてもらおう。
リアナは心の中で、密かに決める。
そのまま何ヶ所か打ち合わせに行き、リアナが主体で話し、説明の不足をリックが補いながら、打ち合わせをこなしていく。
打ち合わせが終わると商会へ戻り、今日の内容をまとめていく。
ガラスの工事、壁の工事、床の工事、建具の工事。
項目ごとにまとめながら、今いない代表者の机の上に書類を置く。
「まだ、帰ってない…」
予定より遅れているのか、まだフーベルトは帰ってきていないようだ。
リアナは残りの書類を持つと、商会内にいる代表者の元を訪ね、打ち合わせを行う。
打ち合わせと仕事の予定を話し合い、リアナは自分の机に戻った。
次の休みには、クレアの元へ行くのだが、それまで届いたというドレスを自分が持っているのか。
そう思うと、知らぬ間に眉間に皺が寄る。
すぐに自分で気付き、皺を指で伸ばしながら、仕事の予定を組み立てていく。
「リアナ、温かい紅茶を入れた。ギルから贈られたお菓子も用意しているぞ」
「ありがとう、お父さん。ギルバート様のお菓子は私の好物が多いから楽しみよ」
「ちなみに、指で揉んでも皺は伸びないぞ。俺もよく揉むがあまり効く気がしない」
「ふふ。それもそうかもしれないわ」
父に声をかけられ、指を眉間から離し、書類との睨めっこをやめた。
少しぐらい休憩しても、今日残っている仕事内容ならば大丈夫だろう。
席から立ち上がり、体を伸ばすと、父と共に休憩室へ移動する。
休憩室には、既にハルとルカがお菓子に手をつけており、本日のお菓子を知る。
「リアナ!このお菓子、とっても美味しいよ」
「これはなかなか材料にこだわっているね。僕は好きだな〜
」
「甘くて、美味しそうね」
今回は、焼き菓子のようだ。
焼き菓子の横には、ジャムが添えられており、その甘さを想像すると、食欲をそそられる。
そういえば、前に花祭りでフーベルトと一緒に食べた焼き菓子に似ている気がする。
ふと、そんなことを思い出し、少しだけ笑みが溢れた。
リアナは、父と共にソファーに座ると、自分の分の焼き菓子にジャムをかけて、その甘さを堪能する。
「おとーさん。師匠は、今日はいつ帰ってくる?」
「昼に連絡があったが、夕方を過ぎると言っていたな。しかし、ルカは家に帰る時間だぞ」
「待っていたい。渡したいものがあるの」
ルカが帰る時間ということは、もう暗くなっている時間だろう。
昼に戻れると聞いていたが、今日の仕事はだいぶ苦労しているらしい。
「今度は、なにを作ったのだ?」
「リアナとハルにも手伝ってもらったの。でも、木枠には自分で彫刻したよ」
「ほう。ぜひ見てみたいな」
ルカは後ろに隠していた、フーベルトへの贈り物をダリアスに渡す。
リアナが見たときには無かった美しい彫刻に、ダリアスは賞嘆する。
「これは、上手に作ったな。それに、リアナもハルも腕を上げたな」
「まぁね」
「ありがとう。それなら良いのだけど」
そこから、ルカがどうしてこの彫刻のデザインにしたのか、またその彫り方について詳しく説明をする。
ガラスのデザインもそうだが、彫刻のデザインも、フーベルトに師事を受けたことで、ルカの才能は花開いた。
ルカにとって、フーベルトは良き師匠になったようで、今後も成長が楽しみである。
休憩もそこそこに、再び仕事に戻る。
少しお菓子で気分が和らいだため、集中して作業ができそうだ。
出来上がった書類をダリアスに提出して、本日の仕事は終了した。
そのため、リアナは休憩室で、フーベルトの帰りを待つ。
父も仕事が終わり、休憩室で少し雑談していると、二階へ上がってくる足音がした。
「フーベルトが戻ったようだな。呼んでこようか」
ダリアスは休憩室から出ると、階段へ向かう。
なにやら説明しているようだが、話が止まると、足音はこちらに向かってくる。
「お待たせしました。ルカさん、お呼びですか?」
「師匠!これを受け取ってください!」
「これは…?」
フーベルトは、ルカから突然渡されたものに、驚きながらも、しっかりと受け取る。
その表情は、驚きと喜びが入り混じっている。
