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86. 聖獣失踪事件



 宝石店の打ち合わせは順調に進んで、もうすぐで工事が始まる。


 打ち合わせに向かうたびに、高確率で赤髪の青年レイには会うのだが、この頃、主人を見つけて嬉しそうに走ってくる犬にしか見えない。

 正直、かわいい。


 そして、今日も宝石店の前で待っているレイに、少し苦笑する。



「リアナさん!お疲れ様です!」

「レイさんもお疲れ様です。どうして、今日もここにいるのですか?」

「リアナさんに会えるかなって思って!今日も、商会までお送りします!」



 レイはあれから、王都の仕事へ向かうたびに、商会への道を何度もついてきた。

 最初は迷惑だったのだが、寂しそうにこちらを見る犬を……レイをほっとくことができずに、友達になった。


 学院内での流行やスイーツの話題もできるため、少し楽しみな時間である。



「リアナさん、あの噂って知っていますか?」

「噂?」

「学院で今、一番話題になっている噂があるんです。召喚獣が呼び出せなくなるって」



 そういった噂があるのか。

 初めて聞く内容に、リアナはレイに詳しく聞くことにする。



「装置が壊れているのではなく?」

「学院の教授も調べたんですけど、なにも異常がないらしく。不思議ですよね」

「そんなことがあるのですね」



 学院には、魔導具を専門にしている教授がいると聞く。

 あまり関わりはなかったが、とても優秀だとは聞いたことがある。

 その教授が確かめたのなら、装置に異常はないのだろう。



「しかも、呼び出せなくなった生徒は、皆同じことを言うんです。一緒にいたはずの聖獣がいつの間にかいなくなった、と」

「いなくなる?」

「はい。一緒にいたのに、いつの間にかいないらしくて。その証言の後に、呼び出せなくなっているって」

「それは、不思議ですね」



 装置が原因ではなく、先にいなくなった方が原因なのだろうか。

 少し考え込むリアナへ、レイは少し目を伏せる。



「すみません、こんな噂。不安にさせました」

「いえ、助かりました。私にも聖獣がいますので。後で、話しておきます」

「そうなんですか?きっと、リアナさんに似て、美しい聖獣なんでしょうね!」



 リアナの頭に、口角を上げて牙を出したハルの姿が思い浮かんだ。


 美しいというより、ハルはどちらかというと、かわいい子である。

 しかし、なぜ、イタズラをした後の誤魔化す時の顔が今、思い浮かんでしまったのか。


 リアナは苦笑いしそうになり、なんとか笑みを作る。



「…どちらかというと、かわいいかもしれません」

「それも素敵ですね。いつか見てみたいです!」



 見るもなにも、商会に送り届けた時に、窓から見ていますよ。

 いつもレイのことを。


 しかし、夢を壊すのもよくない。

 ハルのことは伏せておく。


 他にも、学院での噂や人気の雑貨屋さんの話をしながら、リアナは商会へ辿り着いた。

 リアナと向かい合うと、レイは右手を拳にし、自身の胸に軽く叩きつける。



「本日も無事、送り届けました!」

「ありがとうございました。一人で行動するなと、父に言われていたのですけど、今日はどうしても時間が誰も取れなくて。迎えがくるのを待っていました」

「送り届けては、まずかったですか?」

「いえ、助かりました。レイさんは良い騎士様になれそうですね」



 少し耳が垂れていた犬……レイは、今は嬉しそうに笑っている。


 予定だと、商会から誰か人を派遣すると言われていた。

 そのため、後二時間以上、宝石店で待つことになっていたのだが、店の外にその姿を見つけて、声をかけたのだ。


 レイがいてくれて、本当に助かった。


 リアナの言葉になにかを考え込んだレイは、決意を込めた赤い目でこちらを見る。



「出来れば、貴女を守る騎士になりたいのですが、すみません。私は、父を越えたいのです」

「頑張ってください。応援しています」



 素敵な夢である。

 父親も騎士だと言っていたが、きっと素敵な方なのだろう。


 レイが会釈をすると、リアナは商会の扉を開ける。

 受付に挨拶をし、二階に上がって事務室へ入ると、父の声が耳に入った。



「聖獣がいなくなった?」

「そうなんです、親方。しばらくの間、探したいんですけど、いいですか?」

「まぁ、いいが。喧嘩でもしたか?」

「いえ、特には。この前、王都へ一緒に出かけたんですけど、気付いたらいなくて」

「呼び出せないのか?」

「何度も試しているんですけど、一切反応がなくて。その装置の調査もしてもらってきます」

「なにかあれば連絡を。助けになろう」

「ありがとうございます」



 聖獣がいなくなった。装置が使えない。

 これは、先程レイから聞いた噂の話と一緒である。


