87. 贈り物
商会内の作業部屋。
昼食を食べ終えたリアナは、ハルとルカと並んで、作業机の前の椅子に座った。
作業机にガラスと木枠を用意し、リアナは液剤を作っている。
その隣で、ルカはずっと色鉛筆を動かしていたのだが、手が止まった。
「描けたよ。この色でいこうと思う。どうかな?」
「素敵ね。じゃあ、それをハルに見せて」
「ハル、どうぞ。お願いします」
「任せて」
ルカが描いた絵を受け取ると、ハルはじっと確認している。
リアナはその間に、ルカの描いた絵を参考に、ハルの前に色ガラスを用意しておく。
「師匠、喜んでくれるかな…」
ルカは不安そうに呟くと、少し目を伏せた。
そのルカの頭を優しく撫でる。
「えぇ、喜んでもらえるはずよ。私は、ルカにプレゼントをもらえて、嬉しかったもの」
「そうだといいな〜」
リアナの言葉に少し自信を持てたのか、ルカは少しはにかんだ。
今日はルカのお願いで、フーベルトへのプレゼント作りを手伝っている。
自分もフーベルトにはお世話になっているので、喜んで手伝うことにした。
図案に目を通していたハルは、風魔法を使い始める。
「僕も早く、魔法を使えるようになりたいな」
「楽しみね。使えるのなら、どんな魔法がいいの?」
「もちろん、ハルのためにお菓子を作るよ!でも、みんなを守れる魔法がいいな〜」
「素敵な魔法ね。おまじないが上手なルカなら、きっと使えるようになるわ」
みんなを守れる魔法。
なんと素敵な魔法なのだろう。
ハルは全て切り終えたのか、魔法を消すと、こちらの話に加わる。
「僕は風魔法じゃなくて、思い浮かべたお菓子が出てくる魔法がよかったな〜」
「お疲れ様。たまに食べるから美味しいのよ」
「ハルは毎日食べてるよ?」
ルカの口を手で押さえると、ハルはニヤリと口角を上げて、誤魔化そうとしている。
自分が知る限りでは、毎日はお菓子を食べていないと思っていたのだが、どうやら知らなかっただけのようだ。
今度からハルに渡すお菓子は、少なめにしよう。
「お菓子は特別なの。でも、風魔法のおかげでクリームが作れるから、便利だよ」
この前、フーベルトの家で作っていたミルクレープに挟まれていたクリームはハルが作っていた。
あれ、そういえば、自分が作るときに手伝われた記憶がない。
それを問いただす前に、ルカが話し始める。
「リアナの魔法は水と火、それとハルの風でしょう?他には、ウォルターの土があるね」
「他国には色々魔法の種類があるけど、この国は五大属性が主になるわ」
「さっき言った以外にあるの?」
「建具の職人で重いガラスを楽々と持つ人がいるでしょう?あの人達は無属性って言って、自身に身体強化をかけているの」
「力持ちじゃなくて、魔法だったんだ!」
「そうなの。今度、聞いてみて」
「そうする!」
水、火、風、土の四属性。
他に王族や神官は光属性を使えるが、それも受け継がれてきたもののため、限られた人間しか使うことができない。
庶民に一番多いのが、無属性である。魔法を外部に出すことはできないが、自身に身体強化をかけることができる。
昔は闇属性もあったと聞いたことがあるが、幻の存在だ。
だが、他国にはまだ見ぬ魔法があると授業で聞いた。
きっと、他国生まれのルカは、自分の知らない魔法が使えるかもしれない。
「ルカはこの国の出身じゃないから、他の魔法が使えると思うわ」
「そうなの?じゃあ、みんなを守りながら、お菓子も作れるかな?」
「ふふ、そうかもね」
「それなら、もっとたくさんのお菓子を教えてあげるよ。フーベルトなら、僕の説明だけで描けそうだし」
ハルの代わりに説明するのは、自分なのだが。
しっかりと教え込まれそうで、少し苦笑いになる。
ここ最近、フーベルトは商会にいることが少なく、仕事も詰め込んでいるようで会話もしていない。
商会に居ても何かを読み耽っており、邪魔するのは悪いと思い、結局話さずじまいだ。
今度のギルバートのガラスの製作時には同行することになっているのだが、仕事の忙しさで倒れてしまわないか心配だ。
「リアナ、師匠に会えなくて寂しい?」
「えぇ、そうね。クレアみたいに大切な友達だから」
「それは昔から?」
「少し違うわ。昔はね、お兄さんみたいな存在だったの」
歳が近いとは言え、自分よりは歳上である。
なにかあると声をかけてくれ、リック程の過保護さはなかったが、かわいがってくれていた。
