84. 子供の頃の夢
ダリアス達がエドモンドと話を詰めていた頃。
リアナは商会の休憩室で、少し休憩をしていた。
机に用意された紅茶を片手に、ルイゼとゆっくりと過ごす。
「残念ですね。こんなに早く、辞めてしまうなんて」
「あぁ、そうだね。でも、急に辞めたいと言うとは思わなかったよ。もっと頑張りたいって、言っていたのにね」
話題の中心は、先日、共に仕事をしたライラのことである。
残念なことなのだが、先日、ルイゼの工房を辞めることになったそうだ。
突然のことに、少し寂しくなる。
結局、あの聖獣とも遊べていない。
しかし、一番未練として残っているのは、見ることのできなかったあの魔法である。
「強化魔法、見てみたかったです…」
「リアナは見られてないからね。あの後、孤児院の建物全体に強化魔法をかけておいたから。なかなか壊れることは、ないはずだよ」
「それは良かったです」
強化魔法を見ることが出来なかったが、辞めてしまったなら、しょうがない。
どんなふうにするのか気になるが、長く生きていれば、いつか誰かに見せてもらうことが出来るだろう。
「まぁ、あの双子は、それでも壁を壊そうとしているらしいよ。リアナに対抗して、更に溶けない氷の研究を始めたそうだし」
「…それは、将来が楽しみですね。今度、溶かしに行ってきます」
孤児院のあの二人は、また、部屋を氷漬けにしているようだ。
大人しくはしていてくれないようで、少し苦笑いになる。
今度、溶かしに行く時に、教え込まなければならない。
魔力が無限にあるのではないと。
しかし、強化魔法があれば、大抵の魔法にも耐えられるので、今のところは一安心である。
「お疲れ様、姐さん、リアナちゃん。なにを話しているんだい?」
「お疲れ、ウォルター」
「お疲れ様です。ルイゼさんの工房で、一人辞めてしまって。その人が、強化魔法を使えたのですけど、見てみたかったなって思いまして」
「へぇ。そんな人が」
今日は珍しく、ウォルターも商会にいる。
いつも出ていることが多いが、今日は溜まった書類を作り続けているようだ。
ウォルターも加わり、そこから魔法の話が盛り上がる。
「きっと、土魔法の応用だと思うんです。土魔法で、固い岩を作っている人がいましたし」
「学院には、様々な人がいるからね。魔導士のコースなんて、大規模な魔法を使うからね」
「騎士の方もすごかったよ。剣に魔法を纏わせるからね」
中等学院までは基本的な勉強が多いが、高等学院からは専門のコースに別れている。
基本的な授業は共に受けるのだが、専門のコースの授業は別れて受ける。
そのため、自分の授業の時に、窓の外を見ると、他のコースの授業風景が見られる時がある。
密かに、それを見るのが楽しみだった。
学院の頃に話が変わり、更に話が盛り上がり出していたのだが、そこに元気な声と共に、ルカが部屋に入ってくる。
「僕も、早く魔法使いたい!」
「ちょっと待ってよ。ひとりじゃ、運べないよ」
「ありがとう、ハル。受け取るわ」
部屋に入ってきたのはいいが、ハルは器用にお盆を頭に乗せて歩いている。そのハルから、そのお盆を受け取る。
昨日、夜に作ったお菓子を持ってきてくれたようだ。少し甘い香りで、心が安らぐ。
机の上に置くと、ルカとハルもソファーに座り、お菓子に手を伸ばす。
「ルカ坊も早く、学院に行きたいかい?」
「行きたい!」
「それは楽しみだな。その時は、お祝いをしよう」
この国では、国民に住む全ての者には義務教育があり、初等学院、中等学院は必ず通うことになっている。
その上に専門性を高めた高等学院と王城にある研究室がある。
もし家族の元に戻れず、一緒に暮らす日が来たならば、自分もお祝いをしたい。
きっと、たくさんの友達が出来るのだろう。
ルカは今までの学院の話を聞きながら、気になったことがあったのか、リアナに尋ねる。
「高等学院では、専門のコースがあるんでしょう?リアナは子供の頃から、建築士になりたかったの?」
「そうね。でも、ガラス職人にもなりたかったわ」
「僕と一緒に、なりたかったんだよね」
建築士になろうと決めるより前に、本当はガラス職人になりたかったことを思い出す。