「ガラスはスズランにハルさんですか。彫刻は、少し前に教えた藤の花ですね」
「師匠、この頃たくさん頑張ってる。だから、なにかしたくて。成長したでしょ?」
「ありがとうございます。成長しましたね、彫刻もさらに細かくなって。デザインもルカさんでしょう。この色使い、美しいです」
「師匠、少しは元気出た?」
「はい、全ての疲れが飛びました」
フーベルトの幸せそうな笑みに、こちらも嬉しくなる。
ルカは、そのままフーベルトに抱きついている。
ここ最近、我慢していたようで、しっかりとその幸せを噛み締めているようだ。
「リアナもハルさんもありがとうございます。以前より、美しい仕上がりになっていますね」
「頑張ってるからね。ご褒美だよ」
「そういっていただけて嬉しいです。あの、今日のその格好は…?」
ハルは得意げな表情をしながら、フーベルトの手に擦り寄り、撫でるように催促している。
しかし、リアナには気になることがある。
「少し、着替える時間がなくて。貴族の屋敷に出向いていましたので」
「…そうですか」
フーベルトは、上等な正装を着ている。上下とも黒絹の揃いで、シャツは襟付きの白いシャツ。
よく似合っていて、かっこいい。
それも気になっていたのだが、もっと気になることがある。
聞いていいかわからず、リアナは少し視線を横にずらす。
ルカは抱きついたまま顔を上げると、フーベルトを見ながら、羨ましそうな表情をしている。
「師匠。今日つけてるネクタイ、リアナの瞳の色にそっくり!僕も欲しいな〜」
「ルカ、今度クレアにお願いしようよ。すぐに作ってくれるから。もちろん、僕のもね」
ふたりはクレアに願うらしく、楽しそうに話している。
しかし、フーベルトはその言葉で自身が身につけているものを思い出したようだ。
「リアナ。これは、その…」
「ギルバートからの贈り物だ。今日はたまたま、この色だっただけ。そうだな、フーベルト」
「…親方の言う通りです」
父の言葉に、リアナは納得する。
色がたくさんあるため、今日はそれを選んだだけ。
特に、深い意味などないのだ。
自分の思い違いに、少し恥ずかしく思い、リアナは頬を掻く。
「そうですか。すみません、なんだか気にしてしまって」
「いえ、自分の色と似ていたら、気になりますよね」
その言葉で、先日、ギルバートの屋敷へ打ち合わせに行ったことを思い出した。
自分も似たような色をつけていたのを、見られた前科がある。
そのことを思い出し、リアナの頬は少し赤く染まる。
「では、帰るか。フーベルトもこのまま帰れ。仕事は終わっている」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
父が遅くまで仕事をしていたのは、きっと、フーベルトの分の仕事に手をつけていたからであろう。
父の優しさに微笑みながら、リアナは席を立つ。
そのまま商会を出ると、フーベルトに別れを告げ、帰路に着く。
「今度の休み、クレアのとこに行くんでしょう?僕、お願いしてもいいかな?」
「…いいんじゃないかしら。クレアなら、すぐに用意してくれるわ」
クレアに願うことはいいのだが、それが原因で、ルカは着せ替え人形となるだろう。
ルカだけで済めばいいのだが、こればかりはクレア次第である。
次に会うクレアが、どこまで本格的に着せ替え人形をするのか、気になる。
しかし、色々お世話になっているため、久しぶりに着せ替え人形になるのもいいかもしれない。
「クレアにお願いがあるの。よろしくね」
「ピー」
甘い考えを持ったまま、家に帰ったリアナは手紙を書いて、窓で待っていたクレアの召喚獣に託す。
「ピー!」
「え、もう?」
すぐに帰ってきた召喚獣から手紙を受け取ると、そこには、感謝の言葉と屋敷に来て欲しい時間が書いてある。
最初の予定より、とても早い時間に変更されているのが気になる。
しかし、前回から時間が空いているため、少し会えるのが楽しみだ。
クレアの楽しそうな笑顔を思い出し、リアナも笑みが溢れた。