それに甘えて、子供の頃は“ベル兄”と呼んでいたのだが、今は呼ぶのが恥ずかしい。
「お兄さんってことは、カイルと一緒?」
「そうね。ハルとルカも兄弟みたいに仲が良いじゃない。ハルが聖獣の国へ帰っている時、寂しいでしょう?」
「寂しいけど、お土産が楽しみ!」
「次はまた違ったものを、持って帰るからね」
ハルはルカのほっぺに擦り付くと、嬉しそうにしている。
すっかり、ルカの兄という自覚はあるようで、ハルは色々と世話を焼こうとしている。
醤油を取りに戻る他に、少し戻ることが増えたハルは、その度に、違ったお土産を持って帰るため、自分も少し楽しみだ。
だが、こちらが召喚するまでもなく帰ってくる。
どういった仕組みなのかわからないが、転移ができるのだから、ハルにとっては普通のことらしい。
話がひと段落し、リアナは色ガラスを並べ終える。
「じゃあ、魔法を使うわ。少し離れていてね」
「リアナ、ハル。お願いします」
「任せて、ルカ。いいものを作るわ」
「張り切っちゃうぞ〜」
液剤を水魔法で操りながら、ステンドグラス風のガラスを作る。
数はこなしてできるようになったとは言え、ガラスの製作には、細心の注意を払う。
慣れこそが、一番危うい。
いつでも集中して行う必要がある。
最後の火魔法が消えると、ガラスは出来上がる。
今日も、美しく作ることができたようだ。
「綺麗…。ありがとう、リアナ、ハル!」
「どういたしまして」
「後は、ルカに頼むよ。フーベルトに渡すのは、大切な役目だからね」
「フーベルトに渡してくれる?ルカからの方が喜ぶわ」
「頑張る!」
リアナも商会にいる時間は、日によって異なる。
ダリアスかリックに付き、外に仕事に出る方が多い。
他にも、民家や店舗の仕事に立ち会うことが多くなってきた。
そのため、フーベルトに会う確率は、商会で待機しているルカの方が多い。
「では、仕事に戻るわ。お父さんから聞いた予定だと、フーベルトはもうすぐで戻るそうだから、頑張ってね」
「頑張る!」
「落とさないように気を付けさせるよ」
ガラスを作り終えると、昼休憩が終わる時間が近い。
片付けをルカとハルに任せると、リアナは仕事に戻り、リックと共に仕事へ出た。
そのリックは移動しながら、何度も自分の顔を見てくる。
「リックさん、どうかしましたか?」
「んー…」
リアナの声に、リックは歩きながら少し考え込むと、顔を上げた。
「リアナちゃん、一応聞くのだけど、恋人ができたりしてない?嘘はつかないでほしいかな」
「いえ、いません。どうかしましたか?」
自分に恋人がいないことは、リックも知っているはずだ。
少し歯切れの悪い言い方に、少し嫌な予感がする。
「商会にリアナちゃん宛の荷物が届いてね。商会に届いたものは、一応、私が確認しているんだけど。その中身が豪華なドレスで」
「ドレス…ですか」
「そう。そのドレスが庶民では買えないような高価な品だったから。ありえないとは思ったんだけど、貴族の恋人ができたのかと…」
「恋人はいませんし、貴族なんてありえませんよ」
「そっか。そうだよね」
リアナの返事に、リックは安堵したように笑みを作っている。
しかし、リアナはリックとは正反対で、表情が崩れそうだ。
手紙だけではなく、商会に荷物まで送ってくるとは。
「きっとクレアが送り間違えたのでしょう。今度、贈るといっていたドレスは、藤色と聞いていますし」
「そうか。そうかもしれないね」
ドレスを贈られる予定など本当はないが、今はそういうことにしてもらう。
荷物は、今度クレアに会いに行くときに持って行くとして、贈り主は誰なのか…。
リアナが少し考え込んでいると、目的地に着いたようだ。
「今日はここだね。頑張ろうね」
「はい、お願いします」
少し気になることが増えてきたが、自分一人ではどうすることもできない。
今は友を信じて、待つしかない。
不安な気持ちが芽生え、いつも隣にいるハルを探してしまう。
その自分の心の弱さに、少し苦笑いをすると、目を瞑り、意識を変える。
建築士として、未熟だが、学ぶ機会のおかげで今がある。
師を二人持つことができ、自分は恵まれている。
「では、ここからはリックと。わかっているね」
「はい。行きましょう、リック」
呼び方を変え、仕事へ集中する。
リアナは笑みを浮かべると、本日の依頼者との打ち合わせに臨んだ。
 