ハルと一緒にガラス職人を目指していたのだが、結局、建築物の世界に魅入られた。
「あら、そうなのかい?そりゃ、嬉しいね」
「意外だな。てっきり、建築士一択かと思っていたよ」
「母の卓上ランプ。あれを、自分でも作りたかったです」
「あぁ、あれは凄いからね」
一番の理由は、母の形見である卓上ランプである。
いつか、あれと同じものを父に作ってあげたい。そう思っていたのだが、それには隣国への留学をする必要がある。
リアナが隣国への留学を口に出した途端、ダリアスは猛反対した。
ただの反対なら、自分は反発してでも行っただろう。
だが、父の表情があまりにも悲痛で、見ていられなかった。
結局、留学には行かなかった。
しかし、今思えば、少し惜しいことをした気がする。
「でも、今は建築士になってよかったと思っています。いろんなことを学べますし」
「そうだね。簡単なことではないけど、リアナには合ってると思うよ」
「よくやるよ。俺には難しそうだ。やっぱり目標は、ダリアスのように、国を代表する建築士になることかい?」
「はい!いつかは、なってみたいです!」
父が選ばれた、国を代表する建築士。
それになるためには、自分はまだまだかかるだろう。
だが、目標は大きく。
父の弟子として、頑張らなければ。
リアナはルイゼにも、子供の頃の夢を尋ねる。
「ルイゼさんは、どうですか?子供の頃の夢」
「私は、魔導士だね。魔力の問題ですぐに諦めたが、憧れだね」
魔導士は、たしかに子供が憧れる職業である。
一年に一度、冬の祭りの時に、魔導士が王城から打ち上げる魔法は大変美しい。
それには、かなりの魔力が必要になるため、庶民には難しい職業である。
「魔導士!僕もなりたい!」
「おや、ルカはそっち方面に行くのかい?」
「ハルのために、思い浮かべたお菓子を出す魔法が欲しいの!」
「よしよし。偉いぞ」
「素敵な魔法だね」
「それなら、俺にも作ってもらいたいよ」
どうやら、ハルに着実に、お菓子関連の魔法を使えるようになるように、ルカは誘導されているようだ。
しかし、作る手間も材料費もかからず、食べられるのなら、ぜひ自分も食べてみたい。
きっと、まだ教えられていないお菓子の量は、山程ある。それを作るのもいいが、食べたい気持ちも大きい。
「ウォルターの、子供の頃の夢は?」
「そうだな。騎士に憧れたな。でも、向いてないから、すぐに諦めたよ」
「そうなんですか?」
「剣の素振りから入るだろう。それで、手のまめが破れて、痛さに耐える力がなかったよ」
ウォルターが騎士…。なんだか、とても似合う気がする。
しかし、まめが出来て破れた時は、日常生活でも地味に痛い。
リアナもこの頃は力仕事もするので、よく、まめができる。
そういえば、昨日の仕事で、右手に現れたはず。
手のひらのまめを思い出し、その部分をつい触ってしまう。
「ルカ坊は、どんな大人になるかね」
「楽しみだな」
「えぇ。今、一番の楽しみです」
ルカはきっと、素敵な大人になるだろう。
その時に再会できれば、嬉しいのだが、自分もその分、歳をとっているはずだ。
ルカが大人になった時、わかってもらえるだろうか?
しかし、ハルの見た目は変わらないので、ハルで気付いてくれるかもしれない。
まだ見ぬ大人のルカに想像を膨らませながら、持ってきてくれたクッキーを食べる。
「僕はおとーさんよりも大きくなりたい!でも、師匠みたいに色んなデザインを考えつけるようにもなりたいな。ガラスも床も壁も、全部できるようになりたい!」
「それじゃあ、魔導士じゃなくて、建築士になったほうが早そうだね」
「今、したいことを頑張れば、なんでもなれるさ」
「頑張るよ!また、壁を綺麗にする仕方、教えてね」
「任せてくれ」
ルカはなりたいものが、沢山あるようだ。
そのことに微笑ましく思いながら、また一枚クッキーを食べる。
あと何度、一緒にお菓子が作れるかわからないが、出来る限り、思い出に残したい。
今度のお菓子は何を作ろうか。
少し先の予定を楽しみにしながら、目の前で笑うルカの笑顔を眺めていた。