 リアナは耳を澄ませながら、窓際にいるハルの元へ向かう。



「珍しいですね。いつも一緒にいるのに、いなくなったなんて」

「装置が壊れたのかもな。定期的なメンテナンスをしなければ、壊れると聞くし。だが、心配だな」

「そうですね。見つかるといいんですが…」



 リックの言葉に、リアナは同意する。

 どうか、早く見つかってほしい。


 本当に装置が壊れただけなら良いのだが、その可能性は低いだろう。

 レイの噂と合致しているため、リアナはハルに尋ねる。



「ハル。そういうことって、よくあるものなの?」

「よくわかんないけど、珍しいんじゃないかな」

「早く見つかるといいんだけど」



 リアナが少し考え込んでいると、ダリアスの元へ、新しく職人が現れる。



「すみません、親方。私も少し休憩をいただきたいんですが」

「どうした?」

「さっきまで一緒に仕事をしていたんですけど、いつのまにかいなくて。召喚獣が呼び出せないと仕事にならないので、一瞬だけ装置を見てもらってきます」

「あぁ、気をつけて」



 また、いなくなったと言っていた。

 もしかして、聖獣の国でなにか起きているのだろうか。


 リアナは疑問に思いながら、ダリアスとリックの会話に加わる。



「ここ最近、聖獣が呼び出せない人が増えているみたいです。学院でも噂になっていると聞きました」

「そうみたいだね。商会では、さっきので六人目かな」

「このままでは、仕事に影響がでる。いっそのこと、全員の装置の確認に行くか」



 ダリアスが召喚獣と契約している人間を名簿から拾い上げていると、別の職人が声をかける。



「只今、戻りました」

「どうだった?装置は直ったか?」

「いえ、本日の受付は終了したらしく、また明日に予約してきました」

「受付が終了?」

「今日だけで、五十人以上が一気に受付に来たらしく、もう大忙しだそうです。前から、人数が増えてきていたんですが、それがこの頃、一気に増えたらしくて」

「そうか。どうする?聖獣を探すか?」

「いえ、他にできることもありますから。代表者に指示を仰いできます」

「任せた」



 その職人は、事務室を出ていく。

 きっと、自分の所属する代表者の元へ行ったのだろう。

 その後ろ姿を見送りながら、リックは席を立つ。



「どうやら、ここだけの問題じゃないみたいだね。呼び出している人は、聖獣に帰らないようにお願いするように、通達してきます」

「あぁ、任せた」



 リックを見送ったリアナは、隣にいるハルへ尋ねる。



「ハルは帰らないでしょ?」

「帰るわけないじゃん。安心してよ」

「よかったわ」



 どうやら帰らないならしい。

 それならば、きっと大丈夫だろう。


 というか、ハルは呼び出すより先に、自分の元へ来るときがある。

 それについては、正直、色々聞きたい。

 しかし、ハルがいつか話してくれることを信じ、リアナはハルの頭を撫でる。


 静かに絵を描き続けているルカの様子を確認し、リアナの手は止まる。



「ルカ、何を描いているの?」

「う〜ん、わからないの。でも、思い浮かんだから」

「そう」



 きっと、どこかで見た聖獣を描いているのだろうが、どの子の目も赤いのが気になる。

 少し不思議に思いながら、リアナはルカの頭も撫でる。



「リアナ。今日は外の仕事には行くな。ここで事務仕事を片付けていてくれ」

「はい、わかりました」



 リアナは返事をしながら、何気なく、窓を見る。

 その窓を嘴で叩く小鳥に、見覚えがあり、急いで窓を開ける。



「リン?どうしたの、商会まで来て」

「急ぎの手紙だって。受け取ってあげて」

「そう。ありがとう、リン」



 リンは羽を毛作ろうと、封筒を一枚取り出して渡してくれた。


 羽毛から取り出すその仕草で出てくる封筒に、いつも疑問に思うのだが、その小さな体で、一体どこに手紙をしまっているのだろう。


 受け取ったのを確認して、リンはどこかへ飛び立つ。

 今日は返事が必要ではなかったらしい。


 リアナは疑問に思いながら、封筒を開いて、手紙に目を通す。



「クレアから届いた手紙だと、聖獣が失踪する事件が増えているって。貴族間でも、大問題になっているらしいわ」

「そうなんだ。大変そうだね」

「お父さんにもこのことを伝えるから、ハルもついてきて」

「は〜い」



 リアナは手紙を持つと、父の元へ向かう。


 後日、商会に所属する召喚獣の契約者が持つ装置を調べてもらったが、結局、装置に問題はなかったらしく、原因もわからないまま。


 聖獣が失踪する事件は、庶民の間では落ち着きを見せたが、貴族で被害者が増えているらしい。

 この騒動で、王城の騎士団も動き出したため、今は任せるのみである。



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